お別れ花火
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お別れ花火
祭り
提灯の明かりに照らされた境内からは、人々の楽しげな声と食べ物の良い匂いが漂ってくる。
その光景を見て、
(やっぱり夏って良いね)
そう思いながら、楓は人混みの中へと足を踏み出した。
楓は、大学1年生だ。
実家を離れ一人暮らしをしていた彼女は、この日、地元の夏祭りに参加していた。
夏祭りに参加するのは久しぶりだったが、それでも楓の記憶の中に残る景色とほとんど変わっていなかったため、少し安心していた。
焼きそば屋や、たこ焼き屋の他にも射的や金魚すくいなど、定番のお店が並ぶ中、楓はふと足を止めた。
声を聞いた気がしたのだ。
すすり泣く声。
気になった楓は、声の主を探すことにした。
夜店の奥。
木の陰に隠れるようにして、小さな女の子がいた。
年齢は5歳くらいだろうか。
浴衣を着た、その子は泣いているようだった。
「大丈夫? 迷子にでもなったのかな?」
すると、その子は顔を上げ、こちらを見た。
その子は何かを言おうとして口を開いたが、言葉を発する前に女の子は怯えた様子をみせると、再び泣き出してしまった。
「えっ!? ちょ……ちょっと待って。泣かないで」
慌てふためく楓だが、その子は泣き止まない。
「私は、怖くないよー。ほら」
楓は自分の持っていた巾着袋の中から、りんご飴を取り出すと、女の子に差し出した。
不思議そうに見つめる彼女に、
「食べると良いよ。美味しいから」
と、言うと、女の子は恐る恐るといった感じで口に運んだ。
一口齧る。
パリパリとした飴の⽢みの中に感じる、リンゴの酸味と⽢い⾹りが⼝いっぱいに広がり、女の子は驚いた表情を見せる。
「おいしい」
女の子を見て、ほっとした楓は微笑んだ。
「あのね、お父さんとお母さん、弟と来たんだけど、みんなどっかに行っちゃったの」
家族がどこかへ行ってしまって不安になってしまったのだろう。
「そっかぁ……」
困ってしまった。
しかし、このまま放っておく訳にもいかない。
といっても、当てがある訳ではない。
いや……。
そうでも無いと思った。
このお祭りの最大のイベントは花火だ。
楓はそう考えて、女の子の手を取る。
「今日は、みんなで花火を観にきたんでしょ」
尋ねると女の子はうなずいた。
「一緒に行こう」
手を引いて歩き始める。
そして二人は、神社から続く通りを抜けた。
河川敷が花火大会の会場となる。
「ねえ。お姉ちゃん」
女の子は楓に声をかけた。
「ん? どうしたの?」
楓が聞き返すと、女の子は言った。
「ありがとう。助けてくれて。最初は、もっと怖い人かと思ったの」
その言葉に楓は、苦笑いを浮かべる。
まあ、仕方ないだろう。
だが、そんなことを考えていた楓は、次に発せられた女の子の言葉に驚くことになる。
それは……、とても意外なものだったからだ。
女の子は、悲しげな顔で言う。
その言葉を聞いた時、楓は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
まるで心臓を鷲掴みにされたように。
身体が震えそうになる。
こんなことがあっていいのか。
少女のことを助けたと思っていたが、助けられたのは自分の方だったかも知れない。
楓は、その子を抱きしめた。
強く、優しく、包み込むようにして。
女の子は驚いたようだったが、すぐに笑顔を見せてくれた。
「
後ろを振り返ると、そこには小さな男の子を連れた男女が立っていた。
女の子・弥生の両親と弟であった。
両親は泣きながら娘を抱きしめる。
その様子を見て楓は、ほっとした。
それから、弥生の両親が楓に礼を言う。
夜空が明るく輝き、大きな音が響き渡る。
花火が始まったようだ。
赤、青、黄色、緑、紫、オレンジ、ピンク……。
様々な色の花が咲き乱れ、一瞬で消えてしまう。
その美しさに、人々は目を奪われ、感嘆の声をあげる。
楓も思わず見入ってしまう。
「ありがとう、お姉ちゃん。お別れだね」
弥生の言葉に、楓は我に帰る。
「うん。また会えるといいね」
自分の言葉に楓は納得したように目を伏せて言う。
さ迷うのは、もう終わりだと。
花火が打ち上がる度に、人々の歓声が上がる。
そんな中で楓は一人、その場に佇んでいた。
【鎮魂花火】
死者の霊を供養するもので、お盆を中心に行われる。
江戸時代中期、大飢饉と疫病によって多くの人が命を落とす。八大将軍徳川吉宗は、夏の納涼祭の時に、慰霊と疫神退散の為に花火を打ち上げた。
本来、花火には鎮魂の意味があり、お盆の時期に花火大会が集中しているのは慰霊や供養の意味がある。全国で見られる花火大会は、お盆の送り火の習慣が大規模化したものとも言われる。
楓は光に飲まれていく感覚を憶える。
「幽霊の私を。弥生ちゃんが、私を導いてくれたんだね」
大輪の花が咲いた。
楓にとって、最後の花火だ。
花火の光が楓を照らす。
その表情は、とても穏やかで優しい笑みを浮かべていた。
花火の音と共に楓の意識は遠くなっていった。
世界が白く静かに染まり、楓の姿が消えていくのを弥生は感じ取っていた。
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