073 海遊び
「……そんな気分ではない。それに、今日はこの国の聖女殿がいらっしゃる。お前達に構っている暇はない。」
「今日は聖女様にお越しいただいて、セリオス様の腕を治療していただく予定となっているのです」
「ふーん……」
お茶を運んできてくれたエルレインが、続けて説明してくれた。
エルレインは流石貴族令嬢といった優雅な所作で、俺達にお茶の準備をしてくれる。
そういえば初めてだったな。ここへ訪れて、こんな感じに持て成してもらうのなんて。
早速頂いたお茶は、とても美味しかった。お茶菓子も、これまた美味しい。
「や……、これは美味しいな……」
「とっても美味しーですっ」
「良かった。お口に合ったようで何よりです」
「エルレインさんはお茶を淹れるのがとてもお上手なんですよっ!」
エルレイン自らお茶の準備をしてくれた事を、サーリャは得意げに教えてくれた。
「へぇー、貴族のお嬢さんでも自分でお茶を淹れるんですね」
「ふふっ、勿論淹れますよ。
聞くと、位の低い貴族令嬢は行儀見習いとして位の高い貴族家へ奉公して、侍女の経験をするんだそうな。
そして位の高い貴族令嬢は、今度は王城で侍女などの経験を積み、行儀作法や貴族社会の立ち回りなどを学ぶらしい。
貴族のお嬢様って、蝶よ花よと優雅に暮らしているわけでもないんだな。
しかもこの世界には魔力やギフトといった、男女の能力差を簡単に超越してしまう力が存在する。
そのためエルレインは恵まれた体躯と優秀なギフトのせいで、王子様のパーティへ親のごり押しで放り込まれてしまったらしい。
本人曰く、こんな身なりのために嫁ぎ先が全く見つからず、親を困らせてしまっていたので仕方が無いのですと、自分を卑下して寂しそうに笑っていた。
いやいや、たしかに王子様とサーリャを両脇に抱えて走り抜けてしまえるほどの立派な体躯だが、スタイル抜群でとても端整な顔立ちの美人さんだし、物腰柔らかく気立ても良い。
可憐という言葉がぴったりな、とても素敵なお嬢さんだと思うぞ俺は。貴族家の坊ちゃん達は、見る目が無さ過ぎだろう。
世間では王子様の側室狙いなのではと噂されていた事も、恥ずかしそうに教えてくれた。
でもなぁ……、王子様の魔王討伐は、普通の感覚ならば確実に帰ってこれない冒険と察する事ができるはずだ。
それに親が率先して名乗りを上げ、送り出したのか……。
庶民の俺にはお貴族様の思惑など分かるはずもないのだが、つい、王家に恩を売るため? 単に口減らし? と、余計な詮索をしてしまった。
サーリャもまた、回復魔法の得意な人材を王家が教会に要求した際に、選ばれたんだそうな。
サーリャよりも優秀な人材はいくらでもいたらしいが、決め手となった理由は、サーリャが孤児だったからなんだと。
ただ、意外な事にサーリャは自ら名乗りを上げたらしい。これには少々驚いた。
しかし、なぜ自ら志願したのかは答えてはくれなかった。
俺達はお茶を頂きながら、そんな感じの二人の身の上話を聞かせてもらう。
俺とラキちゃんの方も、当たり障りの無い感じで薬草採取メインの冒険者をしていると教えてあげた。
「そうだ、話は元に戻るが、明日、十層フィールドエリアの海に遊びに行こうぜ」
「明日ですか? ……どうします、セリオス様」
「だからそんな気分ではないと――」
「おっと、いいのか? そんな事言って。――あ~ぁ、折角王子様の思い人も来るようお膳立てしてやったんだけどなあ。……仕方がない、水着姿は俺達だけで拝ませてもらうか。ねー」
「ねー」
「なっ……!?」
しめしめ、食いついたぞ……!
エルレインも、アルシオーネ様が来るのでしたらと呟き、まんざらでもない感じだ。
「明日は皆で浜辺でバーベキューしたり海で泳いだりと楽しむ予定なんだがなぁー」
「王子、折角のお誘いですから行きましょうよ。心の休息も大事ですよ!」
「そうですよセリオス様!」
「そっ、そうだな……。そこまで言うなら行ってやらん事もない……かな」
こやつめハハハ……!
まぁ、この調子なら明日は来そうだな。……よしよし。
「おう! 明日の11時位に、十層の
それから、海で泳ぐのなら水着は自分で用意してほしいなど、一応個人で準備してもらう物を伝えておく。
「さてっと、――んじゃ、今日の本来の目的を果たそっか」
「はーい」
「「本来の目的?」」
エルレインとサーリャは不思議そうな顏をしている。
俺はラキちゃんにお願いすると、ラキちゃんは椅子から立ち上がり、テーブルからは少し離れて椅子に座っている王子様の傍らへ移動した。
「こんにちは王子様」
「えっ? ああ、こんにちは。……たしか君はラキシスだったかな?」
「はい。――ちょっと失礼しますねー」
突然ラキちゃんが傍らに来たので、王子様は戸惑ってしまっている。
その様子を気にも留めず、ラキちゃんは神聖魔法を行使して、たちどころに王子様の右腕を治してしまった。
「「「え? ……えっ!?」」」
「さっ、聖女様どーぞっ」
「わーい!」
そしていつものように俺はラキちゃんを負ぶるために屈んであげると、ラキちゃんは今日も元気一杯に俺の背中に飛びついてきた。
「「「あっ!」」」
どうやら三人は気が付いたようだが、ラキちゃんは彼らに向けて人差し指を口に当て、微笑みながらシーのポーズをとる。
「まっ、そーいう事だ。――んじゃーな、明日はちゃんと来いよ」
「ご馳走様でした。またねー」
「本当に……、本当に、ありがとうございました!」
王子様とサーリャは呆気に取られて言葉を発する事ができなかった。
ただエルレインだけが俺達に感謝の言葉を述べ、恭しく礼をして見送ってくれた。
次の日。
俺は今、エントランスホールから潜った先の十層
俺、ラキちゃん、リンメイに加え今日は大家さんと、なんとミリアさんまでいる。
ミリアさんは今日の海遊びで山海の珍味が堪能できると聞いて、急遽冒険者ギルドをお休みして参加する事にしたそうだ。
「そろそろ腹減ってきたなー。あいつ等ホントに来るのかな?」
「多分大丈夫だと思うんだが……おっ、噂をすれば」
今は夏のため、この海水浴場を利用する人達が大勢いる。
その人の往来の激しい
「よっ! ちゃんと来たな」
「フン……。約束通り来てやったぞ」
「本日はお誘いいただきありがとうございます」
「今日はよろしくお願いします!」
一応王子様達は冒険者の恰好をしてはいるが今日は十層という事もあり、三人ともかなりの軽装で来ていた。
エルレインはいつもの厳つい全身鎧ではなく、非常に動き易そうな軽装鎧にスカートといった出で立ちだ。
サーリャは海で遊ぶ気満々のようで、どこで手に入れたのか浮き輪を持って来ていた。
「なんだ、お前達だけなのか?」
王子様はお目当ての人が見当たらない事に、少々不満気だ。
「慌てんなって。お前の思い人は有名人だからな。ここは人目が多いから、ちょっと離れた場所で待ってもらってんだよ」
俺の説明に 「なるほど、たしかにそうだな」 と一人納得する王子様。
思わずミリアさんが 「ぶふっ」 と、噴き出してしまう。ちょ、頼みますよもう……。
「じゃ、王子様達も来た事だし行こうか。――こっちだ」
俺達は海水浴場のある浜辺を離れ、海岸沿いに歩いて行く。
たまに魔物も遭遇するがこちらは殆どが高層冒険者。ちょっと牽制すればすぐに逃げて行った。
随分と歩いたが未だに到着しない事に、王子様達は次第に焦れてきたようだ。
「おい、まだなのか!?」
「もうちょっとだ辛抱しろ。……おっ、あれかな?」
「うん! あれあれっ!」
少し先の浜辺に、レクリエーションのビーチフラッグで使うような旗が一本立っていた。
ラキちゃんが、あそこが待ち合わせの場所だと教えてくれる。
「よし、到着だ」
「ちょっと待て、誰もいないではないか!」
「まー慌てんなって」
俺はラキちゃんの方を見て合図を送ると、ラキちゃんは頷き返してくれた。
突然あまりにも場違いな 『ピンポーン』 という軽快な音が鳴り響き、空間に光の筋がドアの形に走って行く。
そして完成した光の扉が開かれると、ニコニコ顔の魔王様が、ぬうっと現れた。
「おぉ会いたかったぞラキシス! 今日は存分に楽しもうではないかっ!」
「はぁーい。今日はとびっきりの食材を沢山持ってきたから、皆期待しててねっ!」
サーフパンツ姿の魔王様の後にはビキニ姿の麗しいサラス様が続き、その後から魔族の皆さんがぞろぞろと現れた。
魔族の皆さんは、すぐにバーベキューの準備やテントの設営などに取り掛かりだす。
おっ、以前助けてあげたトリスさんと、ミラちゃんことミランダさんもいるぞ。
暫く呆気に取られていた王子様達が、漸く口を開く。
「なっ、これはどういう事だ! なぜ魔族がここにいる! アルシオーネ嬢はどうした!?」
「ハッ! 誰がアルシオーネがここに来ると言った?」
立ち尽くす王子様達を無視して俺達は魔王様の傍らに行くと、腕を組んで不敵に笑う。
大家さんとミリアさんもノリノリだ。
「ハーッハッハッハッハァ! まんまと騙されたなお前らぁ! こちらにおわすは魔王ハイネリオス陛下であらせられる! ――王子! 貴様の思い人のなぁ!」
やべぇ、こういう悪役っぽい台詞言うの、はっきり言って超楽しい!
「なんだとっ!?」
「これはどういう事ですか!? まさか……貴方達は魔に魅入られていたというのですか!?」
「何言ってんだ? お前らの国じゃ只人以外は魔王の眷属なんだろ?」
そう言ってリンメイはエルレインに向かってニヤリと笑う。
「それはっ……!」
「なぜです!? なぜ聖女様が魔王に組しているのですか!?」
「魔王様は私と仲良しさんなのですっ!」
サーリャの必死な訴えに、ラキちゃんはニコニコ顔で答えてあげる。
その会話の噛み合っていなさ加減に、思わず皆が笑ってしまう。
俺達の様子から流石に観念し覚悟を決めたのか、王子様達は周囲を警戒しながら武器を構える。
それに合わせるように、一歩、魔王様が前へ出た。
「貴様か。惚れた女のために王になりたいという愚か者は。……まったく、民草が不憫だな」
「なっ……、貴様に言われる筋合いはないっ!」
王子様は魔王様へ剣の切先を向けると、苦し紛れに言い返す。
魔王様は 『ふっ』 と不敵に笑うと、魔族の職員さんを呼び、バーベキュー用の鉄串を一本持ってこさせた。
「ふむ……、貴様程度ならこれで十分だな。――どれ、その性根を叩き直してやろう。どこからでもかかってこい」
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