第27話 回復(リハビリ)26 節約・節約

 薬子やくこは週ごとに予算を決めて生活していた。後半になると、残金を常に計算しながら生活していくことになる。その状況は辞めてそろそろ三か月になろうとしている今でも、変わりなかった。まだ貯金はあるが、その減りを少しでも緩やかにしなければならない。


「化粧品まで手作り、はちょっと……」


 薬子は苦笑しながら、図書館で借りた節約本を読んでいた。


 膝をうつようなものはなかなかなく、なんともいえない微妙な技が多い。躍起になってコンセントを抜いて回ったり、風呂の水を何かに使って一円二円下がっても、結局時間ばかりかかってしまいそうだ。薬子はため息をつく。


 どの本でも、共通して言われていることがある。それは。


「一番確実なのは、携帯の契約会社を変えることなんだよね……」


 言われなくても、それは分かっている。ただ、薬子の実家は田舎で、田舎に帰ったときに使えなかったら嫌だな、田舎の母からの電話がうまくつながらなかったら嫌だなと考えてしまうのだ。


 それに、家族契約しているので、薬子が解約したら他の家族にもわかってしまうかもしれない。一体どうしたのだ、と母に言われたら、ごまかし通す自信はなかった。保険の変更もすすめられていたが、同じ理由で却下だ。困ることに間違いはないが、自分が悪いのだからこれは仕方無い。


「効果の大きそうなのが全部ダメとなると……ま、削るのはだいたい食費だよね」


 主食は実家からの米に頼っている。油代の節約のため、揚げ物は少なめの油で揚げ焼きに。食材は安いときにまとめ買い、できるだけチラシで底値を確認しておきセールを見逃さないようにする。


「正直、それ以外にできることないんだよね。スーパーの値段も、ある一定以上には下がらないしさ……」


 薬子はそう信じていたが、ある日ふと入ったスーパーで衝撃を受けることになる。


 そのスーパーは、薬子の家から歩いて十五分ほどのところにあった。途中にある川を渡っていかなければならず、今まで避けていたのだが、ものは試しと寄ってみたのだ。


 スーパーとしては小さめだが、見渡す限り棚には商品がぎっしり詰まっている。そして何より……


「安い」


 一気に財布の紐を緩めてしまいそうになって、薬子は我に返った。前を歩いていた子供が、怪訝そうにこっちを見つめている。薬子はあわてて、近くにあった冷凍うどんを籠に押し込んだ。


 周囲の客は次々に目当ての商品を籠に入れている。家族連れの姿が多かった。だから店内には子供の声が多く、活気に溢れている。


 薬子もそれに後押しされて、あっという間に自分の籠をいっぱいにした。


「問題は、どれもこれも大量だってことか……」


 結婚して食べ盛りの子供でもいるならともかく、独り身でキロ単位の食材を消費するのはきつい。それに、持って帰れる重さにも限界がある。


「こればっかりは仕方無いか」


 薬子は籠の中身を厳選して、なんとか背負って帰れそうな大きさにした。しめて会計、千八百円。普通のスーパーなら、この倍はしそうだ。


「お……重い……」


 何気なしに入れてみたら、重みで後ろに倒れそうになった。ざっと計算して三キロ弱の荷物だから、当然そうなる。


 薬子は重いものを下にしてつめかえ、リュックを背負い直した。それでも、足元がふらつく。街でたまに見かけるおばあちゃんのような歩き方で、なんとか家まで辿り着いた。人通りがまばらで、よろめく姿をあまり見られなかったのが不幸中の幸いだ。


 家の三和土にリュックを置くと、薬子は心底ほっとした。


「さて」


 薬子はようやく持ち帰った材料を見下ろした。油通しした冷凍茄子、同じく冷凍した玉ねぎ、挽肉、鳥肉、パスタ、それに調味料。


 茄子と玉ねぎはそのまま冷凍庫に入れても良さそうだったが、鶏肉と挽肉は適当な量に分けておきたい。薬子はかちこちに凍った鶏肉をあえて冷蔵庫に入れ、解凍されるのを待った。


 その間に必要な分の茄子と挽肉を出し、薬子は考えた。


「茄子の大量消費となると、やっぱり麻婆茄子かな。挽肉も一緒に買ったし、この前タレももらったし」


 母から送ってもらった物資が役に立つ。薬子はタレの箱の説明通りに、まず挽肉を炒める。色が変わってきたら茄子を入れ、全体に火が通ったらタレを絡めて軽く煮詰めたら完成だ。


「鶏肉用の調味料も、何かあったっけ……」


 しばらくやることがない薬子は、自分の調味料入れを整理した。それを終えて顔を上げると、鍋から漂ってくる匂いが変化したことに気づく。


「おっと」


 目を離した隙に、鍋が焦げそうになっている。薬子はあわててヘラでかき回した。その後は特に困ることもなく、料理が完成する。


 白米を電子レンジで温めて、出来上がった料理と並べれば食事の完成だ。


 野菜を多めにして作った麻婆茄子は、とろっととろけた茄子がタレや埋もれていた肉と絡んで抜群に美味しい。香辛料の豊かな風味で、野菜が冷凍ということは全く気にならなかった。


 結局食べる手が止まらず、薬子は黙々と食事をした。


 お腹がいっぱいになった薬子は、仰向けでごろんとベッドに横たわる。そのままうとうとしたかと思ったら、次に目が覚めた時は夕方だった。


 薬子は目をこすり、冷凍用のパックを取り出す。少なくとも、あと五人分はある料理をじっと見つめた。大体の分量で分けて、パックにつめこむ。


 隙間に麻婆茄子のパックを入れると、あまり大きくない冷凍庫がもう一杯だ。パズルのように入れ込むのは大変だったが、やりとげると妙な達成感があった。


 薬子は満足し、使ったフライパンを洗い始めた。


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