ホームデッド
ヒロシマン
第1話 全文
昼間だった。
ありふれた一戸建て住宅の建ち並ぶ住宅地域に消防車のサイレンが鳴り響いていた。
小型の消防車が1台、一軒家の前で止まった。その家は、築50年は経っていて、外壁は汚れが目立ち、ひびもあった。ただ、炎や煙は出ていなかった。
消防車から4人の消防隊員が降り、その1人が家の周りを調べ始めた。後の3人は、玄関へ行き、チャイムを鳴らしたが返事がないようなので、ドアを開けて中へ入って行った。
サイレンの音を聞き、集まっていた隣近所の住人が不安そうに見ていた。
「火事?」
「いや、そうじゃないみたい」
「ガス漏れかな?」
「匂いはしないわね」
「あそこの家、人が住んでたの?」
「住んでたんじゃない。窓にカーテンがあるから」
「誰か出てくるの見たことある?」
「いいえ」
家の外を調べていた消防隊員が玄関から家へ入って行った。
遠くから救急車のサイレンが近づいてきていた。
消防車の後ろに救急車が停車し、3人の救急隊員が降りてきた。
1人の救急隊員が救急車の後部からストレッチャーを降ろし始め、2人が家の中へ入って行った。
今度は、パトカーのサイレンが近づいてきた。
ミニパトが消防車の前に停車し、警察官が2人降りてきた。
ストレッチャーの横で待機していた救急隊員と何か会話をして、警察官2人が家の中へ入って行った。
すぐに争うような声が聞こえ、銃声が一発鳴った。
救急隊員が、慌てて身をかがめ、救急車に乗り込んで、無線で通報した。
見ていた住人たちは一斉に逃げ出した。
しばらくして、この地域一帯に複数のパトカーのサイレンが鳴り響いた。
問題の家の周りは複数のパトカーが停車し、立ち入り禁止のテープが張られ、2、30人近くの警察官たちが警戒した。
複数の特殊車両も到着し、中から武装した機動隊員が2、30人近く降りて準備を始めた。
この頃には、マスコミも集まり、遠巻きに報道し始めていた。
その報道を聞いたのか、野次馬も増えてきた。
空には複数のヘリコプターが旋回している。
野次馬たちは、スマホのSNSにしきりに書き込んでいる。また、動画をリアルタイム配信している者もいる。
「どうやら、消防隊員や警察官が人質になってるみたい」
「犯人は1人らしい」
「何人か死んでるかも」
「機動隊が突入するんじゃない?」
「今実況しています」
「拡散お願いします」
「ここの住所は・・・。何か情報があったらお願いします」
「ひょっとして、そこ茸杜昭史の家じゃないかな?」
「昭史の家かよ!!俺同級生だった。やべ~」
「茸杜って、ゾンビ-茸杜のことかな?」
「ゾンビ-茸杜出現」
「ゾンビ-茸杜が本当にゾンビになったのかよ」
「まだ、ゾンビ-茸杜だって決まったわけじゃないだろ」
「あいつ、人間が死ぬと本当にゾンビになるか知りたがってたけど」
「ゾンビにやたら詳しいかったけど、そこまでやるかね」
「あっ、どうやら機動隊が突入するようです!!」
機動隊が家の周囲を取り囲み、玄関のドアや窓から侵入を開始した。
銃撃戦が静まり返った住宅地で始まった。
辺りは夕暮れ近くになっていた。
散発的な銃声の音が聞こえ、しばらくして、静まり返った。
遠くから複数の救急車のサイレンが鳴り響き始めた。
警戒していた警察官たちが、家の周りに停車していた消防車やパトカーを移動し始めた。それと入れ替わるように、救急車が何台も家の前に停車した。
家の玄関辺りをブルーシートで覆い始めた。
救急車から降ろされたストレッチャーが玄関へ行き、シーツのようなものにくるまれた人のようなものを次々に運び出した。
辺りは暗くなり、ライトで照らされた中をまだ、救急車が何台もやって来て、ストレッチャーが繰り返し行き来していた。
数日後。
住宅地はいつものように平穏な生活が戻っていた。
事件のあった家は、いまだに立ち入り禁止のテープが張られ、窓などにブルーシートが覆われていた。
警察は、事件の異常さと重大性を考慮して、情報を機密扱いにした。それがかえって憶測を呼び、デマ情報が拡散していた。
ゾンビ映画に対する風当たりが強くなった一方、ネットではゾンビ映画が大量に動画投稿される事態となっていた。
犯人はどうなったのか?
そもそもこれは事件なのか事故なのか?
ゾンビ-茸杜はネットから消えた。だけど、ニセのゾンビ-茸杜が時々現れている。
事件のあった家の両隣の家の住人が引っ越しをした。それを皮切りに、その周辺の引っ越しが相次ぎ、新たな話題を提供した。
ネットでは「幽霊が出た」とか「殺人事件が頻発している」といったありもしないデマ情報が拡散した。
その結果、地価が暴落して、人気のない廃墟のような地域となってしまった。
これを待っていたかのように、某外資系企業がその地域を買い占めた。
しばらくして、事件のあった家は取り壊され、そこに供養碑が建立された。すると、海外から観光客が多数訪れるようになった。
ネットでは「日本にホラーの聖地ができた」とか「ゾンビの町誕生」といった話題が広まり、日本人のホラーやゾンビのマニアも訪れるようになった。
やがて、ハロウィンには日本最大のハロウィンイベントが開催されるようになり、お化け屋敷などのホラーテーマパークとなっていった。
ある日、ある中学校の同窓会がホテルで行われた。そこへ、ゾンビ-茸杜こと茸杜昭史の恋人だった納崎萌が現れた。
そのことをみんな知っていたのか、会場が一瞬ざわついたがすぐに静まり返った。
萌はそれを予想していたのか、平静を保ち普通を装った。
萌の側へかつての親友、有島聡子が近寄った。
「萌ちゃん、元気してた」
「うん」
「ねぇ、ビックリしたわよ。萌ちゃんも知ってるでしょ。昭史君の家で事件があったの」
「うん、知ってるよ。だけど、あの家は彼の家じゃないのよ。中学の時に住んでたのは確かだけど、卒業してすぐに引っ越したの。今はアメリカに住んでるわ。私もあの事件の頃はアメリカに居たんだよ。外資系の会社で働いてたんだけど、ネットに彼の名前があって、騒ぎになってることを知って、それで日本に帰って来たの。彼は事情があって日本に帰れないから私が警察にも出頭して、何度か事情聴取もされたよ」
「それって、災難だったわね」
「うん。だから、私が会社に提案して、あそこをホラーテーマパークにしてやった」
「あれ、萌ちゃんがやったの!」
「うん、まあ成功したから良かったけど」
「成功どころか、今じゃ日本の一大名所になって大成功だよ。萌ちゃんも出世したのね」
「まあ、一応はあのホラーテーマパークの責任者にはなったけど、まだまだだよ」
「すごいな。中学の頃は昭史君とゾンビのことばかり調べてて、皆から気持ち悪がられて、萌ちゃんは私ぐらいしか友達いなかったもんね」
「今もそれは変わらないけど」
「ホントだ。私たちここでは浮いてるわね。今でもゾンビのこと調べてるの?」
「昭史と私がゾンビのことを調べてたのは、不老不死のヒントが見つかるかもしれないって思ったからなのよ。まぁ、中学生の発想だったわね。結局、それは見つからなかったけど、ゾンビの知識が役に立ってるから苦労が報われてるけどね」
「そうだよ。無駄じゃなかったってことだもんね。だけど、あの事件が昭史君じゃないとしたら、いったいあそこで何が起きてたんだろう。警察から何か聞いた?」
「昭史のことは根掘り葉掘り聞かれたけど、事件のことは全然教えてくれなかったよ」
「そうか。まあ、どうでもいいか」
「それがそうでもないのよ。このところ、ホラーテーマパークがマンネリ化してるから、次の手を打たないといけないんだけど、あの事件が忘れられると恐怖感が薄れるから」
「なんか、萌ちゃんも大変そうだね」
「ところで、聡子ちゃんは今何してるの?」
「私は商社に勤めてるわよ。ヒラだけど。日本はダメね。女性に出世なんて無理。結婚はしたくないし、生活大変よ」
「そっか」
「萌ちゃんは昭史君とまだ付き合ってるんでしょ。結婚するの?」
「え、えぇ、まあね。いつかそうなればいいと思ってるよ」
二人は、それからたわいもない世間話をして、同窓会はお開きとなった。
ホラーテーマパークが休館日。
事件のあった家の跡地に建立された供養碑の前でたたずむ萌。
供養塔を優しくなぜるようにさすって涙を流した。
「ゾンビでもいいから生きていてほしかった。もう一度逢いたいよ」
萌が手にしたスマホから動画が流れる。それは、在りし日の昭史と萌の楽しいデート姿。
スマホをお互いに奪い合うように撮影している様子が楽しそうに流れた。
その動画の中に、プロレス会場の様子も映し出されていた。
「昭史、プロレスも好きだったね。プロレス・・・」
萌の脳裏に閃くものがあった。
それかしばらくたって。
ホラーテーマパークの一画にスタジアムが建設され、MHE(マッスルヒーローエンターテイメント)のイベントサイン看板が掲げられていた。
MHEは、ルチャリブレをベースとしたプロレスというよりアクロバティックなショーで、勝敗はあるが華麗な技を出し合うことが主な目的となっていた。ただし、ルチャリブレのように申し合わせたダンスのようなものではなく、あくまでも格闘技として対戦した。
特徴として、悪役レスラーが登場せず、すべてクリーンなファイトをするヒーロー。そして、最初からマスクを被ったレスラーもいるが、登場した時は素顔で、試合の途中からマスクを被り、変身を意識したレスラーもいた。
このマスクのレプリカの売り上げが人気のバロメーターとなった。
当初は、ホラー好きのお客ばかりだったので不人気だったが、それ以外の新たなお客を獲得し、次第に人気が出てきた。
これに最初は冷ややかに見ていたプロレス団体も理解を示すようになり、参加レスラーも増えていった。
プロレスラーは、経験者なら男女の区別なく誰でも参加できるが、物を利用した反則やマスクはぎは禁止、試合の途中からでもいいからマスクを被るというのを条件としていた。
華麗な技というのは、人工衛星ヘッドシザーズ、竜巻式脇固め、トぺ・スイシーダ、後方回転式リバースDDT、619、スワンダイブ式ミサイルキック、トルニージョ、二回転式エビ固め、バック宙キックなど、主にルチャリブレで使われる技だった。
MHEは順調だったが、萌には気になるプロレスラーがいた。
MHEが軌道に乗った頃に参加したゾンビマスクを被ったプロレスラーだったが、どう見ても弱そうな貧弱な体で、技も華麗とは言い難く、人気も今一つだった。当然、マスクの売り上げも伸びない。
他のプロレスラーから対戦を嫌がられるようにもなっていた。それは、試合が少しも盛り上がらず、自分たちの人気にも影響するからだ。
それでも萌には、そのゾンビマスクを被ったプロレスラー、コラプション(腐敗)に心がざわつく気がした。そこで、萌とタッグを組んで試合することを提案した。
「私は、プロレスはやったことはないわ。でも、あなたが守ってくれると信じてる。この試合で負ければ、あなたはMHEから去ってもらうことになるわ。どう?」
コラプションは何も言わず、うなずいた。
こうして、素人の萌とコラプションがペアのタッグマッチが決まった。
オドロオドロしい音楽で登場した萌とコラプションのペアは2人とも揃いのゾンビマスクを被っていた。
相手のペアは、同じように女性と男性だが、当然、手加減はしそうにない。どちらも屈強なプロレスラーだった。
試合は、4人がリングに入り、どちらかの2人が3カウントかギブアップをしたら勝敗が決まる。
最初、コラプションが萌を守り、無様だがなんとか闘っていた。しかし、2人を相手にしているので、次第に体力がなくなり、萌とコラプションがやられっぱなしの状態となった。
観客にもシラケたムードが漂い始めていた。そんな時、萌が強いダメージを受け、リング外に落ちて動けなくなった。それを見たコラプションが突然、華麗な技を立て続けに決めた。
勢いに乗るコラプションは止まることをしらない。
女性のプロレスラーをリング外へなぎ倒し、残る男性プロレスラーを倒そうとした時、逆に反撃をくらい、リングに倒れた。
コラプションは、最後の力を振り絞って、リング外でまだ動かない萌の所へ行って手を握り、動かなくなった。
しばらくして、スタジアムに救急車が到着し、騒然となった会場から萌とコラプションがストレッチャーに乗せられて運ばれていった。
病院で、2人を治療しようとした医師がけげんな顔をし、看護婦に警察に通報するよう指示した。
しばらくして到着した刑事に医師が話し始めた。
「今、運ばれて来た二人ですが、どういうことか私にはさっぱり分かりません」
「病院からの通報では、プロレスのようなことをやっていて倒れたと」
「はい。そのようですが、血液がないんです。何らかの液体を循環させているようですが、詳しく調べてみないと何とも。それで通報したのです。あの二人、どちらも死後10年前後は経っています」
「二人とも?」
「そうです。二人がです」
数日後。
ホラーテーマパークは何事もなかったようににぎわっていた。
事件のあった家の跡地に建立された供養碑の前でたたずむ、萌の友人の有島聡子。
「萌ちゃん、昭史君が迎えに来たのかしら?萌ちゃんと話ができてうれしかったよ。今度は昭史君を離さないようにね。私にも二人のような出会いがあればいいな」
終わり
ホームデッド ヒロシマン @hirosiman
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