豚の共食い
工藤千尋(一八九三~一九六二 仏)
第1話並の豚と悪魔
――神は想像の数だけ存在する
東京都。某マンションにて。時刻は午前二時過ぎ。部屋の中には二十歳の女が一人。名前は必要ない。すぐに消える存在である。女はアイドルを目指していた。十代の頃から様々なアイドルユニットの募集へ履歴書を送り、怪しい自称プロデューサーのユニットにも喜んで加入したこともある。アイドルの仕事をしているのに何故かお金を自分が払うことにも疑問を持ったり。ただ彼女は見た目が良かった。アイドルとして売れてる一般的なグループに所属していても遜色のない見た目。ルックス。キャラクターだけは発展途上。歌は下手な女性を探す方が難しい。ダンスは昔から稽古を積んできた。彼女が今所属しているアイドルユニットは地上波にも出ている。ウィキペディアにもグループ名だけではなく自分の名前単体だけでも紹介されている。推してくれるファンも多い。
「クソぉー。なんで私がセンターじゃないのよ。クソクソクソ。こんなにうちのグループにはメンバーもたくさいんいるし。二軍扱いの子も含めるとどんだけよ」
繰り返すが彼女はそこそこ売れているアイドルユニットのメンバーである。五十人規模のグループの中で人気は十一番目。それが今の彼女の人気。
「ナンバーワンの○○は元ヤリマンじゃん!ナンバーツーの〇〇は俳優の○○と付き合ってるし。うちのメンバーのスキャンダルを私はだいたい知ってるから。でも…、何言ってんだろ…。私、ちょっと疲れてんのかなあ…」
そう言って一人暮らしの部屋のベッドに寝っ転がる。スマホを弄る。ぶつぶつと独り言を繰り返す。
「あ、お風呂入んないと…。めんどくせえ。朝入ろうかなあ。めんどくせえ。めんどくせえ。体くせえ。めんどくせえであせくせえ。なーんてね」
『臭いのか?』
「誰!?」
女の体が恐怖で固まる。不法侵入者?殺される?え?え?パニックに陥る女。
『ちげえよ。俺の体はお前には見えない。悪魔だからな』
「は?悪魔?何?ドッキリ?」
『姿を見せた方が早いな』
そして女の視界に現れる自分を悪魔と呼ぶ生物。宙に浮いた翼を持った黒い悪魔。見た目から悪魔を連想させる生物。
「え!?え?え?ホントに…悪魔だ…」
『この姿の方が人間は想像しやすいだろ?だから分かりやすい姿にしといた。宙に浮いてるのも信用させるためだ』
「夢…?」
『夢?それはお前がアイドルか。大多数の異性にチヤホヤされたいことだろ?』
「違う!アイドルはそんなじゃない!でも…、まあ、合ってるかも…」
『だろ?俺も勉強してきたからな』
「それで…、悪魔っていうからには…」
『ああ。お前が想像してる通りだ。お前の願いを叶えてやるぜ』
「でも…、あなたって悪魔なんでしょ?願いを叶える代わりに『命を差し出せ』とか『魂を寄こせ』とか嫌よ。私…」
『あ?命?魂?そんなの貰って誰が喜ぶんだ』
「え?じゃあ何目的?まさか無償のボランティアとか言わない…よね?」
『無償のボランティアか。まあ、あながち間違っちゃあいない。俺がお前の前に現れたのは『欲の臭い』がプンプンしてたからだ』
「『欲の臭い』?」
『ああ。貴様ら人間だけが放つ独特の臭いだ』
「欲…の臭い…って…。まさか…」
『ああ、お前が普段からプンプン臭わせてる欲は特上だ。俺はそれが大好物でな』
「え…、本当に『命』とか獲らないよね?」
『何度も言わすな。必要ないなら新たな特上を探しに行くだけだ。お前の今の記憶だけを消して』
「ちょ、ちょっと!待って!」
『ほう。交渉成立か』
「それより願いが叶うって本当でしょうね…」
その日から女はトップアイドルへの階段を駆け上り始めた。他人を蹴落として。
まず今在籍していたアイドルユニットのナンバーワンになった。他人を蹴落として。女は悪魔に言った。
「メンバーの○○がまず邪魔」
『ほお。どんな感じに蹴落とすのがいい?』
「そうねえ。あの子は隠してるけど男グセが悪いのよ。それをちょこっと世間に知ってもらいたいなあ」
『いい欲だ』
女が口にしたライバルの子は翌週発売のスキャンダルを報じることで有名な週刊誌の発行部数を爆上げした。
「すごーい。いい感じ。ざまあ」
『ほら次だ。お前の欲は尽きないだろ』
「次はねえ」
女の気に入らない存在はすべて不幸になり消えていった。
『次だ。次の欲は?』
「えー。とりあえず今のユニットでセンターになれたし…」
『お前は現状で満足してない。臭いで分かる。次だ』
「…。そうねえ。今この国で一番売れてるグループのプロデューサーをね」
そのプロデューサーは電撃で女の移籍、メンバー入りを発表した。そのプロデューサーの女性のタイプと性癖が瞬間的にだけ女と完全に一致した。そして同じことの繰り返し。この国のトップアイドルへと上り詰める。
『次だ。次の欲』
「次って。もうないわよ。あとは今が続くように頑張るだけ」
『次だ』
「だーかーらー。次はもうないの。今までありがとね」
『お前、悪魔をポイ捨て出来ると思ってるのか?』
「え?だって最初に言ったじゃん。『命』も『魂』も獲らないって…」
『だから同じことを言わせるな。このメス豚が。ちょっと考えれば分かるだろ。お前が俺をポイ捨てすれば俺は別のお前と同じような人間を探す。そうすれば自分がどうなるか。想像出来るよな』
「ちょっと!そんなこと最初に言いなさいよ!」
『聞かれたら言った。聞かないお前が悪い。さあ次だ』
「次って…。次はもうないの!ごめん!でももう誰かを蹴落としてまでこんなことしたくない!」
『今のお前からは特上どころか並の臭いもしねえな』
「そ、そうよ。そんな私にあなたが好きな臭いはもう出せないから。私の見えないところに消えてくれないかなあ。本当に申し訳ないんだけど」
『そうか。じゃあお前との契約は解除か』
「解除しても『命』とか獲らないよね?もちろん不幸になるのも嫌よ」
『不幸ってのはお前がやってきたことをされることか?』
「そう」
『安心しろ。悪魔は興味がなくなると事務的だ』
「そうなんだ。でも今まで本当にありがとね」
『そういうのはいい。お礼か。まあお礼だな。お前の一番大事な欲を貰う。それが悪魔との契約解除の唯一の方法だ』
「ちょっと!なによそれ!?欲を貰う?私の欲?それが何になるの?」
『言ったろ。俺は欲が好きだと。今のお前のような並の欲でも足しにはなる』
「なんかよく分かんないけど。そんなに私の欲が欲しいならどうぞー」
『お前の欲は『独占の欲』だ。ほれ鏡だ』
悪魔が出した鏡に映った己を見て驚愕する女。そこには自分とは思えない醜女の姿が。
「きゃあああああああああああああああああああああ!」
『くっくっく。いい悲鳴だ。欲には到底かなわないがこれはこれでいいもんだ』
「戻して!戻せえええええ!」
『戻すことも出来るが今のお前の欲ではそうしようとも思えんなあ。じゃあな』
そして女の前から消える悪魔。
『欲を食い過ぎた人間はいずれパンクする!どこかにいねえのか!底なしの欲を持った人間は!』
※ルール1…一人の人間にとりつくことが出来る悪魔は一体のみである
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