第36話 『知りたいんです!』 悩む彼女に贈られる冷血の一言

 好きだからとか、相手が必要だからとか、これからの人生二人で一緒に生きることを選んだとか。そういうもんだろ結婚のきっかけって。


「分かりました。この巨大プロジェクトは水面下で進行させましょう」


「やめろ! すんな! 飛躍しすぎだ!」


 こういうのは二人のペースに任せて、放っておくのが周囲の人間の役割だろ。


 たまに草むらからデートの様子をうかがって、見つかって、ひやかして、そいうもんじゃねぇの?


 つーか、意外とレアさんボケかますなぁ。


「なんにせよ、だね。全ては国境を越えてから!」


「だな! シャルの言う通りだ! 急ぐぞ!」


「えぇ!」


「ちょっと待て! キレイにまとめんな!」


 なんだよその、さぁこれから本番だ! みたいな雰囲気!


 しかも言い出しっぺで一番の戦犯が良い顔して先頭走るな!


 外出禁止令が出され、誰一人いない城下町を駆け抜ける。


 気味の悪いくらいの静寂が包む中、街路灯の並ぶ大通りから聞こえるのは石だたみを叩く自分達の足跡だけ。


 次第に城壁が見えてくる。あそこを越えれば――。


「そういえばレアさん。城壁を越えた後の脱出ルートを確保しているって話だけど」


「はい、大佐の一人が協力してくれて」


「大佐?」


 何かを思い立ったみたいでアセナが小首を傾げる。多分俺も同じ人を思い浮かべていた。


「「もしかして、トロイラス大佐?」」


「ご存じで?」


 改めて手マルグレリアで起きた【完成体】襲撃事変のことを話した。


 その際大佐は【守護契約士】や【帝国軍】、【紅血人】や【蒼血人】などという枠組みなど関係なく協力を申し出てくれて、感謝していること全部。


「そうですか、そんなことが……」


「すげぇよ。あの人はなかなかできることじゃない」


 本当にそう思う。ああいう人こそ英傑って言うんだと思う。


「彼と宰相は士官学校で同期だったらしく、しかも首席と次席で互いにしのぎを削っていた間柄だったとか」


 あのスコールの日、初めて出会ったクローディアスは大佐のこと語るとき、まるで古い知人のような口ぶりだった。


 あの時は別に知り合いでもおかしくないと思っていたけど。


 考えてみれば一士官を捕らえるのにわざわざ他国まで、しかもお忍びで来るなんて、どう考えてもおかしい。


 まさかそんな理由があったなんて。


「宰相は政治の道に歩んでしまいましたが、いずれは政治と軍、双璧を成し、行く行くは国家を背負って立つ存在となる――そんなはずでした」


 物悲しそうにレアさんは語ってくれた。さぞ残念だったろうということがひしひしと伝わってくる。


「……多分、大佐は私のこと気づいてくれていた。それでもかくまってくれていたみたいで、できればお礼を言いたい」


 そのせいで大佐も逆賊として捕まってしまった。


「んで、あの人は今どこにいるんんだ。合流できるんだろ?」


 残念ながら、とレアさんは首を横に振る。


「訳があって彼は合流できません――ですが、お礼でしたら私の方から伝えておきます」


 必ず――と言ってそれ以上は口を閉ざしてしまった。


 そしてようやく城壁をねけようとしたところでふとレアさんは立ち止まった。


 その表情は浮かない。何か思い悩んでいる様子だった。


「おい、何立ち止まっている。早くいくぞ」


 しびれを切らしたナキアさんがせっつく。


 立ち止まっているヒマはねぇ。もたもたしていると帝国軍に追いつかれてしまう。


「どうしたんレアさん? どっかケガした?」


 心配そうにシャルが問いかけてみても答えない。


 いったいどうしたって言うんだ? 何か問題でもあるのか?


 やがてみんなが心配している中、意を決したように話し始める。


「皆さん、わたくしは宰相を止めたい」


「止めたいって――」


 追いつかれれば戦わなければならない。そのために修行をしてきた。


 正直肩透かしを食らっている状況だ。間違いなく処刑台のある広場で戦闘になることを覚悟していたからなぁ。


 実際あの場にクローディアスはいなかった。取り仕切っていたのは執行官と補助官と教戒師だけだ。戦わないで済むならそれでいい。


 だけど確かに前も考えた通り、クローディアスをどうにかしなければアセナに真の自由はやってこない。


 でもそれは後でもできる。今は生き延びることを優先すべきだと思う。


 そう考えてしまっているのは、アセナを救い出せたことにほっとしてしまった、俺の中でそんな心境の変化があったせいもあると思う。


「それに……知りたいんです」


「知りたいって何をだよ?」


 あからさまにナキアさんの言葉がとげとげしくなる。だけどレアさんは。


「昔はあぁじゃなかったんです。才知に優れ、国王の信頼も厚かった彼がどうしてこんな暴挙に出てしまったのか」


 臆することなく自分の考えを告げる。凛々しく高らかに、そして――。


「その原因をわたしは彼から聞きいてそのうえで止めたい。なにより帝国の平和のために」


「――その必要はない」


 その冷たく厳かな声で一斉に俺たちは振り返った。


 城壁の上からぞろぞろと降下してくる。その中心には【冷血宰相】、ミハイル=クローディアスの姿があった。

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