068 樹海

「よう、三十層到達おめでと……さんっ!」


「ははっ、お前ら運が無かったなっ!」


「折角ボス倒せたのに……なぁ!」


 待ち構えていた連中は俺達が転移門ポータルから姿を現したのを見計らって切り掛かって来たが、俺はそれよりも早く身体強化フルパワーでアイアンニードルの針を投擲する。


「「「なっ!?」」」


 転移門ポータルで待ち構えていた三人は先に攻撃される事など想像もしていなかったために、避けようもなく俺の針を食らってしまう。

 一人には頭部に命中し、これだけでも致命傷になるほどのダメージを与えたようだ。


 だが、まだまだだ。続けてこれでも食らえっ!


 ――パシーン!


「ぎあぁ……!」 「ばか……な!?」 「な……ぜ!?」


 俺の雷魔法が、魔力マナの糸で繋がったままのアイアンニードルの針から炸裂する。

 透かさずマヒして動けなくなった連中を刈り取るために、リンメイが躍り出る。


「お前らの事なんてまるっとお見通しなんだよぉ!」


 リンメイは俺を飛び越えると両手の剣にそれぞれ属性魔法を纏わせて、三連撃により確実に止めをさした。




 ここの転移門ポータルは小高い丘の上にあり、転移門ポータルも石造りで結構な高さがあるため、周囲が一望できる。


「これは……何という事を! ――許せません!」


 大家さんの悲痛な叫びに改めて三十層を見渡すと、樹海が火の海となっていた……。

 転移門ポータルを出た途端、物凄い熱風が肌を焼き付けたのはこれが原因か!


「――スン……、これ……! 気を付けろ! あいつ等炎の中に眠りの香も放り込んでやがるぞっ!」


 本当だ、急に眠気がきやがった!

 俺達は慌てて大家さんお手製の中和薬キャンディを口の中に放り込む。


 くそっ、こいつ等やりたい放題だな!

 まさか、樹海に逃げ込んだ王子様達を眠らせたまま燃やそうって魂胆なのか!?


「貴様らぁ! よくも!」


 どうやらエントランスホールへ通じる転移門ポータルを見張っていた連中が、こちらの異変に気が付いたようだ。


「それはこちらの台詞です! ――精霊よ!」


――ゴウッ!!!


「えいっ!」


――パカーン!!!


 大家さんの放った風の精霊魔法が烈風となり、周りの炎を巻き込みながら敵を上空に巻き上げる。

 続けて大家さんの攻撃に合わせるように、ラキちゃんが雷魔法をお見舞いした。

 雷に打たれた三人は、成す術もなく燃え盛る樹海の方へ落ちて行く……。




 どうやら転移門ポータルは一組のパーティだけで見張っていたようで、他の連中はここにはいなかった。

 いくら不意を打てるからといって舐めすぎだろ。


 ……ああいや、ここに人員を割けないほどに、王子様達の追跡が難航している可能性もあるのか。

 樹海に火を放つ位だ……あり得るな。


「皆さん、風の生活魔法を使って常に空気だけを吸い込むように操作してください。煙を吸うと危険です」


「「「分かりました」」」


「そうだ、大家さんこれを……」


 俺は以前手に入れた炎の耐性ブローチ(強)を取り出し、大家さんに渡す。

 襲撃者達がアルシオーネさん対策で持っていたであろうこのブローチが、ここで役立つ事になるとはな……。


「まずはアルシオーネさん達を探そうか。――どう? 彼女達の追跡はできそう?」


「だめだ! こう煙が立ち込めてちゃ、臭いを辿れない……」


「私も、これだけ熱源と遮蔽物があるとちょっと無理です……ごめんなさいです」


 リンメイは残念そうに首を振り、ラキちゃんには謝られてしまった。

 こんな状況では流石の二人でも厳しいか……。


「いやいや、謝る必要はないよ。――そうだ、大家さんの精霊魔法はどうですか?」


「私の方も、炎と風の精霊たちが周りで猛り立っていて、力を振るう以外でのこちらの声に聞く耳を持ってくれません……。辛うじて向こうの方と……あっ」


 大家さんが指差す方角を向いた俺達は、かなり遠くの方で爆発したように火の粉が空に舞い上がるのが見て取れた。

 その後、突然信号弾のような光が上空に打ち上がった。


「あれは狼煙のような物でしょうか?」


 狼煙代わりだとしたら、勿論使ったのは大所帯で来ている敵さん連中だ。

 もしも仲間を呼ぶために使ったのだとしたら不味いぞ。


「あそこで戦闘が起こってる可能性がありますね。仲間を呼んだのかもしれません」


「だったらやべーじゃねーか! あたいらも行ってみようぜ! ――ラキ、また飛んで連れてってもらえるか?」


「了解ですっ!」


 再びラキちゃんに上空から運んでもらいう。

 先程信号弾のような光が打ち上がった辺りに近づくと、やはり誰かが戦っている!


 この辺りはまだ火の勢いが強くなく、燃えている箇所もまばらだ。

 俺達は戦っている連中に気づかれないように、そっと樹海の中に降りた。


「あちらです!」 「あっちだ!」 「向こうにいるね!」


 皆さん本当に優秀。俺以外はすぐに人の気配を察知して方向を示してくれる。

 だが、最近は俺も感覚が鋭くなってきたようで、なんとなく分かる。

 ……うん、たしかに……いる!




「まさか貴様がいるとはなぁ! 手間が省けたわっ!」


「あら、この程度でわたくしに勝てるとでも? 随分と……面白い事をおっしゃりますの……ねっ!」


「うぐっ! ……クソッ、小娘が!」


「バカ、先走るな! ――まだ後続が追い付いていないんだぞ!」


「……忌々しい、魔に魅入られし愚かな一族め!」


「数はこちらの方が上だ。焦る必要は無い……ぐぁっ!?」


「なんだ!? 新手か!? ……ぎゃっ!」


「いまだアルシオーネさん!」


 一人はマヒし、もう一人は針の周りが凍りつく。

 俺達の姿に驚きながらも俺とリンメイが投擲で作った隙に素早く反応し、アルシオーネは二人に止めを刺す。


「貴方達どうやってここに!?」


「皆が心配で来ちゃった。――ちょっとズルしてね……えへへ」


 リンメイは少々言いにくそうにアルシオーネに答える。

 まあ真面目に攻略してる冒険者からしたらズルだしね……。


「仲間がいただと!? ……ってお前らは!」


 俺達の顔を覚えている奴がいた事に驚きだ。

 俺もお前の顔は覚えているぞ。


「よぅ、また会ったな。――やっぱりお前らカサンドラ王国の手の者だったんだな」


「貴様……、もしやアルティナの間諜か!?――がはっ!」


俺達に気を取られていたそいつは、マイラのシールドバッシュを食らって吹き飛ばされてしまう。

そして流れるような連携で、アルシオーネがハルバードを一閃させ止めを刺す。


「この状況で注意を欠くとか素人かよ」


「所詮はその程度の騎士達です。恐れるに足りません」


「貴様……言わせておけばぁ!」


――どぷん! ごぼぼっ! ずぶぶっ!


「なっ!? ばかな!」


 いきり立つ連中がこちらに向かってくるも、突然沼地のように深いぬかるみに足を取られてしまう。

 どういうことだ? その場所は先程まで普通の地面だったはずだ。


「ちょろいなぁ」


 あっ、これファルンさんの魔法なのか!

 続けてファルンは、杖をかざして魔力マナを行使する。


 ――ザァァ! バグン!


 なんと、泥がまるで魔物の大きな口のようにせり上がり、たちまちのうちに連中を飲み込んでしまった。

 なるほど、ファルンさんは水と土の複合魔法で、落ち葉で見えない地面を沼地のようにしたのか。


 石材の回廊が多い迷宮ではあまり使えない、フィールドエリアならではのトラップのような魔法だ。

 派手さは無いが、はっきり言ってえげつない魔法だな……。




 ここにはアルシオーネ、マイラ、ファルンの三人しかいなかった。


「あっ、あの! アルシオーネさん、お姉ちゃんは!?」


「あっと、そうでしたわ。――安心して、メイランは無事よ。わたくし達は現在、二手に分かれて行動中なの」


「そうだったんだ。……よかった」


 メイランの安否を確認する事ができたリンメイは、不安げな表情から一転して安堵の表情を浮かべた。

 よかった、他の人たちも無事なんだな。


「追跡が得意な三人にセリオス達の捜索を任せて、わたくし達が追っ手の始末をしている最中なのです」


「でもね、残念ながら王子達まだ見つかってないのよ。――そうだ、貴方達も彼らの捜索に回ってくれない?」


「だな。ここはあたいらで大丈夫だから、頼むよ」


 そうか、まだ王子様達は見つかってないのか。

 不味いな……。次第に火の手が広がってきている。

 早く探しに向かった方がよさそうだ。


「分かりました。あのっ、お姉ちゃん達は今どっちを探しているんですか?」


「そうね……クルトン君、カーミラは今どっちにいる?」


 よく見ると、ファルンさんの肩にはクルトン君がちょこんと乗っていた。

 クルトン君はここよりも更に奥の方を指差す。

 なるほど、クルトン君があちらのチームとのつなぎ役をしているんだな。


「じゃ、あたいらはこっちの方を探してみよう」


「了解だ」 「分かりました」 「はーい」


 おや、メイランさんに合流するわけじゃないのか。

 俺達はリンメイに従い、カーミラさん達が捜索している方角から少しばかり逸れた方角に向かう事にした。


「ん?」


 どうやら何者かが大勢、こちらの方へ向かってくるな。

 先程奴らが言っていた後続のグループか。


「来ましたわね」


「奴等はあたいらが引き付けておくからさ、火の手が回る前に早く王子達見つけてやってくれ」


「頼んだわよ」


「……分かりました。皆さんもお気を付けて」


 少々アルシオーネさん達の顔色が気になる。

 いくら彼女達一人一人が魔女と評されるほど桁外れに強くても、昨日からずっと戦っているはずだ。

 睡眠不足もあり、疲労が蓄積しているだろうから少々心配だな……。


 ――そうだ。


 去り際にラキちゃんに耳打ちすると、ラキちゃんは快く了承してくれた。


「これは……ふふっ、ありがとう聖女様」


「これが神聖魔法か……。ありがたい!」


「ややっ……これは助かる。ありがとねー」


 少しでも負担が軽減すればと思い、彼女らに神聖魔法を掛けてもらうようラキちゃんにお願いした。

 うん、三人の顔色が良くなった。目に見えて効果が表れたようだ。

 流石は女神様の恩寵。


 俺達はアルシオーネ達に手を振ると、急いで駆けだした。

 火の手が回る前に、急いで王子様達を探さないと。

 ホントさぁ、何処にいるんだよあのバカ王子……。




「メイランさんに合流しなくてよかったのか?」


「うん、今は手分けして探した方がいいかなって……」


「そっか。――ところで、こっちに向かったのは何か目星を付けれるような痕跡でもあったから?」


「あっ、いやそれが……お姉ちゃん達と被らないようにしただけで、なんとなく? みたいなー……アハハ……」


「おおぅ……」


 参ったな。当てがある訳じゃなかったのか……。

 考えたくない事だが、もう既に王子様達が炎に飲み込まれた可能性もあるわけだし、どうやって探したらいいんだ。


 周りに注意を払いながら暫く進むと、まだ炎の影響が少ない辺りまできた。

 この辺なら大家さんの精霊魔法がいけるか?


「大家さん、この辺りなら精霊は教えてくれませんか?」


「それが、先程からやってみてはいるのですが、答えてくれるのは 『この辺にはいない』 という事だけなんです」


「そうですか……」


「どうも何か……精霊の様子が……うーん……」


 大家さんは何か腑に落ちない点があるようで、首を傾げている。

 どうやら精霊って、必ず意のままに従わせる事ができるって訳でもないんだね。


「てか、おっさんのギフトはどーなんだよ? 前にトラップ部屋にいた連中みたいに見つける事できねーのか?」


「うーん、俺のギフトっていつも突然だからなぁ……」


 そう言えば、自分から 【虫の知らせ】 を求めた事ってなかったな。

 ダメ元でお願いしてみるか。女神様、どうかお知恵をお貸しくださいませ……。


 ――ゴンッ!


「あだっ! っつー……、なんだ!?」


 足元を見ると、俺の頭にぶつかって来たのは、カブトムシ位はありそうな蜂だった。

 かなり大きいが外見からして蜜蜂っぽい。もこもこしてて結構かわいいな。

 でも煙に燻されたせいか、俺にぶつかったせいか、今にも死にそうだ。


 ―― 【虫の知らせ】 じゃなくて虫が飛んで来たよ……。って……蜜蜂か…………蜜蜂!?


「お兄ちゃん大丈夫?」


「大丈夫。それよりラキちゃん、この蜜蜂を助けて使役してほしい!」


「えっ? あっ、了解ですっ!」


 すぐにラキちゃんは俺の意図を理解してくれたようで、神聖魔法を使って蜜蜂を助け、 『蜜蜂の杖』 の先に止まらせた。


「この蜜蜂に王子様達を見たか聞いて欲しいんだが……どう?」


「んー……、見てないって。それよりも蜂さん、巣が燃えそうだから助けて欲しいって言ってる」


 なんと、逆に蜜蜂から助けを求められてしまったようで、ラキちゃんは困った顔をしている。

 そして申し訳なさそうに、控えめに呟いた。


「あの……、今から助けに行ってあげていい?」


「今からか!? 流石にそんな時間ねーだろ……」


 どうしよう。基本的にラキちゃんにお願いされたら、何でも叶えてあげたい。

 しかし刻一刻と火の手が広がってきている今は、正直言って時間が全く足りない。

 可哀想だが、ちょっと寄り道している余裕は……。


 ――その時、俺の頭に 【虫の知らせ】 の警鐘が鳴り響いた。


 ここでギフトが発動!? ……えっ、そういう事なの女神様!?


「いや、その蜜蜂の願いを聞いてあげよう。――俺のギフトが発動した」


「「!」」


「おっ、マジか!」


「ああ。なので、ラキちゃん案内お願いできるかな?」


「はいっ! ――では行きますよー!」


 蜜蜂は先導するように飛び上がる。

 俺達はラキちゃんに掴まると、蜜蜂の後を追って再び空に舞い上がった。

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