第34話 フルルが伝える事例
発表場所は三階にあり、流石に広かった。それでも収容人数は二十人程度だったが。
「術式の……を……に変えまして」
フルルの発表を聞きながら、周囲の警戒をする。羽ペン独特の書く音とページを捲る音しか聞こえない。殺気も感じない。そういうこともあってか、最後までトラブルが起こることはなかった。
「いやー流石の一言でした。フルル先生、またの機会を」
いや。全体としてなかっただけだ。個人的に許せないことがあった。出る間際に別れの言葉を告げたおっさんがしれっと私の耳を触りやがった。そのお陰でカエウダーラの殺気がヤバイことに。影響は絶大だ。何人かビビっている。
「す……すまんかった。神獣族とかめったに見ないもんだからつい」
素直に謝って来たのですぐ収まったが。
「全くウォルの耳と尻尾を触ってもいいのは私だけでしてよ」
カエウダーラがため息を吐きながら発言をした。正直それは言わないで欲しかった。やっていることがおっさんと大差ないのでは。
「いや。それはどうかと思うっすよ」
ソーニャが正論を言った。そうだ。これは完全にセクハラである。寧ろカエウダーラが私に謝るべきなのではないのか?
「うん。それおじさんと同じ、セクハラだよ」
だから言い返してやった。カエウダーラの反応はどう出るのか。そう思いながら、顔を窺う。眉を動かし、申し訳なさそうな表情。これは勝ったと言っても過言ではない。
「それは……ごめんなさいですわ」
謝って来た。やや凹み気味か。周囲を警戒しながら、やり取りをしていたわけだが、特に異変はない。それ以前に困惑気味である。何故だろうと疑問を持ちながらも、夜になって理由が判明した。数少ない貸し切りが可能な食事処で慰労会をやっていた時だ。酒と食事をしながら会話をしていく楽しむものだった。その中でカエウダーラの言葉がきっかけだったように思える。
「そう言えば私とウォルのやり取りを見て、理解出来ている方がいらっしゃらなかったですわね」
翻訳機器は万能ではない。一応私達もこの世界の大多数が使う言語を学んでいる最中なので、知らない言葉は腐る程ある。ただあの時は該当出来るようなものがあったように思えない。
「どう言えばいいかしら。えーっと。うーん」
フルルが悩んでいる。上手く言葉にすることが出来ないからだろうか。私達にとって当たり前のことでも、彼らにとってそうではない。改めて価値観というか、考え方の違いを感じ取れた。
「女は男に従えとかそういう所が多いですからね。いえ。庶民はそうでもないと思うのですが、上流階級の連中なんて典型的に。貴族のパーティー参加の時にお尻触られましたし、嫌な目で見られましたし」
「そう言えば……私も胸を注目してる輩がおりましたわね」
フルルの話を聞いたカエウダーラが嫌そうな顔になる。テレッサ村のパーティーの時もそうだった。
「いえまあ。それぐらいならまだ可愛いもんですよ。完全に手を出したわけではない。ああ。触れただけでダメではという指摘もあるかもしれませんが」
フルルに読まれてしまった。言おうかと思ったのに。
「最悪なのはあれですね。同意を得ていないのに行うことです。立場が分かった上で脅し、自分だけ欲を吐き出し、満たしていく最悪なもの。そして受けた側は心と体が傷付く。あれは本当にクソですよ。本来の意味が暴力へと変わっていくとかないです」
人前で言うわけにはいかないからか、はっきりと性行為というか性暴力と言わない。それにしても、穏やかなはずのフルルが怒っているのは何故だろう。恐らく自分自身か身内が被害に遭ってきたからだろう。私も。カエウダーラも。ソーニャも。静かに聞く。
「フルル、少し落ち着こうか」
ここでグロリーアが間に入る。心地良い声で落ち着かせてくれる。どうやら私は無意識に怒りが湧いていたらしい。
「昔は男の方が強過ぎてね。一方的なもんさ。どれだけ被害に遭ったところで、慰謝料なんてものはない。寧ろ遊びの道具として利用され、潰れるまで使い潰す。貴族の女性はともかく、一般庶民は力がないに等しかったからね。顔が綺麗ってだけで攫われて、ああいう被害に遭う。だから顔を傷付ける文化があるとこもあった。今は流石にないけどね」
女性は顔が命だとエルフェンが言っていた。それすらダメとかふざけているのか。とはいえ当時は中々訴えられる条件がなかったのだろう。時代を変えた力強い女性達に拍手を送りたい。
「なんで慰労会なのにヘヴィーな話題になったんだろうね」
グロリーアが疲れた顔で言った。カエウダーラがきっかけだったとはいえ、正直ここまで重くなるとは思ってもみなかった。これに関しては予想外である。
「しかしこういった問題は彼女達も知っておくべきでしょう」
ここでフルルにバトンタッチ。多分あと少しで終わる。
「その行為で子を望まずに産んでしまった場合、何が起こるか想像出来ますか」
中絶だろうか。育てられる環境ではない場合は、施設に預ける形になるのだろうか。自分の手で育てるというケースもあるだろう。
「医療の資料とか拝見したっすけど、きちんとした中絶の技術あるとは思えないっす。ぼったくりで負担の大きいものばっかっすよ」
とソーニャが小声で言ってくれたので、中絶の手は消えた。そうなると残りは預けるか育てるか。或いは……想像したくもないものだ。
「子は捨てられます。忌み子として殺す時もあります」
丁度入って来たお手伝いの黒髪の子供が危うく皿を落っことしそうになっているため、今の時代はやらないことなのだろう。
「花のお姉さん。それ。どういうこと」
普通に子供が聞いてきた。視線は花のお姉さんことフルルはどう答える。
「世継ぎの条件である男じゃないから。産むつもりではなかったから。迷信もあるでしょう。双子だと力が半分ずつになるから。不吉な特徴があるから。そういった理由で子を捨てる人も、この世にいるんですよ」
あまりにも勝手な理由で子を捨てる。これは私達の世界でもよくあることだ。最貧困層が住むエルフェンのスラム街は特に数が多い。金がないから娯楽はあの行為をやり、望まれていない子が生まれ、生きていけない或いは邪魔だから捨てて、反社会的勢力に拾われ、実験の道具として使われて。いつの時代も。どの世界も。弱者は必ずいるし、大体は子供と女性なのだと実感してしまう。
「でもそれは」
それでも心の優しい子がいるだけで救われる。子供の声を感じ取ったフルルが優しい笑みになっているのが良い証拠だ。
「本当にいい子ですね。ええ。今もそういった考えを持つ人は多いでしょう。この間も救われない子達を浄化させましたしね。少しでもなくしていけたらと思うのですが」
「そう言えばフルルさんの家系は霊視だったね。そりゃガチになるわけだ。ああ。酒のおかわりを頼むよ」
グロリーアの頼むを聞いた子供は調理場に行ってしまった。グロリーアが盛大にため息。そして。
「痛いですぅ」
デコピンである。グロリーアは笑顔だが、怒っている。
「時と場所を選んでくれ。慰労会は本来そういう重い話題を持ってくるような場ではないだろうが!」
ごもっともな発言である。確かに持ってくるべき話題ではない。
「二度目の発言になりますが、いずれ知る必要はあったでしょうが!」
「んなもん分かってるよ! 来たるべき時に教えるつもりだったよ!」
口調がやや強め。互いにぶつかり合っている。まるで子の育成方針が異なる親の喧嘩のようだ。おっと。そもそも私達は大人の年齢だった。冷静に思い出す。そして多分この二人は酔っぱらい始めたなと感じ取る。頬が赤くないし、眠くなる気配がない。行動で出てしまうタイプはタチが悪い。
「仕方ありません。こうなったら」
何をするつもりだろうか。ごくりと飲み込む。
「決闘だ!」
グロリーアとフルルが力強く言った。時間帯は夜。何故そういう発想になったこの酔っぱらい共と心の中で突っ込みを入れる。二人とも止める感じは一切ない。面倒だからだろう。もうどうとでもなれ。ただ念のため保険をかけておこう。
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