『座敷童はお着換え中!』
夷也荊
プロローグ 上
俺は、自他ともに認める不幸体質である。それは、生まれた時から備わっている「天賦の才」のようなモノ。いや、正確に言えば、生まれる前からの「才能」だ。生まれる前からへその緒が俺の首に巻きついていたことがエコー検査で分かり、母親は難産だった。この母親もかなりの「どじっ子」ぶりを見せ、周りからは児童虐待を疑われたらしい。つまり、俺はよく怪我をして、よく体を壊していた。両親に抱かれれば落とされ、転べば必ず家具の角に頭をぶつけた。理由もないのに鼻血が出て、虫に好かれた。母親の作るミルクや母乳には体が拒絶反応を起こし、ありとあらゆる病気に罹った。
幼稚園に入ると、俺の不幸体質はもはや神がかっていた。遠足やお出かけ、運動会などの外に出る行事の時には、前日から当日まで天気は大荒れだった。給食では、何故か俺の嫌いな物ばかりが出る。お遊戯会でのくじ引きで、木とか岩とか、背景ばかりの役が回ってくる。友達が出来ると、その友達がよく風邪をひいたり、怪我をしたりするようになった。だから俺には傘が欠かせなかったし、友達もできなかった。
小学校に入学しても、その体質は健在だった。イジメにあっていたとは言い難い。何故なら俺にイジメとして関わった人間は、必ず俺の不幸のおすそ分けを貰うように、怪我や病気をしたからだ。それはイジメられている俺が、何故か謝りたくなるほどだった。サッカークラブの男の子が、俺の悪口を言った日にレギュラーから外され、試合に出られなくなった。俺を無視しようと画策した女子は、一人だけ食中毒を起こして病院送りになった。こんなことが続いていれば、誰でも俺に関わらなくなるのは必然だった。しかしイジメても不幸が起こるならば、どうすればいいのかと、俺の同級生は悩んだだろう。俺も一応悩んでいた。結果、皆が出した結論は、俺をクラスの「神」とすることだった。何故なら、「祟る」のは神様だけだからだ。俺も、「その手があったか!」と感心した。そして俺のあだ名は「ゴッド」となった。
中学校は、小学校の延長だった。つまりメンツが変わらないため、俺のあだ名は相変わらず「ゴッド」だったし、クラスメイトからは崇められていた。当然、友達はできないし、彼女もできなかった。そしてこの頃になると、インドア派とアウトドア派が分かれ始め、俺は中でもインドア派から信仰されるようになった。何故なら俺が参加する行事は必ず中止になるか、失敗に終わるかという有様だったからだ。もちろん、俺はインドア派だった。アウトドアの良い思いでは一つもなかったからだ。小学校のキャンプでは、俺の班のテントにだけ、蝉が五匹も乱入し、何故か夜になっても鳴きつづけた。飯盒で炊いたご飯はほぼ生米のままだった。そもそも、竈に火が付いた瞬間に、雨が強烈に降るのだ。蚊に刺されるのはまだいいとして、カメムシが寄ってきて、俺の班は悪臭に苦しんでいた。そんな経験を重ねた俺が、インドア派になるのは必然と言えるだろう。運動神経なし。走れば転び、何もなくてもよく足を捻って骨折した。音感なし。音程はいつもずれていて、合唱にならず、俺が触った楽器はことごとく壊れた。学校生活の主たる学業は、底辺。マスを一つずつずらして解答用紙に書きこんでしまったり、筆記用具などをいつもなくしたりしていた。
高校は、誰も俺のことを知らない所に行きたかったので、あまり評判が良くない所をあえて選んだ。俺は俺で、ちゃんと自分に降りかかる不幸について、真剣に考えていたのだ。それに、「ゴッド」と呼ばれることにも辟易していた。中学の先生が俺を推薦で第一志望の高校に入れようと、懸命に動いてくれた。先生いわく、「お前はきっと、一発勝負のテストではまたヘマをやらかす」という理由からだった。確かに、滑り止めの私立受験で俺は落ちていた。それも私立高校側の不手際で、俺の加点分を他の生徒のものとして扱ったためだという。もちろん、俺のミスではないので、私立高校側は陳謝し、俺を合格にしてくれた。しかしこの私立高校の不手際が発覚したのは、俺が既に第一志望の高校に入学を決めた頃だった。先生の推薦のおかげで、俺は不良高校として名高い高校に何とか入学することができた。人生で初めて、目的が達成された瞬間である。しかし、これは果たして成功と呼べるのだろうか?
皆が避けた高校で、俺は新しい生活を始めた。俺と同じ中学からの進学者は誰もいなかった。しかしどこから広まったのか、高校の俺のあだ名も「ゴッド」になってしまった。あだ名の理由も中学校の時と同じだった。さすがに、俺も焦ってきた。俺はもしかしたら、一生、「ゴッド」のままなのではないのか。皆から避けられ続けるのではないのか。これからもずっと、俺は一人なのでは。
そんな俺の高校生活に、変化が訪れたのは、高校三年の夏になってからだ。クラスの中でも評判がいい
「ずっと前から好きでした。付き合って下さい」
直球の告白だった。俺はついに死ぬんだと思った。原口杏は、ラブレターらしき手紙を俺に差し出して、首を垂れていた。つまり先ほどの告白は、嘘やからかいではないのだ。いや、待て。待つんだ、俺。落ちつけ、俺。俺にこんな幸福が訪れるはずがない。そうだ。きっと、手紙の中身は「うそ♡」とでも書いてあるんだ。そうでなければ、説明がつかない事態が、今起きている。だって、あの原口さんですよ? 冷静になれば、俺と原口杏が釣り合うわけがない。今度こそ、クラスの皆にリンチくらって殺される。きっとこれは手の込んだ悪戯の類で、フィクションで言うならば「死亡フラグ」とでも表わされるものだ。そうに決まっている。しかし、いつまでも手紙を受け取ってもらえなかった原口杏は、顔を上げて悲しげに手紙を引っ込めたのだ。
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