恋愛劇の愚者(改訂版『失恋の詩』)

茜ジュン

Prologue

「――ずっと前から、あなたのことが好きでした。私と付き合ってください」


 幼馴染みの少女は、真剣な声でそう言った。

 いかにも彼女らしい、捻りのないストレートな告白だった。ひねくれ者の俺には決して真似できない、まっすぐな告白だった。

 きっと今、彼女の頬は真っ赤に染まっているのだろう。舞台裏でうずくまっている俺は、華々しい表舞台の様子を窺うことができない。

 それでもあの子がどんな表情を浮かべてその台詞せりふを口にしたのかは容易に想像できた。当たり前だ、もう何年の付き合いだと思っている。

 何年前から、好きだったと思っている。


「――ありがとう」


 無言を貫く俺を差し置き、物語はつつがなく進行する。彼女から告白を受けた男は、どこか慣れた様子でその五文字を口にした。

 あの男はなにも知らない。自身へ向けられた想いの大きさを知らない。この告白に、いったいどれだけの想いがこめられているかなど知らない。

 世の中とは案外そんなものだ。当事者や主役より、部外者や脇役のほうが視野が広かったりする。誰かの目に映らない大局が、他の誰かからは簡単に見えてしまう。

 だから、舞台袖に立ってこの恋愛劇を傍観してきた脇役の俺は知っていたんだ。あの男を見つめる彼女の横顔を、ずっと見てきたから。


「(ああ……畜生)」


 制服のブレザー越しに自分の胸を乱暴に掴む。近くにいた愛想の悪い女が、なにか言いたげな瞳をこちらへ向けた。俺のことを「女々しい」と思っているのか、あるいは「馬鹿な男だ」とでも思っているのか……いや、その両方かもしれない。


「――――」


 華々しい表舞台から聞こえてくる歓声が、疲弊した背中に響いてくる。ハッピーエンドを迎えた恋愛劇に、惜しみない拍手喝采が贈られる。

 そう、これは紛れもない〝恋愛劇〟。

 主役は学園が誇るイケメン王子。ヒロインは可愛くて心優しい幼馴染み。

 無謀にもモテモテ王子様に惚れてしまったヒロインには、数多くの苦難・困難が訪れる。

 しかし、この物語は創作物フィクションではない。恋愛イベントもご都合展開も存在しない。あの子の思いが報われる保証などない。約束されたハッピーエンドなどない。


「(だから、俺はあの時――)」


 胸のうちに激痛が走る。

 ここにあった初恋は既に失われた。

 代わりにあるのは、愚かな願い。


 ――惚れた女の初恋を叶えたいという、救えぬ愚者の願いだ。

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