メッセンジャーは手袋をしている

辺理可付加

雷鳴と事件

 嵐の晩。雷鳴の下を馬車が走る。

 雨に顔を打たれながら馭者ぎょしゃが顔を上げる。その先には小高い丘と、そびえるお屋敷が見える。

 するとまるではかったかのように。一際ひときわ大きな稲光が瞬き、シルエットを怪しく明滅させた。






 一際大きな稲光が部屋の中を照らす。

 広い寝室には大勢の人が押し掛け、一つのこれまた大きなベッドを囲んでいる。彼らは皆悲しむか焦るか怒るかのどれかを選んで、熱心に表出させている。

 その感情たちの中心。

 安寧とは言い難い表情で横たわっている、立派な髭を蓄えた壮年期の男性。取りすが女性。


「お父さま! お父さま!!」


 その姿に、立派に仕立てられ糊でパリパリのスーツを着た若旦那が見兼ねた顔をする。


「ミネア」

「はいあなた」

「アルティシアを落ち着かせてくれ」

「はいあなた」


 美しい女性がアルティシアの背中を撫でるも、どうにかなる様子はない。気まずい空気だけが膨らんでいく。



「刑事さん! 夫をこのようにした犯人はまだ分かりませんの!?」



 豪奢に着飾った貴婦人が部屋の隅にいる男二人へ吠え掛かる。二人の肩は面白いくらいビクリと跳ねた。


「ぐむ……、何しろ」

「手掛かりもなければ、こう、容疑者の人数も多く……」


 中年の方はキャメルのトレンチコートの襟を。いかにも若造な方はネイビーの中折れ帽を乱れてもいないのに直す。


「そんなものは人海戦術でなんとかしたまえ! なぜ警察はたった二人しか人員を寄越さんのだ!」


 若旦那が声を荒げる。すでに壁際にいた刑事二人は後ずさる余裕もなく、小さくなるばかり。


「いえ、それが、お父上殿は何分なにぶん政財界に広く深く通じたお方で。そのぅ、このお屋敷だけでなく方々へ捜査員を派遣する必要がありまして」


 中年は泡を吹きそうになっている。若造はすでに縮こまり、中年と壁の隙間で隠れてやり過ごす構えだ。


「馬鹿な! 父上はこの屋敷の中で何者かに毒を飲まされ、このように昏倒してしまわれたのだ! 黒幕が誰であれ下手人げしゅにんはこの屋敷の中! それも部屋でお一人の父上に近付ける者と決まっているだろう!」

「それは大変おっしゃるとおりなのですが。そのぅ、先ほど申し上げたとおり証拠が」

「脳足りんめ!」

「いひひぃ」


 無理に後ずさった中年に壁でサンドされ、若造が「グエッ」と呻いた。



「あら」



 不意に、窓の外を眺めていたメイドが呟く。


「なんだね」


 若旦那はイライラを隠さない声で詰問する。


「いえ、お屋敷内に馬車が」

「本当ですか!?」


 猫を噛む余力もない、完全な窮鼠きゅうそとなっていた中年が息を吹き返す。


「失礼!」


 中年はメイドを押しのけて窓に張り付くと、


「来た、来た、やっと来た!」


 年甲斐もなくだす。若旦那と貴婦人も窓辺に来ると、確かに一台の馬車が玄関にへ乗りつけようかというところ。


「警察の増援かね」

「いえ、そうではありませんが。いえ、いえ、決して怪しい者ではありません」


 苦手意識か、中年は若旦那に話し掛けられただけで取り乱す。


「ではなんなのです、あれは?」


 貴婦人の問いに若造がメモを捲る。


「ええと、えー、あれはですね。『ケンジントン人材派遣事務所』というところの」

「で、何者なのでしょう?」


 聞きたいのはそこじゃない、という剣幕に思わず若造はメモを落とした。射竦められてメモを拾えない若造は、ぎこちなく後頭部を掻く。


「『メッセンジャー』と言いまして、心を読むのです。心を」

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