第六一編 邂逅

甘色あまいろ〟を飛び出した俺は、桃華ももかたちが向かったレストランを目指して走る。ここからだと歩いて三〇分ほどかかる距離だ。呑気にしてはいられまい。


「(つってもコレ、どうやって桃華に渡せばいいんだ……!?)」


 ハッ、ハッ、と白い息を切らして街の中を走り抜けながら考える。腕に大事に抱えた、桃華が久世くせへ贈るために用意したクリスマスプレゼントのことを。


「(まさか、バカ正直に『忘れてたぞ〜』なんて直接渡すわけにはいかねえし……!)」


 大前提として、今日は桃華と久世が二人きりで過ごすことに意味があるのだ。そのために俺はあのお嬢様まで利用して自分の存在を間引まびき、擬似的なクリスマスデートを作り出した。そしてそれは同時に、桃華にとって初めての久世真太郎しんたろうとのデートでもある。きっと生涯の思い出になるだろう。

 そんなせっかくの状況シチュエーションを、脇から飛び出した俺が妨害するわけにはいかない。あの二人には最初から最後まで「二人きり」のままでいてもらう必要があるのだ。


「(かといって、桃華が今日のために用意したクリスマスプレゼントを渡せないまま終わっちまうのもダメだ!)」


 おそらくあのイケメン野郎も、今日のためにプレゼントの一つくらい用意しているだろう。そして久世アイツが差し出したプレゼントに対し、桃華も自分のかばんから小箱を取り出そうとしたら――


『あれっ!? ご、ごめん、久世くん……プレゼント、忘れてきちゃった』

『えっ、あっ、そうなんだ? 大丈夫だよ、気にしないで……』


「(――みたいな微妙な空気になっちまう!?)」


 最悪の未来予想図に、俺は走りながら頭を抱える。それはそれで、せっかくのクリスマスデートが台無しだ。

 なんとしても、このプレゼントは桃華の手元に届けなくてはならない。久世がプレゼントを渡そうとする前に、桃華がプレゼントを忘れたことに気付く前に。ただし、決して俺は表舞台に上がってはならない。


「(どう考えても無理だろそんなの!? いや違う、ダメだ、ヤケになるな俺! なんとかするんだ! どうにかしてなんとかするんだッ!?)」


 息が切れ、思考が乱れる。てつく冬の風が頬をかすめ、運動不足の身体に更なる負担をいる。

 早く桃華たちに追いつかなくては、しかし追いつくまでに考えをまとめなくては。足が急ぐほど気持ちもいて、余計な不安が脳を埋め尽くした。

 結局良案が浮かばないまま一〇分ほど走った俺は、やがて大きな橋へと差し掛かる。この橋を渡って川を越えた向こうはもう中央公園だ。例のレストランもすぐ近くにある。

 つまり、もはや一刻の猶予ゆうよもない。


「(くそ、どうする!? どうすれば――)」

「きゃっ!?」

「うおっ!?」


 ロクに前も見ずに走っていた俺の身体になにかがドンと接触し、慌てて意識を現実に引き戻す。どうやら前からやってきた通行人に肩をぶつけてしまったようだ。


「だ、大丈夫っスか!? すみません、ちょっと考え事してて……!」


 謝罪の言葉とともに、ぶつかった衝撃でよろけて座り込んでしまったらしい相手に手を差し伸べる。そして顔を上げたその人の容姿すがたを見て、俺は目を見張った。


「(す、すっげー美人……それにこの髪との色、もしかして外国人か?)」


 まず目を奪われたのは、黄金を彷彿ほうふつとさせる美しい金髪ブロンドヘアー。無理やり脱色ブリーチしたような安っぽい色ではなく、光をびて輝く本物の金髪だ。流麗な線を描くストレートは、桃華よりも一〇センチほど長いだろうか。

 瞳の色は綺麗な青。水色というよりはこん色――いや、瑠璃るり色と表現すればいいのだろうか。湖の青ではなく、深海の青。髪色と合わせて「金髪碧眼へきがん」なんて表現がしっくり当てはまる。

 明らかに日本人離れした容姿に対して、顔立ちはどちらかと言えば童顔寄り。年頃はたぶん俺とさほど変わらない。流石に七海レベルではないものの――あんな女がこの世に二人もいてたまるかという話だが――、それでもとんでもない美少女だ。金髪が目を引くこともあってか、街行く人々のほとんどがいったい何事かと顔を振り返らせている。

 そして当然、そんな美少女を転倒させてしまった俺は内心汗ダラダラだった。


「(や、やべえどうしよう、どうすれば……というかなんて言えばいいんだ? とりあえず『ごめんなさい』か? 『ごめんなさい』って英語でなんて言うんだ? そもそもこの子はアメリカ人なのか? い、いや、こまかいことはいい、なによりもまずは誠意を見せるべきだ、世界共通語を信じろ俺)」


 焦りで一時的に限界突破された思考能力によってゼロコンマ数秒で結論を出した俺は、ぐっとこぶしを握ってから出来るだけ誠実そうな口調を心掛けつつ言った。


「あ、アイムソーリー……えーっと、マイネームイズユウマオノ……アイウォントトゥー……ユルシテクダサイ」

「……? ああ、日本語で構いませんよ。生まれは日本こちらですので」

「……え?」


 自分よりも遥かに流暢りゅうちょうな日本語でそう返され、英検一〇〇級レベルの英語を披露していた俺は目を丸くする。遅れて顔が猛烈に発熱。なんだよ、日本語が分かるならもっと早く言ってくれよ! 「I want to 許してください」とか言っちゃったよ!

 赤っ恥をさらしてしまったことに心のなかで叫び散らす俺をよそに、謎の金髪碧眼美少女はこちらの手を借りることなくスクッと立ち上がった。


「こちらこそ不注意で申し訳ありませんでした。少し道に迷っていたもので、つい携帯電話の画面に意識を集中させてしまいました」


 律儀に両手を揃えてお辞儀する少女に、俺も「アッ、ハイ、コチラコソ」とキョドりながら頭を下げ返す。若干カタコトになってしまったのは先ほど思考能力を振り切らせた代償か。


「……あの、あなたはこの近辺にお住まいのかたでしょうか?」

「へ? ああハイ、一応……」

「そうですか……すみません、つかぬことをお伺いしますが」


 少女は一瞬だけ目を伏せてから、こちらを見上げる。


「この近くに、綺麗な夜景が見える公園がありませんでしたか?」

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