第九六編 確信
★
それは一ヶ月前の出来事だった。
「はっ? 『
「う、うん」
激動のクリスマス・イヴが終わった翌々日。聖夜の成果報告を受けるために
「……え、マジで言ってんの?」
「ま、マジだよ?」
「ってことはアンタ、久世くんと二人きりでクリスマスデートしてきたってこと?」
「で、『デート』って呼んでいいのかは分からないけど……はい」
「あのヘタレ桃華が、好きな人とデート……? ……え、マジで言ってんの?」
「だからマジだってば!? なんでそんなに疑うのさ!? あと『ヘタレ桃華』ってどういうこと!?」
何度も確認をとるギャル幼馴染みに、桃華が心外そうにツッコミを
無論、彼女が嘘をつけるような人間でないことくらい承知している。しかし、恋愛ごとにおいて奥手もいいところなこの少女が意中の相手とデートしてきただなんて、なかなか飲み込める話ではない。ましてや、男女にとって特別な意味を持つあの夜に。
当日は『せっかくクリスマスに一緒に出掛けるんだからキスなり手繋ぐなりくらいはしてこい』などと無茶振りメッセージを送りつけていたやよいも、内心そこまでの高望みはしていなかった。競争率が凄まじく高い久世
よもやそんなやよいの思考を飛び越えてくるとは、いったい誰が予想出来ただろうか。
「そもそもアンタ、たしかバイト仲間三人でご飯を食べに行くとか言ってなかったっけ?」
桃華、真太郎、そしてやよいの一応幼馴染である少年・
「あ、うん。その予定だったんだけど……実は悠真、昨日の仕事が終わったあとに急に具合が悪くなっちゃったみたいで」
「『急に』……?」
ピクッ、と片眉を動かしたやよいに気付かず、桃華は頷いて続ける。
「仕事中はいつもとなにも変わらない感じだったからびっくりしちゃった。
「……ふーん」
――あまりにもタイミングが良すぎる。口や表情には出さないまま、やよいは思考する。
桃華の話がすべて事実だとすれば、二四日の夜に悠真が体調不良になったのも偶然ということになる。だが、これは本当に偶然だろうか? 桃華と真太郎の二人と食事の予定を組んだ男が、当日になっていきなり来られなくなるなど。
「(いや、でも次の日の仕事も休んでるくらいだし……流石にただの偶然か)」
彼らが勤務する喫茶店〝
「(もしくは二五日のバイトをサボるために嘘をついた、とかね。うん、そっちのほうが全然あり
――
「やよいちゃん? どうかしたの?」
「……ん、なんでもないよ」
「小野が体調崩したって知ってて、それでも久世くんと二人でレストランとかイルミネーションとか行っちゃうって、アンタ意外と容赦ないよね。
「だ、だって悠真が
「? なんでよ、アンタたちと一緒にレストランに行かなかった時点で
「ううん。実は私たちの仕事が終わってすぐくらいに
「七海さんが……?」
「私もよく分からないんだけど、元々悠真は七海さんと約束をしてたみたいで……それで『先に行っててくれ』って言われたから、久世くんと二人でレストランに向かうことになったんだ。結局そのあと、悠真から『行けなくなった』って連絡が来て……」
「(仕事が終わってすぐくらいに七海さんが来た……?)」
そんな狙い澄ましたかのようなタイミングで?
「(『約束をしてた』……ってことは、七海さんがそのタイミングで店に現れたのは――)」
予定調和。
そんな単語が、やよいの脳裏を駆け抜けた。
七海
そう、文化祭――桃華が初恋に落ちる前までは。
「(七海さんはあの喫茶店の常連客らしいけど……その程度の繋がりで、小野なんかをそばに置くとは思えない)」
なにか、特別な事情でもない限りは。
『――別に、「どう」ってほどの関係じゃねえよ。ただの友だちだ』
「(小野が『友だち』って言ったことを、七海さんは否定も肯定もしなかった)」
いつかと同じ思考を繰り返す。
当時から漠然とした違和感はたしかにあった。どうして彼女ほどの人物がわざわざ悠真をそばに置くのかと疑問に思い、なにか裏が――「秘密」があると感じていた。
それでも未来が悠真を選ぶ理由が分からなくて……しかし今、その前提が
「(七海さんが小野を選んだんじゃない――小野が七海さんを選んだんだ)」
真太郎の幼馴染でもある彼女を。
桃華が、真太郎に恋心を
だから選んだ。協力者として。
桃華の恋を叶えるための、協力者として。
突拍子もない考えだ。やよいは自分でそう思う。
だが、そうだと仮定すればすべての違和感が綺麗に払拭される。
奥手なはずの桃華の恋が不自然なほど順調に進んでいることも。
真太郎が〝
真太郎の
桃華が擬似的とはいえ、真太郎とクリスマスデートまで漕ぎ着けたことも。
すべて彼が裏で糸を引いていたとすれば、
彼の手が届かない部分を未来が補完していたというなら納得がいく。
「悠真ってばひどいんだよ? 私と久世くんがいっぱいメッセージしたのに、次の日の夜までなんの返事も――……やよいちゃん?」
「……そっか」
まだ、いくつかの不明点は残っている。
けれど、もはや「偶然」で片付けられる領域ではない。
確信を得て静かに
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