100 ミーティア姫
「先触れも出さずに突然の目通り失礼しますわ。――
ここは多くの冒険者や露店が賑わうダンジョン前広場の噴水前。
俺達はいよいよ四十層踏破を目指すため、まずはその中間である三十五層の踏破を目標に準備を整えてダンジョンへやってきたのだが……。
突然俺達の前にミーティアと名乗る、外見からしていかにも高貴な身分と判る見目麗しい女性が、従者を従えて名乗り出てきた。
奇しくも、ここは以前王子様が 『紅玉の戦乙女』 と揉めた場所であり、以前にも増して周囲から物凄い注目を集めてしまう。
そのため、たちまちのうちに野次馬がどんどんと集まってきてしまっていた。
「いかにも、私がセリオスです。お久しぶりですねミーティア姫、暫く見ない間に大変お美しくなられて……。――以前お会いしたのはもう五年ほど前になるでしょうか?」
「そうですわね、使節として貴国を訪問して以来です。セリオス王子こそ、暫くお会いしない間に大変ご立派になられましたね。……
「はははっ、恐縮です。――して、このような場所での再開となりましたが、本日はどのような……」
「近頃のセリオス王子のご活躍は、
「なんと、そうでしたか。それは願っても無い事です。――ですが申し訳ない、私はお目付け役であるこちらの……サフィルス子爵家のエルレイン嬢以外は、基本的に王族や貴族といった貴い身分の者をメンバーに加えるつもりはないのです」
王子様が後ろに控えていたエルレインを紹介すると、エルレインは鎧姿ながらも優雅な所作で挨拶をする。
王子様の意外な言葉にミーティア姫は驚きの表情をしてしまい、いつの間にやらミーティア姫御一行の後ろに集まってきていた連中も、驚きを隠せず何故だどうしてだと、ざわつきだしてしまう。
後ろの連中は恐らくアルシオーネが言っていた、王子様のパーティに加わりたくて聖都までやって来てしまった、残念な貴族子女なんだろう。
ただ流石に、王族である二人の会話に口を挟むような無礼者は出てこなかった。きっと二人の会話が終わった後で、続けて自分達も王子様に名乗りを上げるつもりなんだろう。
「あら……。セリオス王子、それはどうしてでしょう?」
すると王子様、少々芝居ががった感じにやれやれという仕草をする。そして、敢えて後ろでざわつく連中に視線を向け、聞こえるように声を張り上げて語りだした。
「そちらに控えている君たちも聞いて欲しい! 存じているとは思うが、私は常にハルジャイール王国に狙われている! そんな私の協力者となれば、その者も狙われる対象となってしまうであろう! ――勿論、仲間となったパーティメンバーは全身全霊をかけて守ると約束する! しかしだ! それ以外については守るとの約束はできかねる!」
後ろに控えている多くの連中は、どういう事だといった感じに王子様の次の言葉を待っているようだった。ただ、中には気が付き始めた者もいるようだ。
ミーティア姫はそんな彼らを一瞥すると、王子様に続きを促すように問いかける。
「それ以外といいますと?」
「それは勿論、君たちが抱えている物全てだ! 君たちがハルジャイール王国に敵対していると見なされれば、君たちの家門や所領だけでなく、下手をしたら忠を尽くす国そのものも、彼の国は敵と見なすであろう! それらは残念ながら、私の力では到底守ってやる事なぞできないのだ! ――聞こう! 君たちはその覚悟を、家長から許可を取ってここまでやってきたのであろうか? そして君たちの国は、いざとなれば我がカサンドラのように、戦で迎え撃つ覚悟はあるのだろうか?」
……なんだかなぁ。もうこれ、ミーティア姫との会話じゃねーよな……。
一瞬静まり返った後、先程よりもどよめきが大きくなってしまう。中には、そっとその場を去りだす者も出始めていた。
去りだした者は女性が多い。玉の輿狙いではリスクが高すぎると判断したようだ。
対照的に、そこへ留まっている多くの男たちはどうしたらよいのかと不安げに、彼らよりも更に離れた場所にいる人混みの方へ判断を求めようと視線を向けていた。
「聡明で見識の高い君たちでも私と共に戦いたいという血気に抗えなかったために、今ここへ馳せ参じたのだと推測する! しかし今一度、冷静になって考え直して欲しい! 今私に名乗りを上げ一歩でも前に踏み出せば、ハルジャイールの刺客は間違いなく君たちの名と顔を覚え、君たちの家も敵とみなすだろう!――どうかお願いだ、君たちには賢明な判断をして頂きたい!」
そもそも、勝ち馬に乗れると思ってのこのこやって来るようなバカ共だ。本当に聡明な貴族子女なんて、この場にはいないだろう。
それでも流石に王子様の警告は理解する事ができたように思われる。後ろに控えていた連中が次第に減り始めたからだ。
ミーティア姫はそんな様子を忌々しそうに見つめる。そして、こんな茶番には付き合ってられませんわといった感じに一つため息を付くと、王子様に向かって無言でどうぞどうぞといった感じに手で先を促す。
その様子に気が付いた王子様は、慌ててミーティア姫に向き直ると言葉を続ける。
「そっ、それに我々はこれから、ダンジョンの三十層より先の高層に進むつもりです。冒険者として名を馳せているミーティア姫でも、流石にまだ聖都のダンジョンはそこまで攻略していないでしょう?――なので今回は一旦、引いては頂けないだろうか?」
「……仕方がありませんわね。
「すまないミーティア姫。気持ちだけはありがたく受け取っておこう。――感謝する」
「どういたしまして。では
「ありがとう。ではさらばだ」
ミーティア姫は別れを告げると、俺達とすれ違うように前に歩き出した。そしてさりげなく王子様に耳打ちをする。
「……セリオス王子、貸し一つ、ですわよ」
「心得ている。――ありがとう、ミーティア姫」
俺達は未だにどうしたらよいのかと考えあぐねているお貴族様達の横をすり抜けると、さっさとダンジョンへ向かった。
そそくさとダンジョンのエントランスホールから三十層の
三十層フィールドエリアである樹海は、以前あれほどに酷い森林火災となってしまったにも拘らず、もうすっかりと元通りとなっていた。
「……あそこにいらした男性の方々、殆どがご本人ではなく影武者のようでしたね」
「ぶふっ!? えぇー……マジかよ」
大家さんは何とも言えない表情で衝撃の事実を教えてくれる。その言葉に俺達は全員、呆れ返ってしまった。
あーそうか、だからあそこに残っていた男どもは自分で判断ができないもんだから、本物がいたであろう人混みの方を頻りに気に掛けていたのか。
「ははっ、すげぇな。王子様の勝ち馬には乗りたいけど危険は冒したくないってか」
「…………随分と舐められたものだな」
まあ有名人であろうと顔写真が出回っているわけでもないこの世界では、身なりを良くして紋章を掲げ、自分はどこどこの家の誰々であると名乗ってしまえば、バレるまではそれが通ってしまうんだろうからなぁ。
影武者と知られずにそいつが王子様と旅をして活躍すれば、その名前が自然と世間に知れ渡る事となっていただろう……。
そんな世界なので、実は勝ち馬に乗ろうと王子様の元へやってきた貴族子女も、誰が本物のセリオス王子なのか確信を持てないでいたのを俺達は知っていた。
なので、そんな連中に俺達はわざわざ教えてやる事にした。――ミーティア姫を使って。
ミーティア姫と出会う事ができたのは偶然だった。
先日俺達の
アルシオーネはかつて公爵家のご令嬢でカサンドラ王国第一王子の元婚約者。王子様同様にミーティア姫と面識があったので挨拶を交わすと、すぐにお互いの情報交換をしたそうだ。
そこで、ミーティア姫がこの聖都へやってきた理由を知る。
ミーティア姫の国であるエドモンド王国には、アルティナ神聖皇国と同じようにダンジョンが存在している。
彼女はそこで随分とご活躍をされているようで、冒険者の間からは畏敬を込めて 『幻影の剣姫』 と呼ばれているらしい。
そんなダンジョンに入り浸る妙齢のお姫様に頭を抱えていた王様は、最近名を売り出したセリオス王子と良い関係になってこいとミーティア姫に命じたんだそうだ。
お姫様は全然乗り気じゃなかったのだが、言う事を聞かないと今後はエドモンド王国のダンジョンには入れないようにするぞと王様に脅しを掛けられたので、渋々お供を連れて聖都までやってきたと言う。
アルシオーネはすぐさまミーティア姫に王子様の事情を話して協力を仰ぐと、快く引き受けてくれた。
お姫様自身も 『幻影の剣姫』 と名を馳せている傑物。正直なところ彼女は、今の王子様と行動を共にするのは名折れになるだけで快く思っておらず、体よく王子様から断られる事を期待していたと言う。
そして、さっさと断られたら聖都のダンジョンを存分に満喫してから帰るつもりだったんだそうだ。
なんともはや、天真爛漫なお姫様である。国民からは 『おてんば姫』 と親しまれていると聞いた時、なるほどなと頷いてしまった。
ミーティア姫という強力な駒を得る事ができたアルシオーネは、彼女を軸として貴族子女を追い払う計画を立てる。
アルシオーネとしては貴族の一人一人がバラバラに王子様へ交渉に来るのはあまり望ましくないと判断し、一同を特定の場所におびき寄せる事にする。
まず王子様がいつ頃、どこに現れるのか情報を流し、割って入る事のできない王族同士のやり取りをさせ、そして周囲の連中を諦めさせる流れに持ち込む事にした。
そんな画策をしてくれたアルシオーネのおかげで、今に至る。
それにしても、アルシオーネは本当に優秀だなぁ。
頑張れ王子様。いろいろと残念なお前さんには本当に必要な人材だと思うから、彼女のハートを射止める事ができるよう、俺も陰ながら応援しているよ……。
「しっかし、そんな替え玉まで使って男の連中はいったい何がしてーんだ? そんな実力が伴ってない名声なんか手に入れたって、何の役にも立たないだろうにさっ」
いざ実力を見せろってなった時に恥かくだけじゃん……と呆れてしまっているリンメイに、貴族令嬢であるエルレインがそれとなく教えてくれる。
「そうですねぇ……殿方の皆さんはセリオス様と共に旅をしたという事実を手に入れ、箔を付けたかったのではないでしょうか? あの方々は恐らく家督を継ぐ事の出来ない、三男や四男といった御立場のはずです。――例えばですが、そのような方々が嫡男のいらっしゃらない貴族家に婿養子として迎えてもらう場合などで、少しばかり交渉が有利になったりするのかもしれませんよ?」
「ふーん、そういうもんなんだ。なんだかなぁ……。その点、女の連中の方がまだ潔いじゃねーか。あそこにいたの、全員が本人だったんでしょ大家さん?」
「そうですね。女性はその……、ご本人でないと役目が務まらないでしょうから……ね?」
大家さんは言葉を濁しながら答えてくれる。
あー……、まぁそうだよな。王子様と親密になるのは本人でなきゃいけないしねぇ……。
しかし女性陣は家族あっての自分の地位と理解しているだけあって、流石に引き際も理解していたようだ。
彼らは結局、功名心よりも自分の将来のために行動していたという事か。
一見夢見がちで愚かな行動に思えてしまうが、内情を知ってしまうと意外と
それだけ貴族としての地位を維持するのに必死なんだろう。なんと言うか、お貴族様はお貴族様で世知辛いもんだねぇ……。
だが、俺達はそんな連中に構っているほど暇じゃないし、関わりたくもない。
「さて、そんじゃ気持ちを切り替えて、ダンジョンに挑むとしようかね。――王子様とエルレインは以前あんな事があったが、この先に進んで問題はないか?」
「ああ……、問題ない」
「私も大丈夫です。お任せください」
「よし、じゃ行こう!」
「「「おー!」」」
皆の元気よい合いの手が頼もしい。
久々のダンジョン探索だ。俺も気合を入れて頑張ろう。
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