第一〇一編 演技
「
「うい〜」
「わかりました!」
金曜の夜。平日はいつも客足が少ない〝
桃華のほうをちらっと見てみると、彼女は深緑色のエプロンの
「ん? 悠真、どうかした?」
「! い、いや、別になにも?」
視線に気づいてきょとんとする幼馴染みから慌てた視線を逸らす。いかんいかん、エプロンの脱着だけとはいえ、女の子の着替えをジロジロ見るなんてデリカシーに欠けている。
自罰する俺の心情など
「あ、二人とも。前々から話してた通り、明日からよろしく頼むぜ?」
学校指定の
「明日から……? えっ、明日ってなんかありましたっけ?」
「お前は本当にあたしの話を聞いてないな。ちょっと前からずっと言ってただろ、二月の
「えっ、そんなこと言ってましたっけ?」
本当に記憶にない。が、隣の桃華を見ると「前に言われたよ?」という顔をしている。マジか。
「まあクリスマスと違って店の前に売り子を立てたりするわけじゃないし、あの時ほど忙しいってことはないけどな。でも今週と来週の土日はかなり忙しくなるから、くれぐれも遅刻したりサボったりするんじゃないぞ。特に、クリスマス当日に欠勤した誰かさん?」
「うっ……わ、わかってるっスよ」
クリスマスイヴに真冬の川に自ら飛び込んで風邪を引き、一二月二五日のバイトを欠勤したことを持ち出されて呻く俺。アレは完全なる自業自得であり、つまりなにも言い返せる要素がなかった。
もちろん店長含め〝
「そんじゃ、お疲れさん」という店長の声に送り出され、俺は桃華と連れたって家までの道のりを歩く。俺たちは同じ住宅街に住んでいるので、当然帰り道も一緒だ。桃華が〝
「店長さん、すっごく張り切ってるよね。お店に貼ってある宣伝ポスターのチョコレートケーキもめちゃくちゃ美味しそうだったし、たくさんお客さん来てくれるといいなあ」
「えっ? そんなポスター、貼ってたっけ?」
「結構前から貼ってあったよ!? もう、悠真ったら……お仕事なんだから、もっと真面目にやらなきゃダメだよ?」
「すまんすまん」
ぷくっと頬を膨らませた桃華に苦笑する。彼女や
「……でも、もうすぐバレンタインかー」
タイミングを見計らって、俺は我ながらわざとらしい台詞を口にした。
「桃華は、誰かにチョコ渡したりすんのか?」
「えっ。わ、わたしっ?」
動揺し、少し裏返った桃華の声には気付かぬフリをしながら、俺は「おー」と適当ぶった相槌を打つ。コレは単なる雑談だと言い聞かせるように。あるいは、言い訳をするように。
「中学のときも、女子はこういう行事になると張り切ってたもんな。『友チョコ』とか『
「あ、あー……うん、そうだね、やよいちゃんにももちろん渡すよ」
「(やよいちゃんにも、な)」
彼女は昔から、嘘や隠しごとが下手な幼馴染みだ。泳いだ目と淡く染まった頰が、今彼女が誰のことを考えているのかを明白にしてしまっている。
「そ、そういう悠真は? 女の子からバレンタインチョコ、貰えそうなの?」
「ぐっ……き、聞かないでくれ。そんなポンポンチョコを貰えるような男なら、運動部のリア充どもにマウント取られたりしてねえよ」
「???」
先日の一組での出来事を思い出して苦い顔をする俺に、桃華は不思議そうに小首を
「やっぱり男の子って、女の子からチョコ貰えたら嬉しいものなの?」
「そりゃまあ、大抵の男子はそうなんじゃねえの。というか男子じゃなくたって、
「そうだね。……そっか」
答えを聞いて、桃華がなにやら考える仕草をみせる。いい話の流れ――狙い通りの展開だ。
「あー、でもそういや、久世のヤツは甘いものあんまり好きじゃないらしいから、バレンタインにチョコ貰ってもあんまり嬉しがらないかもしれねえな」
「えっ。く、久世くんって甘いものダメなんだ?」
「俺も人から聞いたんだけどな。でも
「たしかに、言われてみれば……」
さらに深く考え込む桃華。
俺はやはりそれに気付かぬフリをして、代わりに「そういえば」と、ちょうど今思い出したかのように続ける。
「ミクペディア……じゃなくて
「!? ど、どうして?」
「えーっと、チョコは友だちとかに対して贈るべきで、好きな人にはマカロンとかキャンディーを贈ったほうが適切……みたいな話だった気がする」
記憶力が悪いせいでかなり雑な説明になってしまった。が、大体の意味は合っているはずなのでよしとする。してくれ。
「好きな人……マカロン、キャンディー……」
おそらくは無意識下の復唱。それを確認した俺は、自分が最低限
果たすべき役割を全うできたことに安堵し、そして同時に瞳を伏せる。
「(初めてのバレンタイン……上手くいくといいな、桃華)」
心からの願いに、胸の奥だけがジクジク
そして、あっという
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