第5話 回復(リハビリ)4 動画サイト
食事を終えてから、
「なかなか、いい仕事ってないんだよねえ……」
当然のことだが、条件のいい仕事には人が殺到する。首にされたわけではないが、何度も離職している薬子など、最初から選考に入れてもらえない場合もあるだろう。
不満を言えばきりがないのも分かっているが、もう一度変な会社に入ってしまうのも嫌だし……。
「やめよ」
薬子は噛みしめていた唇をほどいた。求人を見ていると腹が立つようになってしまっているので、サイトを落として別のタブに視線を移す。ごくわずかな友人のSNS投稿を見てコメントを打ち込み、画面から目を離し肩をぐるぐる回した。
「そういえば、乾電池がもうなかったんだ」
薬子は舌打ちした。いつも安売りしているサイトが、今日に限って定価で販売している。
「運が悪いなあ……」
いくつかサイトを行き来して、サイトごとの値段を書き留めていく。
「……どれがいいか分からない」
そもそも薬子は熱心な節約家ではない。どこのポイントがどうなって、還元率がどのくらいと言われても興味がそんなに持てなかった。そこで、早々に追求を諦めてもっとも安値を示したサイトを開く。
「ま、これにすっか」
顎に手を当てて考える事、数秒。薬子は商品を購入し、最初の画面に戻ろうとした。
「あ」
その時、サイトの読み込みがずれて、目的と違うところをクリックしてしまった。
ようやく読み込みが終わって表示されたのは、初めて見る画面だった。アカウントを取得したときには、こんなものあっただろうか。確か始めは、通販だけのサイトだったと思うが。
薬子が首をかしげたくなるほど、様々なサービスが並んでいる。音楽聞き放題、本読み放題、ついでに動画も見放題。
「なんだろ。詐欺サイトにでも飛んだの?」
薬子はネットやパソコンが苦手だが、上手い言葉には裏があることくらい知っていた。検索サイトを立ち上げ、そういった詐欺の事例がないか確認してみる。君子、危うきに近寄らず。
しかし検索してみると、そういうサービスは「サブスク」と呼ばれ、今や普通のことのようだ。どこのサイトが一番好ましいか、比較しているブログもたくさんある。
「これ、『君子危うきに近寄らず』じゃなくて、単に『物知らないバカ』だっただけでは……」
薬子は頭を抱えた。真面目も時には害である、らしい。
サブスク比較のサイトを見ていくと、薬子の登録しているサイトはどこでもおすすめに入っていた。かなり辛口のブログでも勧められていたので、思い切って利用してみることにした。
試しに映画やアニメのサイトで番組をクリックしてみると、すぐに再生が始まった。しかも広告が表示されるのは最初だけで、後は全部普通に見られる。
「こ、こんなに楽をしていいの?」
一瞬呆然としてしまった。薬子が学生時代はレンタルDVDを借りて、店に返却しに行くのが当たり前。延滞してしまうと高額な追加金を取られ、腰から崩れ落ちたこともある。
それなのに今や自宅で、一歩も外に出ることなく作品が選べるのだ。今まで利用していなかったことが、猛烈に悔やまれた。
薬子は無言のまま、見たい番組を次々リストに保存していった。見たい物が次から次へと浮かんできて、クリックする指が止まらない。昔、見たくてしかたなかったのに見せてもらえなかったアニメや、知らない間に第一話を見逃したり、見たり見なかったりでそのままになったドラマ。
それを最初から見ていく。背中が痛くなるまで、薬子はそうしていた。
「うわっ、もうこんな時間!?」
全く時間が経過している意識がなかった。薬子はパソコンの前にカップラーメンを持ち込む。遅い夕食をとりながら、ドラマを結局最後まで見てしまった。
「やばいな……これ、麻薬だ……」
冷静にならないと、就職活動自体できなくなる気がする。暇を潰すどころか、人生が終わってしまいそうだ。
「ま……また今度な」
薬子は悪役のような捨て台詞を残して、無理矢理サイトを落とした。立ち上がって窓を開け、空気を入れ換えると気分がすっとする。
──楽しすぎるものは、ほどほどに。
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