第26話 『花嫁』奪還! その日の彼女はとても魅力的だった

「大丈夫か? レアさん? ペース落とした方がいいっすか?」


「い、いいえ、平気です」


 やっぱり体力的には女の子だ。平気です、と言っている割に息が上がっている。今までよく付いてこられたと思う。


 抱き上げて行くか? いや、それ前にやってアセナから嫌がられたしな。


 なんて考えあぐねていたら、ふふっ、お気遣いありがとうございます、と彼女に笑われた。


「それより急ぎましょう。執行まであと2日、そろそろ天守閣の方へ罪人が移送されます」


 階段を駆けあがること約20分。前方から頂辺が見えてくる。


 だけど桟橋への道は頑丈そうな鉄扉で閉じられていた。


 くそっ! ここまできて、こんなところで鍵と格闘して時間を食わされるのは嫌だぞ。どうする?


 床に光が差し込んでいることに気づき俺は上を見上げる。すると天窓が見えた。あそこからなら外へ出られそう。だけど――。


「エルさん、先に行ってください」冷静な顔でレアさんが言う。「わたくしではあの高さは登れません」


 自分は鉄扉を開けてから行くと、レアさんの提案に俺は黙ってうなずき、すぐさま壁面を掛け抜けた。


 ガラス窓を突き破り、とんがり屋根の上へと降り立った。桟橋のちょうど中央に護送の兵が数人、一斉に視線を向けてくる。そしてその中には――。


 縮地功【瞬光迅】で護送兵の間に割って入る。


 面を食らっている内に拳を叩き込み無力化、救い出したアセナを抱え距離を取る。


「助けに来たぜ。アセナ」


「……エルくん。どうして?」


 腕の中のアセナに目を落とした瞬間、その死装束に目を奪われた。


 豪華な白いドレスにヴェール、手にはバラの花束。いかにもというか、いわゆるウェディングドレス姿だった。なんで?


「すげぇな。そのドレス……」


「こ、これは、帝国では未婚で亡くなった女性は来世で結婚できるようにって、それで――」


 ああ、そういうこと。何かと思った。


 時間があればじっくり眺めて、しかと焼き付けたいところだけど――そういうわけにもいかねぇ。ったく残念だ。


「フツー。結婚っつーのは生きている内にするから意味あるもんだと思うけどな」


 帝国の死生観つーのはどうにも俺には理解出来ねぇ。輪廻転生っつーのかそういうの?


 人間死んだら終わり、だからこそ今を精一杯生きられるんじゃねぇのかなって思っちまう。


「とにかく聞きてぇことは山ほどあると思う。悪いけど話はあとだ。今はここからどう逃げるか考えなぇと――」


 前方、天守閣の前にはクローディアスが待ち構えていたからだ。


 その側にはいかにも達人と言った護衛が付き添っている。連中の中にはあのフェディなんとかとかいう奴の姿も。


「まさかこんなところまでのこのこやってくるとはな。ボクのことを覚えているか?」


「悪いな、俺は7文字以上の人の名前を憶えてられねぇんだ。よほどの大物じゃねぇとな」


「き、キサマ!」キレ出した奴をクローディアスが「よせ」となだめる。


「分かっているのかね? これがどういうことか、これは外交問題だぞ?」


「そりゃぁお互い様だろ? ウチの霊象予報士を何の断りもなく勝手に連れて行きやがって」


「その者は元々我々の同志――帝国で処罰するのが法だ」


「だったら俺が貰う!」


 桟橋の上で、俺は高らかに宣言した。なぜかアセナは目を丸くしていたけど無視した。


「お前はいったい何を言っているんだ?」


「だから、そんなに要らねぇっつうんなら、俺が貰うつってんだ!」


 うずくまるアセナを抱き寄せる。その体はすっかり冷え切っていた。可哀想に。


「さっきからどいつもこいつも要らねぇ要らねぇって、人をなんだと思ってやがる!?」


 やつらに指を向け、怒りの限り思いの丈を言い放ってやった。


「エルくん――」


 力なくつぶやくアセナを俺の背中へと、かばうように奴らの前に立つ。


「今さら逃げてなんて言わせねぇよ。ただ一つ聞きてぇ」


 沈黙を保ったままのをヨシと受け取った更に俺は言葉をつづけた。


「あの時の『契約ゆびきり』はまだ有効かな?」


 見えたわけじゃなかったけど、背中越しにアセナがうなずいてくれたのが分かる。


「なら、助ける理由はそれで充分だ」


「助けるだと? この状況でか?」


「ああ、何が何でも救い出す」


 まるでその場に控えていたみたいに、数十人の兵が降ってわいてきた。


 気配の断ち方、身のこなしからして……なるほど、これがウワサに聞く暗殺部隊ってやつか。

 あっという間に囲まれちまった。思ったよりやべぇな。


「何をぼーっとしている?」


 フェディなんとかが斬りかかってきて、とっさに手甲で受け止めた。


「は? どこがぼーっとしているって、ちゃんと見えてんだよ。こっちは!」


 腕を払ってはじき返す。滑るように止まった時、奴はなんか目を丸くして見開いていたけど、なんだそんなに驚くことあった?


「なるほど、少し腕を上げたみたいだな」


「……意外だぜ、あんたみたいな奴でも人をほめることがあるんだな?」


「たまにはね」俺の挑発に顔色一つ変えずに奴は言う。「だがまだまだだ!」


「エルくん!」


 背後に隠していたはずのアセナの姿が、いつのまにか奴の隣で仲間に拘束されていた。


「アセナ! くそ……待っていてくれ! すぐに救い出すから!」


「無理だな」


 会話に割り込んでくるフェディなんとか。テメェに用はねぇんだよ。


「少しボクが本気を出せば、すぐにお前は死に絶える」


 空気が変わった。さっきと一緒に奴から極寒の空気が漂ってくる。


 雰囲気の変化に合わせ、俺も呼吸を整え、構え直し、体を臨戦態勢にしたその時――。

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