069 王子達の行方

「彼ら森林大蜜蜂は、花の蜜や花粉を集めるだけでなく、甘い樹液を出す木にも、穴を開けて盗蜜行動をするんですよ」


「「「へぇー」」」


 ラキちゃんに掴まって空から蜜蜂の巣へ向かう途中、大家さんがこの蜜蜂の事を教えてくれる。

 凄いな、こいつら楓のような甘い樹液を手に入れるために、木に穴を開ける事ができるのか。

 昔、庭の枯れ木に綺麗な丸い穴を開けて巣を作っていたクマバチを思い出した。

 あんな感じに穴を開けてしまうんだろうか。


「ですので彼らの蜜はシロップのような風味があってとっても美味しく、更には薬効もあるため、とても高価なんですよ」


「「「おぉー」」」


「すげーな、ちょっとでいいから舐めてみたい!」


「うんうん!」


「実は……私も少しでいいので欲しいです……うふふ」


 ラキちゃんは次第に火の手が強く、燃える範囲が広がっている方へ向かっている。

 暫くすると、ひょっこりと周りよりも頭一つ抜けた巨樹が一本、見えてきた。


「ん……あの大きな木に巣があるみたいです。あと、蜂さんが火をなんとかしてくれたら、少し蜜あげてもいいって!」


「うひょーマジか!」


「それは頑張らないといけませんね!」


 ハハハ……。皆、蜂蜜に目が眩んで王子様達の件、忘れてしまってそう。




 俺達が降り立ったのは、今にも炎が迫ってきそうなほど勢いよく燃え盛る木々に囲まれてしまった、一際大きな木の前だった。

 縄文杉のような巨樹が普通に立ち並ぶこの樹海で、周囲の木よりも更に大きい木だったので、正直圧巻だ。

 その木には蜜蜂の巣となっている大きなうろ(樹洞)があり、周辺は右往左往と飛び交う蜜蜂で溢れていた。


「やべーな、もう火がすぐそこまで来てんぞ」


「これは、水でただ消すだけじゃだめそうですね」


「ですね。可哀想ですが飛び火を避けるために、周囲の木の枝払いをするしかなさそうですね……」


 木々が密集しているので、周囲をただ消火しただけでは意味が無いだろう。

 やはり時代劇に出てくる火消ひけしのように、周りの木をなんとかして炎が届かなくする、破壊消防をするしかないか。

 でもかなりの本数があるぞ……。


 そんな事を考えていたら、ラキちゃんは地面に手を付けると 「えいっ!」 という掛け声とともに、勢いよく魔力マナを行使した。


 ――ザアアアアァ!!! バキバキバキッ!!! ズドドドーン!!!


 見る見るうちに、巣のある巨樹を中心に、ぐるりと周囲を囲む土の壁が作られていく。


「うぉ、まじかー……」


「壁ができていく……」


「凄い……。ラキちゃんだからこそできる解決策ですねっ!」


「えへへ、周りの木を切るより囲った方が早いかなーと思ったの」


 大家さんは両手でラキちゃんとハイタッチして称賛する。

 巣のある巨樹からはそれなりに離れた位置に、燃え盛る木々を外側になぎ倒して土壁が完成してしまった。


 ラキちゃんだからこそできる、単純で豪快な解決方法だ。

 俺達がやろうとしたら、魔力マナポーションが何本も必要になるだろうし、完成までに相当な時間を必要とするだろう。


 この土壁は周囲の木よりも少し高い位だったので、外からはもう燃え移らないだろう。

 これなら後は、土壁より内側の燃えている木だけ何とかすればいい。


「では残った火の手を、手分けして消していきましょうか」


「分かりました!」


「おーっし、やるぞー!」


「おー!」


 俺達はそれぞれ、魔法を駆使して燃えている木々の消火作業に移る。


 ところで、純粋に魔力マナで生み出す炎や風や水や石礫といったものは、仮初かりそめの現象でしかない。

 そして、相当な魔力マナを消費してしまう。だから、例えば石弾などの初歩の攻撃魔法であっても、実は結構な魔力マナを必要とする。

 そのため、例えば今回のように消火に必要な大量の水が欲しい場合や、飲み水として恒久的に必要とする場合は、魔力マナを使って周囲から集めて使う事となる。


 女神様のおかげで俺はかなりの魔力マナ量を持っているようだが、残念ながら水魔法に適性が無いため、魔力マナによる仮初かりそめの水で消火するのはかなりきつい。

 なので、俺は生活魔法により周りから水を集めつつ、地道に火を消していった。




 消火活動を終えた俺達が巣のある巨樹の方へ向かうと、蜜蜂は既に、巣穴から取り出せる寸法に切り分けてくれた蜂蜜の詰まった巣脾すひを、巣の外に準備してくれていた。


「わー! 蜂さんありがとう!」


「すげー! でもこれ、どうやって持って帰る?」


「私、丁度入りそうな瓶を持ってますよ。これに入れて帰りましょう!」


「さっすが大家さん!」


 大家さんは早速、梅酒を作る時に使うような口の大きなガラス瓶をマジックバッグから取り出すと、丁寧に詰めていった。


「こんなに沢山、よく蜜蜂たちは了承してくれたもんだ。使役した蜜蜂はどうやって話を付けてくれたんだろうね?」


「なんか、女王様は他の蜂さんとテレパシーで情報共有できるんだって。だから女王様に連絡して、準備してもらってたみたい」


「えっ!?」


 女王蜂は他の個体とテレパシーで情報共有できる!? 


 ――ギフトが示したのはこれか!


 ならば、きっとこの無数に飛んでいる蜜蜂の中には、王子様達を見た存在がいるはずだ。


「ラキちゃん、使役した蜂から女王蜂に頼んでもらって、王子様達を見た蜂がいないか探してもらうって事はできないかな?」


「えっ? ちょっと聞いてみるね………………あっ、女王様が外に出てきて私とリンクしてくれるって」


「おお!」


 暫くすると、他の蜜蜂よりも大きな女王蜂が巣穴から顔をだした。

 ラキちゃんはこれまで使役していた蜜蜂とお別れすると、そっと 『蜜蜂の杖』 を女王蜂の前にかざす。

 すると女王蜂は杖の先に触れた後、再び巣の中に入って行ってしまった。

 どうやら先程触れた時点で、ラキちゃんとリンクしたようだ。


「……とりあえず女王様に王子様達の姿を共有しました。今から王子様達を見かけた蜂さんがいないか探してくれるそうだけど、ちょっと時間掛かるかもって」


「大丈夫、大丈夫、問題無いよ。お願いします」




「来た……」


 暫くした後、ラキちゃんは何かしらの情報を共有したようで、顔を上げて俺達の方へ向き直った。

 しかし、なんだか微妙そうな表情をしている……。


「えーっと……、なんか王子様達は火から逃げる亀に乗って移動してたって……」


「「「亀!?」」」


 そんな、浦島太郎じゃあるまいし亀に乗ってって……。

 この樹海、人が乗れるほど大きな亀がいるのか。


「あっ! 亀ってまさかガーデントータスですか!? ああ……だから精霊は……。はぁ……失念していました」


 大家さんは何かを思い出したようで、額に手を当ててしまう。


「大家さんはその亀に心当たりがあるのですか?」


「ええ。このエリアにはガーデントータスという、とても珍しい大きな陸亀がいるんです。きっとその亀に乗っていたんでしょう。ただ……」


「ただ?」


「どうやってその亀に乗ったのかとても不思議で……。その亀、遭遇するのがとても難しいんです」


 その亀、甲羅からの特殊な分泌物と積もった土のおかげで、背中はまるで小さな庭のように植物が生い茂っているらしい。

 そしてその小さな庭は、精霊たちの憩いの場となっているそうだ。


 小さな庭に集まる精霊たち。とても幻想的なのだが、それだけではない。

 その背中は希少な草花や低木の宝庫で、分泌物の混ざった土を含めて宝の山なので、ハンターなどに非常に狙われやすい。


 そのため、憩いの場を壊されたくない精霊たちは、常に亀に認識阻害を掛けて隠してしいるんだそうだ。

 なるほど、だから遭遇するのがとても難しいのか。


「あー、だから精霊たちが素直に教えてくれなかったんですか?」


「……恐らく」


 大家さんは何とも言えない困った顔で答えてくれた。

 たとえ精霊と親和性の高いエルフであろうと、自分たちの秘密の花園は荒らされたくないって事なんだろうか。


「てか、よくそんな亀に乗る事ができたな、あいつ等」


「……きっと、本当に偶然だったと思いますよ?」


 何てことだ。まだ亀の上だとすると、炎から逃れるように今も移動中って事になる。

 王子様達さあ、本当にある意味運がいいよな……。


「見つけたのはどの辺だったのか分かる?」


「うん、この場所からだと……あっち」


「おっし、んじゃ行ってみようぜ」


「了解でーす。目撃地点までは、また空から行きますね」




「女王様ありがとう! またどこかで~」


 ラキちゃんは 『蜜蜂の杖』 を解除して別れを告げると、土壁を越えて再び空へ舞い上がった。

 ラキちゃんが運んでくれるので、燃える木々を抜ける必要が無いので助かる。


 意外な事に、蜜蜂の巣があった巨樹からはそれほどでもない距離で、すぐに地上へ降りる事となった。


「あれ、こんなに近かったんだな」


「うん」


 俺は周囲を見渡してから、大家さんに尋ねてみる。


「大家さん、そのガーデントータスって、かなり大きな亀なんですよね?」


「はい。ですので、ガーデントータスが通れる道は自然と決まってしまいます。恐らくあちらに進んで行ったのではないでしょうか?」


 大家さんの指す方角を見ると、たしかにそちらは大きな亀が通れそうな木々の合間となっており、地面には何かが通って行ったような跡がある。


「リンメイ、追跡できそう?」


「……うん、微かにあいつ等の臭いがする。――というか、亀の背中に花畑でもあるのかしんねーけど、甘い匂いが残ってるからそれ辿った方が楽そう」


「おっ、いいね! じゃ、先頭頼むよ」


「おっけー」


 リンメイを先頭に、俺達は王子様達の追跡を開始する。

 大人三人が乗っても問題無い亀が通った道だけあって、かなり進みやすい。

 ガーデントータスは炎から逃げるために必死だったようで、低木などはお構いなしになぎ倒して進んでいた。


 どうやらこの亀、一晩の間にかなりの距離を移動したようだ。

 俺達も追跡を初めてから結構移動したと思うんだが、まだ見えてこないぞ……。


「あっ……もう少し先にいるよ!」


 おお! ラキちゃんの感知能力に反応があったか!

 なら、そろそろ見えてくるはずだ。


 そう思ったのだが……。


「うそっ!? もう匂いからして目の前にいるはずなのに、全然認識できないぞ……」


 えっ、もう目の前にいる!? ……ダメだ! 俺も全く見えない!


 ――パンッ!


 突然大家さんは拍手かしわでを打つと、その両手を扉を開くように前に押し出し左右に広げていく。


「精霊よ……解きなさい!」


 すると、見えないカーテンがサーッと取り払われるように、突如目の前に、大きなな亀が姿を現した。


「見えたっ!」


「うぉぉ、でかいなっ!」


 本当だ……。ガーデントータスの名に相応しく、甲羅の上には美しい草花や低木が生えていて、背中がまるで小さな庭園のようになっている。

 そして、そこには王子様とサーリャを両脇に抱えたエルレインが倒れていた。

 三人とも気を失っているようだ。恐らく、眠りの香を吸ってしまったんだろう。


 ――こんなに強烈な認識阻害を掛けられていたのでは、見つからないわけだ……。


 ガーデントータスは俺達が飛び乗っても気にも留めないようで、ひたすらのっしのっしと走り続けている。

 この亀、スタミナあるなぁ……。


「とりあえず、さっさと亀から降ろしちゃおうぜ!」


「分かった!」


「大家さん、俺達が三人を降ろしますので、もし亀の上に欲しい薬草があったら急いで採取してください」


「よろしいのですか!?」


 大家さんは予想外だったのか驚いている。

 大家さんにとって、この亀の上は宝の山のはず。折角こんなチャンスを逃してしまうのは勿体ない。

 俺達三人は首肯で返した。


「ありがとうございます!」


「ようし、俺達は急いでこいつ等降ろすぞ」


「「おっけー!」」


 俺達はそれぞれ一人ずつ抱え、亀から飛び降りる。

 俺が王子様を、リンメイがサーリャを、そして全身鎧を着込んだ一番重いエルレインさんを、ラキちゃんが降ろしてくれた。

 大家さんも採取し終えたようで、向こうから掛けてくるのが見えた。


 とりあえず三人を地面に並べると、突然ラキちゃんに背中を引かれて、俺は尻餅をついてしまった。

 そしてそれに合わせてリンメイは抜刀すると、王子様が横たわる場所から少し上辺りの、何もない空間を薙いだ。


 ――キィン!


 なっ!? 何が起こったんだ!?


「貴様……、なぜ分かった!?」


 なんと、後方に飛び退りながら姿を現したミリオラが、忌々しそうに呟いた。

 この光学迷彩みたいなのがミリオラのギフトか!


「は? てめー臭うんだよ、バーカ」


 リンメイは挑発するかのように、姿を現したミリオラに言葉を返す。

 その口振りが癪に障ったのが、ミリオラは物凄い形相でこちらを睨みつけてきた。


「……ちっ! これだからけだものは嫌いなんだよ!」


 今度はリンメイに切り掛かりながら、ミリオラは再び姿を消した。


「狙いは王子様だ! おっさん気を付けろ!」

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