109 朱炎の風

「はぁ!? 寝言いってんじゃねーぞテメェ! これはもう、どう見たって俺達のモンだろうが! 一昨日おととい来やがれバーカ!」


「そうだそうだ! バーカバーカ!」


「ラキちゃん……あまりそういった言葉を使うのはいけませんよ。はしたないですから」


 俺達の前に現れたのは、ライアス率いるパーティ 『朱炎の風』 の連中だった。

 やれやれ、よりによって一番めんどくさいのが来ちまったな。


「うるせぇ! いいから退け! その宝箱は俺達のもんだ!」


「……ライアス、今回は流石に分が悪いわ。ここは大人しく引きましょ?」


「げえっ、サリア様!? いかん! 今回は諦めよう!」


 おっ、仲間がライアスを止めに入った。アルシアを含め、他のパーティメンバーは比較的まともな感じがする。

 それにしてもあの軽薄そうなエルフの男、大家さんの名前を口にして随分と慌てふためいているな。大方、大家さんの薬の顧客か何かだろう。


「あ? お前ら今日に限ってどうしたんだ? まさかあいつ等にビビってんじゃねーだろうな?」


「ばっバカ! それは言うな! 頼む! このパーティとだけは事を荒立てないでくれ! お願いだから! なっ! なっ!」


「そうよ! ねっ、お願いだから! 今回だけは穏便に……」


「あぁ!? 知るかよ! こいつ等のせいで俺の剣が盗まれちまったんだぞ! それにこいつ等は俺を舐め腐りやがった! ――丁度いいからよぉ、ここでキッチリと落とし前を付けさせてもらうぜ……!」


 こりゃダメだ。初めて会った時から思ったがひでぇなコイツ。まるで駄々を捏ねる子供じゃないか。

 それによく見たら、ライアスの仲間もやっぱりまともじゃない気がする……。奴等の会話からして、普段は他のパーティからカツアゲ紛いの事をしているな……。


 まあライアスのパーティメンバーだもんな。まともな神経をしていたら、すぐに心が疲弊してしまうだろうよ。

 実際、大家さんと事を荒立てたくないエルフの男と、何故か俺達に気を遣っているアルシア以外の残り三人は我関せずといった感じだ。

 そんな残りの三人は、熊人の大男と均整の取れた肉体美を持つ黒豹人の男、そして魔法士と思われるあまり目つきの良ろしくないドワーフの女だった。


「ちょっと! あんた達も止めなさいよ! 昨日説明したでしょ! あのパーティと揉めちゃダメだって!」


「アレ本当なのかぁ? もうめんどくせーしさ、ライアスの好きにさせよーぜ?」


「ホントよ。てか、あいつ等がライアス怒らせたのがいけないんでしょ? こっちもいい迷惑してんのよね」


「全くだ。――てことでさ、お前等さっさとソコ退いてくんねーかな? そうすりゃライアスの機嫌も治るんだからよ」


 なんだこいつ等……。それよりも、アルシアの口振りが気になる。

 あのエルフの男は大家さんと事を荒立てたくないから止めようとしているのは分る。だがアルシアは、何らかの理由で俺達と事を荒立てたくないようだ。


「お前らのせいで俺の大事な剣が盗まれちまったんだぞ。腹の虫が収まらねえからぶっ殺した後でその宝箱は頂く。――だがまあ、今大人しく退けば命だけは助けてやってもいい。……半殺しにはするけどな」


「ふざけんな。盗まれたのは単にお前が間抜けなせいだろうが。俺達のせいにするなバーカ」


「そうだぞ! 盗まれたのはライアス、あんたが間抜けだからなんだよ! 勝手にあたいらのせいにしてんじゃねーよバーカ!」


「このっ……そんなに早く死にてえかテメェら!」


「黙れ! これ以上近づけば、お前らは冒険者狩りと見なして容赦はしない!」


「ハッ! 容赦しねーだと? ……只人のくせに俺様にそんな口利いてタダで済むと思ってんのか? ――って、おい! そこの奴! 何勝手に動いて……止めろぉ!」


 ライアスの慌てぶりに何事かと後ろに意識を向けると、なんとエルレインが宝箱に手を入れていた。


「ごめんあそばせ。――まぁ! なんと素敵な足鎧でしょう! 皆さん、そう思いませんこと?」


「そう思いますことよ~!」


「あははははっ! ラキ面白い! ですわよ~!」


「ああ、とても素敵だな。君にピッタリだ」


「うふふ、とっても素敵ですね」


「これはもうわたくし達の物です。貴方のような下劣な方に、わたくし達が屈する事など決してありません。――どうぞお引き取りを」


 エルレインはこれ見よがしに 『大地の足鎧』 をライアス達に向けて掲げると、毅然とした態度で宣言をする。

 エルレインも結構豪胆だなあ。普段はあんなにつつしみ深いのに、ここぞという時は芯の強さを見せてくれる。流石は王子様の護衛騎士だ。


 すかさず 『鑑定眼鏡』 でエルレインの持つ足鎧を見たドワーフの女が、驚愕しながら 「あれは 『大地の足鎧』 だよ!?」 と叫ぶ。

 それを聞いたライアスは愕然とした顏をすると、次第に顔が醜悪に歪んでいく。


「テメェら……その 『大地の足鎧』 は俺達のモノだったんだぞ! 宝箱から出しちまったらサイズ合わせらんねーじゃねぇか! どうしてくれる!」 


「寝言を言うのも大概にしなさい。初めからこの 『大地の足鎧』 は私達の物であって、あなた方の物ではありません」


「……それはどう考えても俺達のモノだった……。何てことしてくれやがる……覚悟はできてんだろうな……?」


 ライアスの奴は頭に血が上り過ぎてしまったのか、大家さんの言葉が何一つ届いていないようだ。

 これはもうやるしかないな……。


「覚悟? お前を殺す覚悟ならいつでもできてるぜ。――最後の警告だ。それ以上近寄るならばお前らは冒険者狩りと見なして……斬る!」


「そうだな。――ケイタ、たまには剣にて斬り捨てて見せよ。其方の剣も以前よりは大分マシになったからな。試し斬りには丁度良いだろう」


「おっさん、他の連中はあたいらに任せとけ。遠慮なくライアスをぶった斬りな!」


 おっと、これは仕方がない。ここはリーダーらしく、皆のご期待に添えないとな。

 どれ、王子様とリンメイにしごかれた成果を、ここで見せてやろうじゃないか。


「ライアスだっけ? リーダー同士一騎打ちと洒落込もうじゃねーか。 ――来いよ?」


 俺はライアスを挑発しながら、奴のギフトがうちのメンバーに届かないよう奴等に向かって数歩前にでる。


「只人が舐めやがって……。ぶっ殺してやる……!」


「ハッ、逃げるなら今の内だぜ?」


「舐めるなぁ!」


 俺はリンメイの言葉を信じ、目の前に迫るライアスだけに集中する。

 ライアスは俺に向かってくるが、この間合いは既に奴の槍がギフトによって延長される間合いじゃない。


 ――ならば俺の全方位全てに警戒しないといけない。集中だ!


 俺は時間が経つのが遅くなると感じる位に、雷魔法による索敵と俺自身の五感に神経を張り巡らす。

 この時、俺はまだ抜刀をしてはいなかった。ライアスが小賢しいフェイントを仕掛けてくる可能性を少しでも排除したかったからだ。


「死ね!」


 ライアスの迫り来る槍先が……目の前から消えた! ギフトを使ったな!


 ――そこかぁ!


 俺の右後方の斜め下から俺の軽装鎧の隙間を狙うように何もない空間から飛び出した奴の槍先を、居合のように抜刀しながら振り向きざまに切り上げ、雷魔法による属性を流し込む。


 ――ギィィィイン!


 ライアスは予想通り雷属性攻撃の耐性装備をしていたのでマヒ状態とはならなかったが、耐性装備は完全に属性攻撃をシャットアウトできるアイテムではない。

 奴がほんの一瞬だけ痺れて硬直状態となったのを、俺は見逃さなかった。


「なっ……にぃ!?」


「チェストオォー!」


 一瞬の出来事が、全てスローモーションのように流れていく。

 俺は槍先を弾くために切り上げた剣をそのまま返すようにライアス向けて間合いを詰めながら剣を両手持ちにすると、硬直によって槍に縛り付けられた奴の両腕を上段から裂帛れっぱくの気合と共に振り下ろして切り落とす。

 そして更に剣を返し右逆袈裟に切り上げ、ライアスの右大腿を切り落とした。


「ぐああああぁあぁ!?」


 残心を忘れず前を見据えると、ライアスの仲間である熊人の男と黒豹人の男の二人が既に俺の目の前まで迫っていた。その向こうには、ドワーフの女が何やら攻撃魔法を撃ち出そうとしている。


 ――だが、何も問題は無い。


「見事だぞケイタ」


「かっこよかったぜおっさん!」


 俺の前に王子様とリンメイが割り込むと、二人はシンクロしたように相手の攻撃を徒手空拳で受け流しながら軽やかなステップで回転し、カウンターの要領で渾身の後ろ蹴りを放って熊人の男と黒豹人の男を吹き飛ばしてしまった。

 そして透かさず剣を抜き放ち、奴等の喉元に剣先を突きつけてしまう。

 ベテラン高層冒険者であるはずの熊人の男と黒豹人の男は、王子様とリンメイの動きに全く反応できなかった事に驚愕の表情を浮かべている。


「なっ……ありえん……」


「貴様ら如きが我らに勝てるとでも思ったのか? おこがましいにも程がある」


「グッ……リンメイ……てめぇ……」


「よう、久しぶりだねスバート。――あんたちょっと見ないうちに、随分と弱くなっちまったんじゃないかい?」


「チッ……、言ってくれるじゃねぇか……!」


 あのスバートって黒豹人もリンメイとは顔見知りのようだな。どうやらこれまではリンメイを格下と見ていたようだがご愁傷様。

 王子様やリンメイは強くなろうと努力を怠らず日々研鑽しているんだぜ。お前等のように高層でぬるい事している連中とは訳が違うんだよ。




「お願い! ライアスを殺さないで!」


 ライアスを庇うように俺達の前に飛び込んできたのはアルシアだった。


「随分と虫のいい話だな。お前等は俺達を殺そうとしたんだぜ? お前等だって返り討ちに遭う覚悟はできていたんだろう?」


「あたしは最初からそんなつもりはなかった! ――ねえあなた、聖女様なんでしょ? お願い! ライアスを助けて!」


 突然のアルシアの発言に俺は絶句してしまう。ちょっと待て、なぜお前はラキちゃんが聖女だと知っているんだ!?

 慌てて問いただそうと言葉が喉まで出かかったが、なんとか思い止まる。そんな事をしてしまったら、自らラキちゃんが聖女であると喧伝するようなものだからだ。


「えっ、えー……。わっ、私は別に聖女ではありませんしぃ、手足をくっつける程度なら私じゃなくても貴方がたでもなんとかなるでしょう?」


「そうだけど……! 切り飛ばされた箇所を三か所もすぐに繋げるなんて私には無理! お願い助けて! 出血多量でライアスが死んじゃう!」


「では……、このまま皆さんが大人しく帰ってくれるのでしたら……いいですよ?」


「勿論よ! ねっみんな!?」 


 アルシアが仲間に懇願の表情を見せると、連中は渋々ながら首を縦に振っていた。


「仕方がありませんね……」


 聖女は救いを求められたら、基本的に断れない。

 ラキちゃんは渋々といった感じで、出血多量で気絶してしまっているライアスの腕と足を繋げてあげた。

 その様子を見ながら、ふとある事を思い出す。


「――そうだ。あんたはさっきこの子を聖女と言ったな。……そんなデマ、誰から聞いたんだ?」


「えっ? えっと……、誰ってわけじゃなくて……その、あたしも酒場で噂を耳にしただけよ。そこの王子様が本当に 『ハルジの閃光』 を倒したのなら、聖女様でもいなきゃ不可能だろう……って感じのね」


「そうか……」


 随分ときょどってる感じだけど、本当かなあ……。


 治療が終わっても意識を取り戻さないライアスは、熊人の男に負ぶわれる。

 どうやら連中はラキちゃんとの約束をちゃんと守り、大人しく引き下がってくれるようだ。


「次は無い。覚えておけ」


「分かってる。――ごめんなさい。それから……ありがとう」


 去り際にアルシアだけが謝罪の言葉を述べる。

 それ以外は俺の言葉に忌々しそうな顔をしながら頷くだけで、足早に去って行ってしまった。




「ハッ、ざまぁないぜ! ――あースッキリした!」


 昨日の件で相当むかっ腹が立っていたであろうリンメイは、 『朱炎の風』 に一泡吹かせてやったので上機嫌だ。

 他のメンバーも失礼な連中を返り討ちにする事ができたので、どことなく満足気である。


 しかし、俺は少しも気分が晴れなかった。

 アルシアから、俺達のパーティには聖女がいるという噂が広まっているなんて情報を耳にしてしまったせいだ。


 ――クソッ、誰だそんな噂を流してる奴は……。


 なんて考えていたら、ある事を思い出してしまう。


「あぁっ……!? どうしよう、不味いかも……」


「どうしたんだおっさん?」


「いやあのさ、連中の中にエルフの男いただろ? ラキちゃんが聖女だってバレたかもしんないなーと……」


「「「あっ!」」」


 俺の言葉の意味を察したようで皆は驚きの声を上げてしまうが、大家さんが待ったをかける。


「大丈夫ですよケイタさん。彼よりも私の方が精霊との親密度が高いので、彼の願いは弾かれて真偽判定はできなかったはずです」


「本当ですか! あぁ、良かった……」


 流石です大家さん! 今回大家さんがパーティにいてくれて、本当に良かった……。


「ただ、これからは注意したほうが良いかもしれませんね。私がいない時に似たような事が起こったら、見破られてしまう可能性が高いです」


「うっ、それは不味いですね……」


「なので、そんな時はラキちゃんに助けてもらいましょう。聖女の一団がよく使う手ですが、神聖魔法による障壁を張れば、あらゆる干渉を食い止める事ができます。――なのでお願いね、ラキちゃん」


「はいっ!」


「へぇー。聖女の一団は、そうやってやり過ごしているのですね」


「そうなんです。それに護衛神官には二重の防御策として、私達エルフが一人は加わる事が多いのですよ? 私もかつて、ラクス様に頼まれてとある聖女様の護衛神官をした事があるんです」


「おぉー、そうだったんですか!」


「ラクス様のご指名とか、すげーな大家さん!」


 そうか、だから大家さんはラクス様との面識があったんだな。それに思い返してみれば、流行り病の調査団にもエルフのメイソンさんがいた。

 なるほど、迂闊に情報を漏らす訳にはいかないために、護衛神官には信頼のおける優秀なエルフが必要不可欠ということか。


「あっ……、もしかしてミリアさんが聖都のギルド本店にいるのも、そういった理由からとか?」


「ふふっ、どうでしょうねぇ? ミリアに怒られちゃうのでナイショです」


 大家さんは微笑みながら、人差し指を口の前にもってきてシーのポーズをする。……これはどうやら、当たりっぽい。

 なるほどね、ミリアさんがギルド内での精霊による何者かからの干渉をキャンセルしていたのか。たしかに本店にも支店にも、必ず一人はエルフの職員さんが常駐している。

 まあその辺をはっきりと言う事ができないのは、守秘義務のためなんだろうね。




 さて、いつまでもこんな所にいるわけにはいかない。さっさと先に進むとしよう。

 いつの間にか昼食の時間もとっくに過ぎているので、皆もお腹が空いてきているだろう。どこかでセーフティゾーンを見つけて休憩したいな。


「ラキちゃん、この大回廊から外へ向かうルートで、どこか休憩できそうな箇所は………………うっ……、ギフトが発動した」


「「「!」」」


 毎回突然のギフト発動で驚いてしまうが、これは……。


「……あっと、ごめんごめん。今回のは危機が迫っているとかじゃないんだ。――てことで、えー皆さんすみません。ちょっと寄り道したいんだけど、いいかな?」


「いいですよー」


「いつもの事だ、別に構わん」


「おっさんのギフトが示したんだろ? 行くしかねーべ。――んで、どこに寄り道すんだ?」


「えっとね、ヘロヘロンの巣」

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