第11話 いよいよ『登場』! センシティブな姉御ニキ!
アセナが叫んだ。むくりと崩れ行く巨体が起き上がる。
瞬間的に俺は駆け出していた。【霊象獣】がその風前の灯火とも言える最後の力でシャルに襲い掛かる。くそっ! 間に合えっ!
「ったく、世話の焼ける後輩どもだぜ」
聞き覚えのある声がした。骨肉を断つ弾力のある音とともに、目の前で【霊象獣】が一刀両断された。朽ちゆく肉塊を割って見慣れた人影が現れる。
「【戦車級】は石を抜いても、しばらく生きてんだ。ちゃんとトドメをさせ」
「ナキにぃ!」「ナキアさん!」
燃えるように赤く腰まである髪に褐色肌。
相当な暑がりで上はチューブトップ、下はレギンスといういつものいで立ち。
その手には身の丈ほどもある火災現場突入用バール、フーリガンバーを担いでいる。
「よう! しばらくだったな! 二人とも!」
鋭い犬歯をのぞかせながら俺たちの肩を抱いてくる。ち、ちかい。
こんな感じに気風のいい性格で、仲間思いでガキ大将をそのまま大人の女性にした感じの姉御肌なんだ――今日のところは。
「……誰?」首をかしげるアセナ。
「俺らの先輩、《ナキア=ニーザ》さん」
「はにゃ? そっかちゃんと話したことなかったっね。ウチにはもう一人いるって」
「……そういえば、言っていたかも」目を細めアセナは考え込む。
「そういうことだ。よろしくな……ナナコ!」
「誰ですか!?」アセナは声を荒らげる。「アセナです! 臨時で【霊象予報士】やっています! 初めまして!」
勘で名前を呼ばれて、怒りを込めた自己紹介を叫んだ。
まさかアセナにツッコミの才もあったなんて知らなかったよ。
「悪りぃ悪りぃ」ゲラるナキアさん。「でもまぁ、ちゃんとツッコミをしてくれる奴が来てくれてオレ様は嬉しいぜ」
つまらなそうに親指で俺らを指してくる。
「こいつらため息つくばかりでよ。悩めるお年頃かってな?」
そりゃあそうでしょ? 付き合っていたらキリがない。
ほんとこのいい加減さがなければ手放しで尊敬できるのに。
「つーか、ナキにぃ」まじまじとシャルが眺める。「今日は女の子なんだ?」
「おう、ちょいとかなり南の方へ行っていたからな」
「今日は?」アセナが眉をひそめる。「エルくん? どういう意味?」
「う~ん、当然の疑問だよな」頭の中で俺は簡潔にまとめた。「実はあの人、【
要は低温で女性、高温で男性に変わる体質、最近暑い日が続いて、地元では女性になれる人が減っているとかいないとか。
「なるほど」感心したようにアセナは呟く。「世界は広いね……」
「ま、今日のところは再会を祝してパーッとやりてぇところだけどよ、それより今は――おっと、そうこうしてたら、やっとおいでなすった」
遠方から小砂利を巻き上げて数台の【霊動車】が近づいてくる。
車体には帝国軍の証である剣を加えたフロストドラゴンの紋章があった。
いいなぁ、あの装甲車と思っていると、いつもの国境警備隊の皆さんがお出ましした。
「よう! 久しぶりだな! パーヴェル!」
「お、お前はナキアの妹!」
少尉が露骨に嫌な顔をした。ひそひそ声で俺はナキアさんに話しかける。
(まだ言ってなかったんですか!?)
(んいやぁ~、言いそびれちまってよ。まっ! 面白れぇからいいじゃねぇか?)
(あ~あ、ウチ知らないぞ~)
シャルと一緒に関わりを放棄することを決め込むと、すっとアセナが俺の背中に隠れる。
ど、どうしたの? と聞いたけど、「ちょっと……」と気まずい顔をしたので、それ以上何も聞かなかった。というよりできなかった。
だってすぐに言い争いを始めんだから。
「ずいぶん遅かったじゃねぇか、食後のコーヒーでも楽しんでたのかぁ?」
「わ、悪いが本官は、お前たち野蛮な【紅血人】とは違って紅茶党だ」
女性恐怖症の少尉はあからさまに挙動不審になっている。
一方でナキアさんはすっとぼけた顔で少しずつにじり寄っていく。疑いようもなく確信犯、そして少尉にとってはさぞ恐怖だと思う。
「何を騒いでいるのかな?」
後続の車両からこれまた一人の柔和で穏やかな将校が現れた。
きっちりとした高級軍服に身を固めて、見るからに偉そうな人物。
軍人というよりどこかの企業の若社長と言った印象を受けた。
「大佐! いえ! これは!」
「もういい。少尉、君は下がりたまえ」
前言撤回。
眼鏡の奥の眼光に、抱いた第一印象なんてすぐに塗りつぶされた――怖っ!
「すまない、わが軍の士官が失礼した」
将校は俺らに歩み寄る。
「小官はレナード=トロイラス。階級は大佐。ここ北部方面軍連隊司令部を統括している」
そういって大佐はにこやかに握手を求めてきた。
「んいや、別にかまわねぇスけどね、それでこんなとこに何しに?」
「部隊編成に来ていて、ついでに視察もかねて同行をね」
いいタイミングで【霊象予報士】が強い反応を観測したと、きっと少尉は出世のチャンスと考えたんだな。
車両の側で首の後ろをこする様子が見えた。
「大佐自ら視察とはご苦労なことで」
左手のひらを上に向けてナキアさんは感心のない素振り。
「人手不足でね」大佐は肩をすくめる。「だが、それも無駄になってしまった」
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