第4話 『偶然』にもほどがある
ちょうど街を出た頃、警鐘の音が耳を打った。
息を切らせ、駆けつけた俺を待っていたのは、青
帝国の国境警備団だった。
地面には無数の弾痕。踏み荒らされた赤いヒマワリ畑の中で、穴だらけにされたイノシシが溶けていく。
――むごい。機関銃なんて使いやがって。
「ずいぶんと重役出勤だな? ジーファニアの【守護契約士】様はさぞ高貴な身分だな」
嫌味な声に顔を上げた。軍帽を整えて一人の男が近づいてくる。
「マルクス少尉……」
警備団マルグレリア方面部隊長――《パーヴェル=マルクス》少尉だった。
眼鏡の奥の冷たい視線が突き刺さる。
元々両国の交易の場だった【マルグレリア】。
終戦後に開かれた講和で王国からは【守護契約士】を、帝国から【国境警備団】を配備することが決まった。
そんな和平の証となるはずだった政策は、まったくの裏目に出ている。
というのも管轄があいまいになってしまって、競合することが度々あった。
結局、暗黙の了解で早い者勝ちになっていた。
だけど【霊象予報士】がいないウチより、常駐させている警備団の方の対応が早い。
ここ最近、今日のように先を越されている。
「【紅血人】というのは野蛮と聞いていたが、まさかノロマまでつくとはな」
王国で結束する、太陽神をあがめる赤い血の
帝国を形成する、嵐の神を信仰する青い血の眷属【蒼血人】。
両人種はただでさえ宗教上の理由で古くから対立している。
他にも【蒼血人】は【紅血人】を奴隷にしていた歴史もある。
故に【蒼血人】の中には【紅血人】を蔑視や軽蔑している人は少なくない。
また逆もしかり。
このような政策は、火のついた油に水をぶっかけるのと同じだった。
結局、両人種の溝はますます深まる結果となってしまった。
お上はどの時代も下々のことを考えてないよな。
「お気楽で実にうらやましい。【霊象予報士】のいない協会というものは」
くちびるが切れた。くやしい。
自分のせいで【守護契約士】全員が馬鹿にされている。
「カサンドラ氏も大変だったろう。お粗末な部下を持ってな」
奥歯がぎりっと鳴る。
「自分も悲しいよ。【紅血人】の中でも唯一尊敬できる人物だったのに、あんなケガをしなければな」
あの時さっさと抜き取っていれば――いくら言葉を重ねてももうどうにもできない。
「だが引退にはいい機会だったかもしれんな」
「いい機会だって……?」
その言いぐさはねぇだろ? きっとカサンドラさんも無念なはずだ。
あのケガは自分のせい。自分にはいくら言ってもいい。
「なんだね。その目は?」
――しまった。ただでさえもめごとを起こすなと言われているのに。
「まあいい――この場は我が隊が治めた。さっさと帰りたまえ」
もうこの場に居ても意味がない。
嫌気がさした俺は、無言で少尉の横を通り過ぎる。
「ちょうどいい。カサンドラ氏に伝えておいてくれ」
あの人の名前を聞いた途端、足がひとりでに止まる。
「今までご苦労様でした、残り短い余生をお過ごしくださいと」
淡々とした冷めた口調の少尉に――もう我慢の限界だった。
視線を落として、少尉の満足な脚を見る。
「いい脚ですね。その足で運んで、ご自分で伝えたらいかがですか?」
「なんだと?」
憤怒を沈ませ詰め寄ってきた少尉をにらみ返す。
「その黒髪と同じで、お先真っ暗な協会の【
しばらくお互い一言も発さず、周囲も誰ひとり止めにはいらない状況が続く。
頭の中で俺は向こうが手を出そうものならカウンターで一発ぶち込んでやろうと画策していた。多分少尉も同じことを考えている。
そう、例えば『さあ、どっちが早いか勝負しようぜ!』って――。
「はいはい、待った待った! ちょっと二人とも何しているかな?」
突として軽快で明るい声が間を割って入ってくる。
「えんがちょっぷ!」
反射神経が反応するよりも速く、振り下ろされた手刀に間引かれる。
「き、キサマは!?」
「シャル……!?」
唖然とした声が出た。酔い潰れているはずの人がいきなり現れたら、そんな声も出るだろ?
「なんでここに?」
「ん? お酒がきれちゃったから買いにいったその帰り」
そんなわけがない。どんだけ距離があると思っているんだ。
ボトルにスリスリすな。はずかしい。国境沿いだぞ? 酔い覚ましにも、酔ってふらっと立ち寄るにもそんな距離じゃない。
もしかして心配して見に来た? わざわざ?
「エルやんこそ何? もめごと起こすなってカサンドラさんに言われたばかりじゃんか!」
「それはそうだけど――」
「あとパーヴェル!」
「ひっ! ち、近づくな!」
ビシっと指された途端、少尉が3歩後ずさる。
「あ、そっか、女性恐怖症なんだっけ?」
そんな弱点があったこと、俺もすっかり忘れていた。
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