異世界狩人と滅びの獣
いちのさつき
第1章 先祖がいた世界へ
第1話 バカンス中に知らない所へ
いきなりのことだったので、頭の中で整理を行う。確かタダリア大海で狩人として、6つの翼を持つ海の大蛇を倒して、久しぶりの休みを取っていたはずだ。出発の港付近は観光名所として有名になっていたため、相棒のカエウダーラと共に甘い果物のカクテルを呑んでいた。お嬢様らしく、カエウダーラの実家所有のテラスハウスで。ひらひらのスカートの……確かワンピース水着だったか。それででのんびりと。まさしくザ・南国という雰囲気だった。
それが何故か地上の雰囲気バリバリのところに移動していた。土で出来た壁。木の床というか、自分達の下に落書きのようなものがある。円の中に衛星と星と恒星のようなものがある。その周りには見たことのない文字の並びがあった。術式コードに似ており、ただ見ただけで頭が痛くなりそうだ。私達にとって馴染みのあるものは仕事道具が入った大きいショルダーバッグぐらいか。
「ウォル(私の呼び名)、ここどこか分かります?」
肩まであるふわふわとした薄い水色の髪を持ち、良い物をお持ち(男が言うにはだが)のお嬢様、カエウダーラが不安そうに耳打ちしてきた。ヒレ耳がピクピク動いているのは余程だと感じ取る。
「分からない」
どこかの研究所であるのは確かだろう。机に積まれた分厚い書物。かなり古いタイプの研究者かと思いきや、主らしき……私達の前にいる赤毛の耳先が尖った優男の年齢は若い多数派の民族、エルフェン人のはずだ。特に武術に秀でているわけではないだろう。油断は出来ないが。
「武器、持っていて正解だった」
「ですわね」
最悪目の前の男と戦うことになるだろう。男はしゃがんで問いかけてくる。
「えーっと。おふたりとも。気分はどうかな」
久しぶりに聞いた、私の生まれ故郷でしか聞かない言語だった。しかも古臭い発音だ。訛りが酷いったらありゃしない。どうにか聞き取れるのは恐らく前のリーダーが同郷でかつ古い時代の者だったからだろう。
一般のエルフェンならここまで流暢に私達神獣族みたいに喋らない。言語学者でもそう簡単に出来ないだろう。何かが変だ。上手く表現できないが、そう感じてしまった。
「え。何そのしかめっ面。ああ。そっか。名前言ってなかったしね」
そうではない。
「僕はグロリーア・フォーチュン。術者でもあり、学者でもあるのさ」
勝手に名乗ってきた。グロリーア・フォーチュン。術者。確かたくさんの文字を並べて、あらゆる事象を起こさせるエリートだったはずだ。最近はタブレット端末を使うことが多いという話だが……それらしきものが見当たらない。機械類が一切ないのも不自然だ。
「その割に古いのオンパレードですわよね。最近の術者は端末機器でやるという話ですが」
カエウダーラに先を越されてしまった。ドストレートに言っちゃっているが果たして大丈夫か。
「君たちがいるところはそうかもしれないね。一般的な術師はそういうものは持たない。本が主流さ。それに僕は術の考案なんて滅多にしないしね。古代を研究する方がメインさ。色々と話をするとしよう。こっちにおいで」
何かが違っている。そしてまるで知っているような言い方だ。どうしようかとカエウダーラに目配せする。こちらとしては色々と情報を得るしかないので、素直に従う他ないと考えているが。
「付いて行きましょう」
カエウダーラが答える。私達はグロリーアという学者に付いて行く。恰好から分かっていたが、この学者は質素な生活を送っているみたいだ。いや。金は学者の仕事で使うからだろう。
ダイニングとキッチンに入った。竃。水場。金属製の鍋やフライパン。薪で使う形らしく、ふたつ前も昔のキッチンだ。田舎でも滅多に見かけない。
「個人的に好きだから、このままなのさ。ああ。自由に座って座って」
適当に座る。カエウダーラはいつも通り右隣に座る。グロリーアは棚から紙袋を取り出した。そこから焼き菓子が出てきた。穀物の粉で出来たものだとすぐに理解した。すぐに茶が出てきた。赤みのあるもので、口にすると渋みがある。砂糖を入れて、どうにか飲めるレベルにする。
「さて。ここがどこかとまず浮かぶだろうから、そこから説明と言いたいところだが、君たちの名を教えて欲しい」
まあそうだろうなと予想していた。やり取りがしづらいのは大問題だ。そもそもグロリーアしか名乗っていない。不公平だろう。
「まず私から。ウォルファ・ライゾーンと言う。狩人として、獣を狩っている者だ」
これで問題ないはずだ。次はカエウダーラだ。
「わたくしはカエウダーラ。海中都市国家リヴィエールタウン出身でございます。ウォルファと同じく、狩人を仕事としております」
出身地を付け加えておくべきだったかと後悔したが、その辺りはどうにでもなるだろう。今は情報を集めるのに専念しておきたい。
「ここはアルムス王国、エルフとニンゲンが統治するところさ」
グロリーアが勝手に始めた。エルフ。エルフェンと同じだろう。そして国名を言っているが、聞いたことのない国名だ。私達の反応に気にすることなく、続けていく。
「君たちは獣人族と人魚族の子孫だね。系列からして、神獣族とアプカル族かな。文献で見たまんまだ」
文献で見たまんま。大戦争前なら分からなくもなかったが、今のエルフェンにしては知らなさすぎる。ド変人にも程があるのではないか。
「とりあえずそれを使ってみてくれ」
グロリーアは手元にある通信端末を指しながら言った。何かを知っての指示だ。電源を入れて、色々と試してみる。そう言えば聞いたことがない国名だったが、どこの大陸だろうと現在地を調べてみることにする。
「は?」
そもそも現在地の探索すら出来ない。壊れたのかと思い、カエウダーラに確認する。画面を見せてきた。どうやらダメだったみたいだ。
「君たちの祖先はどこからやって来たか。そう考えたことはないか」
私達は謎の異郷人。イリーガルと呼ばれる、異質な住人だ。100年ほど前にやって来たらしいが、大戦争が起こる前までひっそりと過ごしていたと言われている。正直どうでもいい。だが何故このタイミングで言及してきたのだろうか。
「全然ないですわね」
語尾以外、カエウダーラと重なった。同じことを考えていたみたいだ。
「未開地にいた。それだけで説明出来ましてよ」
確かに私達からしたら、エルフェンが開発していない地区にいた。それだけで説明が済む。現在地が判明しない。アルムスという聞き覚えのない国名にいる。グロリーアはエルフェンそのものだ。しかし……もし世界クラスの大戦争が起きたことを知らなかったら。今私達がいるここは……別の所に、別世界線にいるのではないか。そう思ってしまう。ここで聞かねばいけない。
「グロリーア。こちらから聞きたいことがある」
「ん?」
「神獣族。アプカル族。どちらも歴史の表舞台に出る前の話だ。大陸関係なく、大きい国家が覇権争いをした、最終戦争の名を知っているか」
グロリーアは微笑んだ。一瞬でさえ手綱を引くことが出来ない。これだから駆け引きが大嫌いなのだ。
「そう来たか。分からないよ。世界全土なんて聞いたことがないし。何故って。それはもちろん、君たちの祖先がかつていたところだからね。ここは。知らないのも道理という奴さ」
奴は私達をここに、別の世界に、引きずり込ませた。ぐわっと何かが湧いてくる。怒りだ。それを感じるよりも前に、腰にあるホルスターから二丁拳銃を出し、銃口を奴に向ける。それはカエウダーラも同じだった。太もも付けている折り畳み式の槍を瞬時に組み立てて、私と同じようなことをしていた。
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