闘鶏

五色ひいらぎ

鶏と貴婦人

 なんと残酷な所業だろうか。見るたび思わずにはいられない。

 今日の試合は一方的だ。円形の舞台で戦う二羽の鶏は、茶羽の方が圧倒的に優位で、動きの鈍った黒羽を容赦なくくちばしと爪で嬲っている。

 足先に取り付けられた鉄の鉤爪が、血を飛ばし、羽を散らし、黒羽の鶏を切り刻む。

 春先の陽光の中、舞台を幾重にも取り巻く客席は次第に熱気を帯びていく。むせかえる暑さが夏のようだ。

 やがて黒羽が動かなくなると、審判の男が高らかに笛を吹いた。舞台に歓声と拍手が満ちる中、敗れた鶏はずた袋に詰められ運び去られていく。

 ああ、人はこうまで残酷になれるのか。何の罪もない鶏たちを死ぬまで戦わせ、見世物にするなど。

 深く溜息をつきながら、私は貴賓席をちらりと見上げた。

 場の熱気に、ルドルフ皇帝陛下は一顧だにしていない。恰幅の良い、少々腹の出たお身体を天鵞絨ビロードの上着に包み、どっしりと群衆を眺めている。だが傍らに座す貴婦人は、透かし彫りで飾られた椅子から身を乗り出し、ヴェールで覆われたお顔を舞台の方へじっと向けていた。

 不意に、風が吹き抜けた。春らしい爽やかな風が、薄いヴェールを捲り上げる。


 私は、息を呑んだ。


 白絹の手袋で覆われた細い指が、薄布を押さえる。だがそれまでに、私は確かに見た。見てしまった。

 ヴェールの下、碧玉サファイアにも劣らず輝く瞳を。

 高すぎず平たくもない、美しく尖った鼻先を。

 姫林檎を思わせる、艶やかな赤い唇を。

 それらすべてが奇跡の均衡で織り成す、やわらかくどこかあどけない微笑みを。

 これほどに美しい笑顔が、地上にありえるものだろうか。呆然とする私の肩を、同僚が引いた。


「不敬ですぞ」


 あわてて私は一礼し、冷汗と共に席に着く。

 だが貴婦人――ルドルフ皇帝陛下の第三夫人たるリーゼロッテ妃の微笑は、消そうと考えれば考えるほどに、強く私の脳裏に焼き付いていった。

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