第2話 今カレと元カレ

 秋人にバズツイートをコピペすると、一分と待たずに返事が来た。


〈マジで?〉


 秋人のありきたりな驚きっぷりでは満足できないミサは、すぐさまスカイプで連絡を取る。彼は虫取りをしているとき以外はたいてい家にいる。


「ねえ秋人。すごくない? あの女の写真貼ったら万バズ。チョーうける」


「へー、バズってんな。丑の刻参りすげーなー」


 秋人の声はあまり抑揚がないので、ミサはすぐに察した。二人で採集したオオクワガタが小さすぎて売りに出すことができないのだろう。


「一応オオクワガタの画像も貼ったのよ? 気を落とさないでよ。またオオクワガタ採りに行こう? あの女もまた来ないかな。今度はちゃんと藁人形も写るように撮れば、心霊番組に三万円ぐらいで売れそう」


 ミサは邪な気持ちをつらつらと述べたが、それに対するスマホ越しの秋人の声は、苦笑いが混じっている。


「いいよ。今夜も採りに行くつもりだった。あれじゃあオスとセット売りでも一万円以下の価格しかつけられないからな」


 ミサは今夜も神社に行く約束を取り付けるなり、秋人の太い腕や大木のような首周りを思い描いてスマホに眠る過去の画像を漁る。


 付き合ってまだ一ヶ月そこらだが、画像アルバムには優に百枚もの秋人と過ごした毎日の写真が保存されている。クワガタを手のひらに乗せて撮ったツーショットを撮ったときは、ミサの付け爪と皮膚の間にクワガタが足のツメを乗せて痛かった。秋人に引き剥がしてもらってミサは怒鳴ったりしたものの、写真の中ではすっかり笑顔になっていた。

 

 ほかに、はじめて秋人の家に上がったときに撮った写真は二人とも変顔で写っている。チューハイとビールで酔って赤ら顔になっていたので、危うくミサはスマホに吹き出しそうになった。休み時間にやってきた他の女子学生が変な目で一瞥したことに、ミサは気づかない。


 それから更に画像を遡ると、突然別の男とのツーショットに切り替わる。ミサは深くため息をついて、それらを一枚一枚確認してゴミ箱へと消去していく。


 スマホを買い替える度にグーグルが自動バックアップを取るから、機種変更で画像を復元する度に必ずついてくる画像だ。一年前に付き合っていた痩躯の男、ハヤトとの写真だった。ミサは今なお、ハヤトのいいところを思い出し兼ねる。


 ハヤトはミサの隣に正座こそしないが及び腰で座敷に腰掛け、ミサは大口を開けてハヤトの小さな口にビールを飲ませようと躍起になっている。そんな一枚にミサは目を留めると、ハヤトは大人しくて女々しい奴だったと思い出す。切りそろえられた前髪の間から上目遣いの困惑した目が覗いているのを見ると、ミサには言いようのない嫌悪感が背筋を走る。


 出会いは、ミサが一回生のときに参加した卓球同好会の他大学との交流戦のときだ。女子学生と男子学生が遊び半分で男女混合戦を催したときに知り合った。ミサはもう、ハヤトの所属していた他大学の校名すら忘れている。


 ハヤトは人一倍卓球が上手かった。イケメンというわけでもなかったけれど、その才能にミサは惹かれたと自覚していた。だけど、ハヤトは男子学生から、狭い肩幅や丸みのある顔を馬鹿にされていたので、そんな彼に同情と母性愛みたいなものも感じていたのかもしれないと、今になって気づいた。

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