幼馴染だと思っていた女の子が恋人になるまで

一ノ瀬和人

1章

第1話 いたずら好きな幼馴染

新作始めました

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「いってきます」


「いってらっしゃい。気をつけて行ってくるのよ」



 朝食を取り身支度を整えた俺こと堂本翼は、今年4月に入学した高校へ行く為に家を出た。

 現在の時刻は朝の7時25分。この時間に出発すれば、始業時間には十分間に合うだろう。



「予定通りに家を出たのはいいけど、七海は集合場所に来てるよな?」



 七海というのは、俺の幼馴染である水島七海の事である。

 見た目は黒髪ショートカットの体育会系女子で、性格は男勝りでさっぱりとしている感情豊かな女の子である。

 ただその見た目や言動に騙されがちだが、繊細でロマンチストな一面も持っており、感動系の映画を見ている時よく泣いたりしている事はいつも一緒にいる俺だけしか知らない。



「待ち合わせ場所に来てみたけど‥‥‥やっぱりいないみたいだな」



 お互いの家が隣同士という事もあり、家の前を待ち合わせ場所にしているが一向に彼女は出てこない。

 それどころか彼女の家からは生活音すら聞こえてこない。



「七海のやつ、もしかして寝坊したんじゃないか」



 そう疑ってしまうぐらい彼女の家は物音ひとつせず静かだった。

 七海が俺よりも先に出発している可能性もあるけど、彼女は1度した約束は絶対に守るのでそれはないだろう。



「寝坊って決めつけるのも悪いし、少しだけ待ってみるか」



 約束の時間は7時30分。待ち合わせ時間までまだ5分間の猶予がある。



「さすがの七海も入学早々遅刻することはないだろう」



 いくらズボラな七海だって、入学早々寝坊することなんてないはずだ。

 そう自分に言い聞かせ約束の時間まで待つが、一向に七海がくる気配はない。



「遅いな。何をしているんだろう」



 約束の時間から10分以上遅刻しているのにも関わらず、一向に七海は家から出てこない。

 この状況から推察するに答えは1つしかないだろう。



「七海の奴、また寝坊したのか」



 七海の両親は共働きという事もあり、家を出る時間が早い。

 たぶん出かける前に七海に声をかけているとは思うけど、きっと彼女はその後2度寝をしてしまったのだろう。



「仕方がない。起こしに行くか」



 俺は七海の家の前に自転車を置き、重い腰を上げて彼女の家のインターホンを鳴らす。

 だがインターホンの音がむなしく鳴り響くだけで、中から物音ひとつしない。



「やっぱりまだ寝てるな」



 こうなると俺に出来ることは1つ。七海の家のインターホンを連打することだ。

 水島家にとって迷惑行為にはなるだろうけど、今現在家の中には彼女しかいないのでそんな些細な事には構っていられない。

 今優先する米事は学校に遅刻しないこと。その為に心を鬼にしてインターホンを連打する。



「七海!! 起きろ!! 急がないと遅刻するぞ」


『わかってる!! 今行くからちょっと待ってて!!」



 勢いよくドアが開かれたと思うと、そこから幼馴染である水島七海が顔を出す。

 手には鞄の他に食べかけのバターロールを持っている所をみるに、さっきまで朝食を取っていたようである。



「おはよう! 翼!」


「おはよう、七海」


「ごめんごめん!! 遅れちゃっ‥‥‥わっ!?」


「危ない!!」



 七海が勢いよく飛び出して来たせいか、彼女が入口の段差躓いてしまう。

 それを俺が倒れないように受け止めようとした結果どうなったかというと、一緒に倒れてしまい俺は七海の下敷きになった。



「いてててて」


「ごめん。大丈夫?」


「あぁ。幸いどこも怪我はない」



 もちろん背中はジンジンして痛いけど、きっと軽い打撲だろう。

 あまり大きな事を言いすぎると問題になるので、彼女には黙っておいた。



「どうしたんだ、七海? そんなキョトンとした表情をして?」


「何でもないよ!?」


「何でもないならそろそろどいてくれないか? このままだと学校に遅刻する」



 それは七海もわかっているはずなのに、彼女は俺の上からどこうとしない。

 むしろお腹にまたがった状態で、俺の事を見下ろしている。



「どうしたんだ七海? 怪我がないなら、早く俺の上からどいてほしいんだけど?」


「うん、わかってる。でも、もう少しこうしていたい」


「はぁ!? 何考えてるんだよ!?」



 この馬乗り体勢のままいたいって、どういうことだ!?

 俺には彼女が考えていることが理解できない。一体彼女は何がしたいのだろう。



「べっ、別に少しぐらいいいじゃない。減るものでもないでしょ」


「あるよ!! 主に俺の精神力がゴリゴリ削られていくんだから、早くどいてくれ!!」



 こうしている間にも彼女のムチっとして弾力のある太ももが俺のお腹を挟み込む。

 出来るだけ意識しないようにしているけど、彼女が俺に密着するせいでどうしても意識してしまう。



「どうして俺達がこんな体勢になったかわかっているんだろうな?」


「もちろん、翼があたしの事を助けてくれたからだよね?」


「わかってるならいい」



 いたずらっぽい笑みを浮かべているが、七海はこの状況を正しく認識しているらしい。

 ただ過去の経験からして彼女がこういう笑い方をする時、絶対にろくなことを考えていないんだよな。



「もしかして翼、照れてるの?」


「照れてない!?」


「絶対嘘。だって顔が真っ赤だよ」


「(そりゃあこんな美少女に馬乗りされたら、誰だってそうなるだろう)」



 七海が怪我をしないように受け止めたのはいいけど、まさかこんな展開になるとは思わなかった。

 俺としては早くどいてほしいけど、彼女は俺の上に乗ったまま一向に降りる気配がない。

 それどころかお腹に両手を当てて、嬉しそうに俺の事を見下ろしている。



「おっ、俺の顔が真っ赤になっているのはどうでもいいだろう!?」


「私はどうでもよくないんだけど?」


「それよりも七海、本気でそろそろ俺の上からどく気はないか?」


「ない!」


「何で否定するんだよ!?」


「だってこうして翼の上に乗っていると、なんだか翼を征服した感じがして楽しいじゃん!」


「どういう理屈だよ!? 俺は全く楽しくないぞ!?」



 それに俺を征服した感じがするってどういうことだよ!? 俺は七海の奴隷になったつもりはないぞ!!


 そんな俺の気など知らない七海はここ最近で1番の笑顔を浮かべている。

 その笑顔はまるで子供がいたずらに成功したようだ。



「(そんな表情をされたら、怒るに怒れないじゃないか)」



 本当なら遅刻した事とか俺の上から降りない事とか、色々と怒る場面だろう。

 ただそんな事を帳消しにするぐらい、俺は七海の笑顔見とれてしまっていた。



「はぁ~~~」


「何でため息をついているのよ?」


「ちょっと自己嫌悪していただけだよ。気にしないでくれ」


「何よそれ? おもしろ!」


「七海は面白いかもしれないけど、俺は全く面白くないんだけどな」



 我ながら七海には甘いと思う。もっと厳しくしないといけないとは思いつつも、彼女の楽しそうな表情を見ているとどうでもよくなってしまう。

 それだけの魅力が今の七海にはあった。



「それよりも本当にそろそろどいてくれないか? このままじゃ冗談なしで学校に遅刻する」


「翼はあたしの事重いって言わないんだね」


「当たり前だろう。むしろちゃんと食べてるのか心配しないぐらい軽いと思ってる」


「なっ!?」


「驚くことはないだろう。俺は本当の事を言っているだけだ」



 七海の顔が真っ赤に染まりその場で硬直しているので、少しはさっきの意趣返しが出来たようだな。

 彼女にはいつもやられっぱなしなんだから、少しぐらい意地悪をしても問題ないだろう。



「(これならもう少し追撃しても大丈夫だろう)」


「そもそも七海の事を重いというやつの気がしれないな。こんな軽ければ、非力な俺でも簡単に持ち上げ‥‥‥‥」


「うがががががががっ!!」


「やめろ!! やめろって!! そんな重いスクールバッグで俺を叩かないでくれ!!」


「うるさいうるさいうるさ~~~い!! 朝からこんな恥ずかしいことを言うな!!」


「最初に俺をからかってきたのは七海だろう!? 自業自得じゃないか!?」


「あたしは別にいいの!! でも翼は駄目!!」


「それはちょっと理不尽すぎないか?」


「ふん!!」



 馬乗りになっていた七海は立ち上がり、家の庭に置いてあった自転車を出す。

 やっと体が自由になった俺も起き上がり、七海の家の前に止めてあった自分の自転車にまたがった。



「何よ。あたしについて来る気?」


「ついて来るも何も、同じ学校だろう」


「むっ!!」


「ついでに同じクラスだから、嫌でもずっと一緒だぞ」


「そう。だったら一緒に行こう」



 あれだけ俺に不満を言っていたけど、結局は一緒に行くんだよな。

 本当に嫌ならなにも言わずに俺を置いて1人で行くはずなので、実際はそんなに怒っていないはずだ。



「全く、素直じゃないな」


「何か言った?」


「何も。それよりも途中でコンビニに寄ってもいいか? 今日の昼食を買っておきたい」


「また翼はコンビニ弁当なんて買ってるの? 栄養が偏るよ」


「しょうがないだろう。俺は七海と違って料理出来ないんだから」


「だったらあたしが作ってあげようか」


「それは遠慮しておく」


「何で!?」



 そんなちょっとした喧嘩をしながら、俺達は学校へと向かう。

 途中コンビニに寄った俺達は、この日も2人揃って遅刻間際に校門をくぐった。

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