101 盗賊

 聖都のダンジョンは、高層と呼ばれる三十一層から様変わりしてしまう。


 これまでの迷宮エリアは例えるならば巨大な迷路のような構造をしていたのだが、この三十一層からは、まるで 『埋没した遺跡を発掘途中の洞窟』 であるかのような構造となる。

 そのため、通路は果たしてこれは正しい道なのかと不安を覚える洞窟であったり、突然地下遺跡の中に迷い込んでしまったのかと錯覚するようなような人工建造物であったりする。


 また、通路の幅も様々だ。人がなんとか通れる細い道だったり、突然巨大な回廊に出てしまったりもするし、玄室と呼ばれる遺跡の小部屋も数多く存在する。

 そしてそれらの通路に合わせるかのように、様々な魔物も存在する。巨大な回廊には、とんでもない大きさの魔物も跋扈しているらしい。


 更には進むべき道や転移門ポータルが高所の岸壁や地下河川の脇といった、思いも掛けない場所にポツンとあったりするし、玄室の片隅にひっそりとあったりもする。


 このような階層のため、三十一層からはダンジョンの難易度が一気に跳ね上がってしまう。これまでのように再構築の期限五日では、踏破する事は到底不可能だろう。

 しかし魔王様もその辺を考慮されたのか、高層からはダンジョンの再構築の周期がこれまでの五日から十日と倍になっていた。それでもかなり厳しい時間だとは思うんだけどね……。


 そんな高層なのだが、多くの冒険者はいつかここを拠点とした稼ぎをしたいと憧れながら、日々己を鍛え、日夜ダンジョンに潜っている。

 なぜかというと、高層以降の宝箱からはネームド品の武具が出始めるから。

 そのため運さえ良ければ、自力でいつかはネームド品の武具で身を固める事だってできてしまうし、レアなネームド品を引き当て、一攫千金を夢見る事だってできてしまう。




 しかし高層へと至るまでには避けて通れない、浮島で構成された二十六層から三十層の空中迷宮が存在する。

 本来ならばあそこを攻略するのは容易ではなく、ボスのガルーダも物凄く強くて、本当に冒険者としての実力が試される迷宮だったりする。

 そのため、高層以降に進む事のできる冒険者パーティは、真の実力者とされている。――本来ならば……。


 そんな試練の場でもある空中迷宮なのだが、俺とリンメイは全部ラキちゃんの力に頼り、ズルして攻略してしまったんだよね。

 リンメイは、こと冒険者としての自分に関してはストイックなところがある。そのため、彼女は護衛依頼を終えて聖都に戻ったら、もう一度二十六層から三十層までをズルせずに攻略したいと願っていた。

 その要望を聞いていた俺は別に問題無いよって事で、当初は二十六層から三十層の再攻略をする予定となっていた。


 でも俺達は護衛依頼の途中で、世界各地のダンジョン間を移動できてしまう転移門ポータルの存在を知ってしまった。

 そのため流石のリンメイも転移門ポータルの魅力には抗えなかったようで、まずは四十層踏破の方を優先してくれる事となった。

 旅の途中で友達となったポラーレファミリーのアリーナと、転移門ポータルを使って再び再開する事を約束していたようだしね。




 実は二十六層から三十層までの空中迷宮を攻略する場合、高低差のある浮島への移動や万が一の転落防止のため、登攀技術の習得が必須とされていた。

 そしてその技術は、立体的で構造が複雑となる三十層以降の迷宮を挑むためには、絶対に必要となる。


 そのため、アルシオーネの計画により王子様がダンジョンへ向かう日時の噂を広めている間、俺達は登攀技術をギルドの講習でしっかりと学んでいた。

 この講習では普通の登攀技術とは別に、スパイダーマンのウェブシューターのような、籠手の上から装着可能なストランドと呼ばれる魔道具の扱い方を学ぶ。


 この魔道具は糸にメガボンビクスの強靭で細い糸を使用し、先端は魔力マナを流すと人間を余裕で吊り下げる事ができる程の粘着力が生じるジャイアントオーブスパイダーの糸の粘液で出来ている。

 狙いを定めて目標に打ち出し、魔力マナによって目標にぶら下がる事が可能となるので、高所への移動や、万が一の転落時の命綱となる大変便利な魔道具だ。

 ただ、撃ち出すのに一個、巻き戻すのにも一個の魔石を使用するため、使う度に魔石を毎回交換しないといけないのが少々手間だったりする。


 しかしである! それでもこのスパイダーマンやグフカスタムのようなアクションができる魔道具が楽しくって楽しくって!

 俺達はギルドの教官にどやされるまで、大喜びで遊びまくってしまった程だった。




 三十層のフィールドエリアから三十一層への階段を下っていくと、目の前に突然、水の柱が現れた。

 上を見上げると天井には転移門ポータルと思しき魔法陣が描かれており、そこからは絶え間なく大量の水が、遥か下に見える遺跡でできた貯水湖へ流れ落ちている。


 続けて全体を見回す。遺跡の一部と思われるこの人工的に作られた空間は、まるで巨大なサイロの中のようだった。

 俺達が下りて来た階段は、丁度その円筒形のエリアの中腹辺りに位置していた。


 深層迷宮のスタート地点であるこの円筒形のエリアは、再構築してもここから迷宮へ続く出入口の場所が変化するのみで、大きな変化はしないらしい。


「うぉー、すげーなー!」


「すごーい!」


「おおっ、確かに凄いな!」


 俺達のパーティでここへ来るのが初めてなリンメイとラキちゃんと俺は、目の前に飛び込んできたその光景に圧倒されてしまう。


 この天上の魔法陣から流れ落ちる水は、この三十一層から三十四層の全てのエリアに流れる地下河川から流れてきているそうだ。

 そのため運悪く地下河川に落ちてしまっても、最終的には終着点であるこの下に広がる貯水湖まで戻ってくる事ができてしまう。

 但し、地下河川に生息する凶悪な魔物から身を守る事ができたら……の話ではあるが。


「再びここへ来てしまったな……」


「はい……」


 初めての俺達とは違い、王子様とエルレインは感慨深げに水の柱を眺めていた。

 ふと、エルレインがカルラ達から逃げ延びる事ができた理由を思い出す。


「そうか……、コイツのおかげでエルレイン達は逃げ延びる事ができたんだっけ?」


「はい。事前にアルシオーネ様が 『水神の御守り』 を準備して下さいましたので……。おかげで、私共は逃げ果せる事ができました」


「エルレイン嬢、君には本当に感謝している。……君がいなければ、私は疾うの昔に死んでいたであろう」


「身に余るお言葉ですセリオス様。全ては女神様のお導きですから。――ねっ、ケイタさん?」


「ははっ、……まぁな」


 エルレインの言う 『水神の御守り』 とは、この階層の宝箱から手に入れる事ができるアイテムの一つだ。

 本来ならば地下河川に落ちてしまうと瞬く間に水生の魔物に襲われてしまうのだが、このアイテムさえあれば魔物が襲ってこなくなる。

 再び地下河川から陸に上がると無くなってしまうため一回限りの消費アイテムなのだが、それでもこのアイテムはとんでもない高額で取引される。


 なぜなら、その性能とこの地下水路の特性を利用すれば、迷宮からの脱出用にも使えてしまうから。

 そのためこの 『水神の御守り』 は、ここを稼ぎの場としている冒険者の命綱として垂涎のアイテムだったりする。


 そんなアイテムを、アルシオーネはマジックバッグの中に入れてエルレインに渡していた。

 まさか外部と接触する機会の殆ど無かったエルレインが 『水神の御守り』 を持っているとは、カルラ達は夢にも思わなかっただろう。




「さて……」


 今度は進むべき道を探すために、注意深く周囲をぐるりと見回してみる。

 この巨大なサイロの中のようなエリアには、ある一定の高さの間隔で外壁通路が設けられており、その通路を結ぶように外壁に沿って螺旋階段が設けられている。

 外壁の通路はいかにも遺跡ですって雰囲気を出すためか所々が崩れており、途切れてしまっていたり、所々に浮島が足場として浮いていたりする。

 そしてそんな足場の先には、いくつもの迷宮への入り口が口を開けていた。


 俺達が今いる通路から見て、上にも下にも結構な数の入り口がある。ここを踏破するにはこれまで同様に、ボス部屋まで繋がる正解を見つけ出さないといけない。


 実は、ある程度の日数が経てば、このエリアから一日で進める範囲の情報はマップ屋などから手に入るようになる。

 しかし俺達は再構築までの期間を最大限に活用したかったため、その情報を待たずに、再構築後すぐにここへ来てしまった。

 なのでぶっちゃけると、再構築後の情報が一切無い。


 ――参ったな、思っていたよりも出入り口が多い……。虱潰しに当たっていくとなると、結構な時間が掛かってしまうぞ。


「リンメイ、既に誰かが通って行った通路って追えるか?」


「ちょっとまって」


リンメイは暫くの間、鼻をひくつかせたり目を凝らすなどして五感を集中させていたようだが、最後はお手上げといった感じの仕草をしてしまう。


「んー……、どの入り口も誰かが入って行った形跡があるんだよね……」


「そりゃそうか……」


 俺達は再構築後すぐにここへ来たと言っても、実は王子様に群がる貴族子女の件があったために、人の往来が多い日中に冒険者前広場にいなければならなかった。

 そのためここを狩場としている連中のスタートダッシュからは、大幅に遅れてしまっていた。


「お兄ちゃん、あそこと、あそこと、あそこと、あそこ……は、見える範囲で奥に続いていますよっ」


「おっ、ホント!? さっすがラキちゃんだね。助かるよ、ありがとう!」


「えへへ、どういたしましてー」


 俺とリンメイの様子から察してくれたのか、こちらからお願いする前にラキちゃんが魔法を使って進めそうな道の候補を教えてくれた。

 これまで平面だった迷宮と違い立体的に複雑となった迷宮では、流石のラキちゃんも探索できる範囲が狭まってしまうようだ。

 それでも選択肢が減るのは本当に有難い。


「でもさ、行き止まりにいきなり転移門ポータルがある可能性だってあるぜ?」


「あー確かに……。そうだ、大家さんの精霊魔法はどうです?」


「そうですねぇ……――」


――バシュッ! ザッパーン!


「「「!」」」


 突然、目の前の水の柱からストランドの細いロープが飛び出し、先端が外壁に張り付くと、何者かが水の柱から飛び出てきた。


 俺達は全員警戒する。

 何故ならこの深層の一つ目は、低層を徘徊する死体漁りに似た、とある連中が徘徊しているからだ。

 そのとある連中とは 『盗賊』 だ。


 深層の一つ目であるこの階層は、宝箱から手に入れたネームド品を持ち歩く冒険者がウロチョロしており、 『水神の御守り』 さえあれば安全な逃走経路となってしまう地下河川が存在する。

 そんな好条件なエリアであるため、ムジナ師匠の 『影渡り』 のように隠密に特化したギフト持ちの盗賊にとって、ここは最高の狩場であった。

 そんな情報を 『紅玉の戦乙女』 から聞いていたため、この階層を一人でうろつく輩は盗賊なのだろうと俺達は警戒したのだが……。


 バッと袖なしの外套を翻しながら生活魔法を使って水気を全て吹き飛ばしたこいつの一挙手一投足に、俺達全員は目を奪われてしまった。


「なんと……エレガントなのでしょう」


 思わず呟いてしまったエルレインの言葉に、全員が力強く頷いてしまう。

 そいつは男の獣人だったのだが……、いやはやもうね、とにかくカッコイイんだ。男の俺が見ても。

 甘いマスクとスラリとした高い身長に、均整の取れた一切無駄のない美しい体躯。そして貴公子然とした風貌だけでなく、所作の全てがかっこよく、そして美しかった。

 うちの王子様も街を歩けば女の子が振り向くほどに十分なイケメンなのだが、目の前の男は次元が違う。


 しかも身なりもバッチリと決まっていて、これまたカッコイイ。

 冒険者の装備を纏っているのだが、まるで紳士と見紛うほどに全てが洗練されていた。そしてその甘いマスクには、まるで怪盗であるかのような神秘性を増す片眼鏡を掛けている。

 帽子の隙間から覗かせる奴の耳は長く、随分と特徴的だった。恐らく兎人だろう。


 目の前に現れた超絶イケメンの兎人は 『おや?』 といった感じで俺達の方へ意識を向けると、フッと爽やかな笑顔を見せる。


「やぁ、これからこの階層を攻略するのかい?」 


 惚けている俺達と目が合うと突然話しかけて来てので、思わずドキリとしてしまう。

 凄いな、声までもが舞台俳優顔負けに美しい。こんな声で愛の言葉を囁かれたら、女の子は皆とろけてしまうだろう……。


「えっ? あっ、ああそうだが……」


「――それなら……あそこから行くがいい」


 警戒しなくてはいけないはずなのに、兎人が指し示す先を目で追ってしまう。あれは……、先程ラキちゃんが候補に挙げてくれた出入り口の内の一つだ。

 その出入口は他と比べて比較的小さく、そこまでの通路も崩れてしまっていたため、ぱっと見では出入り口というよりも窓のようにも見えてしまう。

 しかしラキちゃんが挙げてくれた候補の一つなので、嘘ではなく真実である可能性が非常に高い。


 どういうことだ? なぜ初対面の俺達に教えてくれる? 単独行動をしている奴は、どう考えても盗賊のはずだ。普通は罠と考えた方が妥当だろう。

 だが、俺のギフトは警告を発していない。……もしかして本当に、単なる親切心なのか?  

 だとしたら、とりあえず礼でも言っておくか――。


「あ、あれっ!? アイツいなくなったぞ!?」


「「「えっ!?」」」


 恐らくギフトの力だろう。奴は俺達が指し示す先に目をやった一瞬で消えてしまっていた。

 しかし……動体視力の並外れたリンメイでも、どのようにして消えたのか追えていない……だと!?


 ――あっ……まずいかも……!


「気を付けろ!」


 思わず叫んで腑抜けてしまっていた自分自身に喝を入れると、周囲を警戒しつつ自分の荷物が失われていないか確認する。

 クソッ、初っ端から何をやっている! ここはもうダンジョンだぞ!


「皆、何か盗られていないか!?」


「大丈夫だと……思う」


「えっと……、多分大丈夫です……!」 


 王子様とエルレインはドルンガルドで購入した魔銀ミスリルの剣と盾をそれぞれ確認してホッとすると、他の荷物も確認し始めていた。


「あった良かったぁ~……」


「ふぅ……、ありました」


 リンメイは流星剣がある事にホッとし、大家さんはマジックバッグである肩掛けカバンに問題は無さそうで安堵している。

 全員が全員、初っ端から油断してしまったと感じていたようで、慌てて荷物の確認をしていた。

 しかし、どうやら誰も何も盗られてはいなかったようだ。良かった……。


「ラキ、流石にお菓子は持ってかねーよ」


「えっ? あ……! アハハハハ……」


 ラキちゃんはリュックの中を覗き込んでいたのをリンメイに指摘されてしまい、照れ笑いを浮かべていた。

 基本的にラキちゃんの大事な物は亜空間収納に入れているので、今手元にある大事な物といったら、蜜蜂の杖とマジックバッグのポーチ位だったりする。


 そんな二人のやり取りに緊張が解けてしまい、思わず笑みがこぼれる。

 先程の兎人の気配は……既に無いな。


「問題無さそうなら、とりあえずさっきの入り口から進んでみようか。ひょっとしたら、本当に親切心で教えてくれたのかもしれないしさ」


「そうですね。私の精霊魔法でも、彼が嘘をついているようには見えませんでした。ラキちゃんが選んでくれた内の一つでしたし、恐らく問題は無いでしょう」


「おっけー。――しっかしさっきの奴すごかったな! 大家さんとタメ張るほどの綺麗な顏した奴、初めて見たかも!」


「そんな、リンメイさんたら……。しかし本当にお美しい方でしたね」


「うんうん! とってもきれーなお顔でビックリしちゃいました」


「私、あれほどお美しい殿方を拝見しましたの、初めてです……」


「ホント凄かったよなぁ。男の俺でも思わず惚けてしまったよ……」


「実は私もだ……。正直、無防備に惚けてしまった事に自分でも驚いている……」


 なんと、まさか王子様までもが隙を作ってしまっていたとは……。


 ぶっちゃけると、このパーティのメンバーは俺以外の全員が全員、顔面偏差値が非常に高くて美男美女揃いだ。

 それでも先程の兎人には、引き合いに出された大家さんも含めて全員が惚けてしまっていた。もしも奴が俺達に対して悪意を持った存在だったらと思うと、ゾッとしてしまう。


 やれやれ……何も盗られなかったのは幸いだが、いきなり洗礼を受けちまった気分だなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る