第10話 『弾丸』よりも速く

「よ、よう、なんだって?」


「【幼生体】だって」ため息交じりにシャルは三節棍を構える。「【戦車級】が共食いから生まれるのは知っているよね?」


「ああ、実際にその瞬間を見たことないけどね」


 冷静に俺は手甲の感触を確かめ、肩入れストレッチをした。


「【霊象獣】には三段階の進化があるけど」アセナは抜剣する。「【幼生体】は【戦車級】の初期段階のこと」


 第一形態の【歩兵級】は農作物や人を襲って成長していく。


 このころはまだ元の生物の原型をとどめている。


 ただ周辺の資源をあらかた食いつくすと、共食いを始めて、そうして生まれるのが【戦車級】だ。


 この状態になると、もう元の生物の面影はなくなる。


 個体ごとに姿が異なり、戦闘力は数倍に跳ね上がり、知能も格段に上昇する。


「話には聞いていたけど、なるほど! これが! 実際見るの初めてだ」


 ハサミが俺らにめがけて一斉に襲いかかってくる。これを跳躍して回避。


「これから脱皮を繰り返して3ヶ月ぐらいで【成体】になるんだ」


「そうなるとウチみたいな【蕾】が三人がかりでようやくどうにかなるレベル」


「つまり今のうちに何とかしろってこと?」


 まるで大砲の雨のように降り注ぐハサミ。


 複雑に絡み合う軌跡を縫いながら、【霊象石】のある部位を探す。


「「そういうこと」」


「でも三人なら何とかなるかも! 準備は良い!?」


「おう!」


「任せて下さい!」


「それじゃ……って、二人ともこういうのは掛け声を合わせるもんじゃない!?」


「そんな無駄口いいからさっさとやるぞ!」


 幸い攻撃の速度はそれほどじゃない。けどいつまでも避けられるほど時間も体力もない。さっさと片付ける!


「つーかこいつのどこに心臓があるんだ!?」


「いつもなら分からない奴でも動きとか! 守りの堅いところを狙うんだけどね!」


 どこもかしこも覆われた甲殻こうかくに弾かれ、三節棍から乾いた音が鳴る。


 むしろ節足部の薄いところを狙った方が賢明そう。


「かったぁー! 手首いっちゃうよこれ、医者は手が命なのに!」


「無理するなよ! ほんとこんな時にナキアさんがいてくれたら!」


 山吹色の【霊象気】をまとい節足部に手刀を叩き込んだ。


 わずかに入ったヒビから、スズメの涙ほどの体液が噴きあがる。


「……っ! ちょっと切れただけかよ。これじゃ火力が足りねぇか」


 もっと気を練り込まないと、あの金属みたいな甲羅を割れそうにない。


 戦術を改めようとした矢先に触手が降り注いでくる。


「霊象気を練るヒマなんて与えないってか!」


 横っ飛びで回避しようとした瞬間、【稲妻】が目の前を駆け抜けた。


 視界全域に広がっていた触手が引き裂かれ四散し、地に返っていく。


「アセナ!?」


「言ったでしょ? 私も戦えるって!」


 稲妻の中から、剣を構えたアセナが現れたことで何が起きたか理解した。


 残りの触手を揺らして苦しんでいるが口らしきものはなく、断末魔は上がらない。


 さらにそこから逆上したのか、二度目の包囲攻撃を仕掛けてくる。


 その次も次も次も――。


 アセナの神速の斬撃の前に、無尽へと帰えっていく。


 それこそ体液の一滴さえ落ちることさえ許さずに。


 ――傷口を炭化させることで再生を防いでいるのか。


 彼女の強さを間近で目した俺の脳裏に不安がよぎる。本部の言っていた兵士ってまさか――って。


「見つけた! 【霊象石】は真ん中の触手から指三本分のところ!」


 理由を聞いている余裕はねぇな。なぜなら――。


「再生を止めていられるのも少しだけ! 二人とも今のうちに!」


 ほかに手もない。アセナの言葉を信じて俺とシャルはあうんの呼吸で走り出した。


「シャル! 俺が援護する」


「おう! お姉ちゃんに任せとけ!」


 素早くシャルが手首をひねると三節棍の両端の飾り、石突が二股に割れた。


 表するならそれはレンチのように【霊象石】を取り出す形状へ様変わりする。


「――草原でよかった」


 気を練り上げ俺は両脚に力を集中する。それを一気に解放――。


 その爆発力をもって一気に縮地功で間合いを詰める。


「被害が少なくて済む」


 慣性を維持したまま俺は、一転集中した双撞掌そうどうしょうを叩き込む。

 ようやく鉄板じみた甲皮に亀裂が入った。


「――イスタ流六式拳道。【日輪絶火ドレッジアップ日冕コロナ】」


 閃光と爆発の円環が、夜の平野を白に染め上げた。


 弾け飛ぶ肉塊の中から、子供の頭ほどある蛍色の【霊象石】があらわになる。


 シャル! と声を上げるまでもなく、すでに飛び上がり最後の一撃へ備えていた。


 むき出しになった【霊象石】へ石突を叩き込んで挟む。


「――イスタ流六式棍道。【双晶撃マクル】!」


 淡い黄色の【霊象気】の結晶が石を挟み込む。


 引き抜くたびブチブチとブリキの鳴き声のような音が鳴り響く。


「うぉりゃぁぁ!」


 女の子とは思えない雄叫びを上げ摘出。掲げられた巨大な【霊象石】が夜空に映えた。


「任務完了!」――かに思えた。


「シャルリアさん後ろ!」


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