第46話 愛される噂の『シルエット』!? 送られる脅迫的な感謝状!?
「ちゃんとお礼言いました?」
「い、いえ……まだ……」
「もぉ……自分で言うって、こっち来るとき決めましたよね?」
いったいどうしたんだ? 何がなんだかよく分からない。
「お~い」
「エルくん、記者会見があるから会場移動を――」
そうこうしていると階段から二人が上がってくる。
「なになに? どうかした?」
聞かれても肩をすくめるしかない。
「……あれ? あなた……?」
女性士官の肩がはねあがる。なに? アセナの知り合い?
軍服を整え、意を決した様子で女性士官が俺に近づいてくる。なんか怖……。
「あの、その、えっと……」
何を伝えたいのか分からないけど、いざ面と向かうと決心がゆらいだみたいだ。
伏し目がちに口ごもっている。
あらためて女性士官の顔を眺めると、どこかで見たことがある印象につい目が細くなる。
キリッとした感じの中性的な顔立ちがどことなくアイツに似て……あ。
「えっと……君にお礼を言いたくて――」
「ちょっと待て、すまん。その……なんだ、そんなに目元がぱっちりしてたっけ?」
「こ、これは殿下がメイクを……って、ようやく気づいたのか?」
「いや、気づいたつーか、今も頭の中パニクっていてわけわかんねぇよ」
もう頭の中真っ白だ。
「うそっ? やっぱり!? もぉ、来ていたなら声かけよぉ~」
「え!? あれってマジ!?」
「気づいていなかったんですか!? お二人とも!?」
「え~!! カワイイ~!! カワイイ~!!」
「うんうんうん! カワよ!! カワよ!! そんな服着るんだね!!」
「ですよね! ですよね! そうだ! 写真とってもいいですか!?」
「いや……あの……写真はちょっとあの……後で残るんで……一応、一応ナシってことで」
苦笑する人の周りで迷惑をかえりみない三人のきゃっきゃっが始まった。
ずっと「カワイイ~! カワイイ~!」って連呼してぐるぐる周る。
「つーか、女の子だったのかよ?」
「違う!」
「じゃあ、あれか? 別に俺ってば偏見ないし、いいんじゃねぇのそういう趣――」
「やめろ! そんな理解力を示す必要もなし、そんな趣味もない!」
じゃあなんなんだよ。と首をひねると、すっとその子の脇に殿下がぴたっと寄る。
「端的に言いますと、実はこの子、ナキアさんとは逆の体質でして」
なるほど、ようやく合点がいった。
「うぅ~全部【マルグレリア】が暑いのがいけないんだぁ」
「知らんがな。カワイイんだし良いじゃね?」
なんて素直な感想を述べた俺はキッとにらまれ、胸倉をつかまれる。
「わ、悪かったって、さっきのは冗談――」
うっさい! とゆさぶられて息をのむ。
「と、とにかく! 君が治療薬を飲ませたおかげでボクは助かった! そのお礼を言いたかっただけだ! 後このことを他の人間に言ったらコロス!」
「感謝しているんだか、恐喝しているんだか、どっちだよ」
「う、うるさい! 反論するな! 素直に人の感謝は飲み込め!」
そっちこそ、と思ったけど口にしなかったよ。ぶっ飛ばされるのが目に見えていたからなぁ。
「はいはい、つーか治療薬のことはシャルに言ってやれ」
「彼女……先生にはもう伝えた」
うんうん、とシャル、あらそ。
「なんにしても元気そうでよかったぜ」
ああ、と髪をいじりながらつんとフェイは唇を尖らせる。
そろそろ時間です。とセシルさんの呼びかけれ、雑談はお開きになった。
ああ、もちろん移動中にクローディアスの最期も伝えたよ。
結局、あいつの中からは『飢え』と『渇き』しかなかった。
どうしてかまでは分かんなかったけど、殿下には思い当たる節があったみたいで話してくれたんだ。
「あの人の故郷は、作物のほとんど育たない厳しい土地だったんです」
と言っていた。そういうことかよって、やるせない気持ちで俺はいっぱいになったよ。
ほどなくして記者会見が始まる。今後両国の間で技術提供が決まった。
王国側からは農地改良などの技術を、帝国側からは医療や【霊象石】の運用技術などの相互供与が行われる。
また両国の憲兵や【守護契約士】協会の統合を視野に、新たな治安維持組織を構築する計画があがって、具体的な内容はこれから詰めていくということが大筋合意。
ついては【マルグレリア】をその治安維持組織の実験場として選ばれた。
もちろん記者からは今までのことを鑑みて疑問の声が上がったけど。
すると殿下が――。
「やってみなきゃ始まらない。もし問題が発生したら、この方法ではうまくいかないことが分かった。それだけでも前進です」
ぴしゃりと言い放ったことで、記者たちを30秒で静かにさせた。
これからいろいろ大変なこともあると思う。
でもこの日両国が前進して手を取り合えたことは偉大な一歩だって純粋に俺も同感だった。
そして【神凪節】が訪れる――。
夕映えをランタンが淡く飾る屋台街は、ごった返す陽気な雰囲気と、肉の焼ける臭いとともに漂っってくる。
昼間とは打って変わって、道路の中央には踊り子たちが練り歩き、店のあっちこっちから音楽が響いて、街は妙な一体感が支配されていた。
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