065 歯車は動き出す
今日はエルレインさんの最後の治療の日。
「本日もよろしくお願いします。今回はこちらのカーミラが随伴いたします」
「ふわぁあぁ~。……カーミラだよ。よろしくねぇ~。特技は三つ数えるうちに寝る事なんだよっ。一、ニ、三……ぐぅ……」
「ちょっ……、もう! しっかりしてくださいまし」
「……日中は力がでないんだよぅー」
のび太君のような人だな……。
挨拶したと思ったらいきなりアルシオーネにもたれ掛かって眠ろうとしているんだが、大丈夫なんだろうか……。
このカーミラも 『紅玉の戦乙女』 のメンバーの一人。
色白で茶色に近い金髪の、まるでアンティークドールのような美しい女性だ。
瞳が月のように美しい金色をしている。
以前エルレインの手紙を届けた時にカーミラは居なかったので、こうしてちゃんと会話するのは初めてだ。
このように寝るのが大好きなカーミラは暇さえあれば寝ているため、あの日も部屋で寝ていたらしい。
カーミラは所謂ヴァンパイアだ。
この世界でのヴァンパイアは亜人の一つと位置付けられ、勿論アンデッドではない。
ヴァンパイアの最大の特徴ともいうべき人の血を吸う行為はするのだが、俺の世界の物語にあったような、例えば川が渡れないだとか許可が無いと人の家に入れないだとかいう制約は無い。
こちらのヴァンパイアは、太陽の光を浴びても死ぬことは無いが、日中は人の半分程度の力しか出す事ができない。
代わりに、夜には人の三倍ほどの力を出す事ができる。また、魔力と寿命はエルフを凌ぐほどである。
人なので勿論ギフトも持っているのだが、大抵はヴァンパイア特有のギフトらしい。
ギフトとは別に眷属を従えたりできるし、他にも様々な能力を持っているらしく、なかなかにチートな種族だ。
今回カーミラは自分の眷属をエルレインに預けるために同行する。
王子様達が高層へ向かう時期を、眷属を介してこちらに教えてもらうためだ。
教皇庁までは徒歩で行くのだが、もう既にカーミラの足取りがやばい。
というか、僅かに宙に浮いている体を、リンメイに引っ張ってもらっている……。
「カーミラさん、お願いだから帰るまでは寝ないでおくれよー」
「わーってる、わーってる、にははは……」
「カーミラさんは寝るのがお好きなんですね」
ラキちゃんの何気ない一言で、それまで眠そうにしていたカーミラの目が、カッと開かれた。
「大好きさぁ! 寝るのはいいよぉ。この季節は部屋をガンガンに冷やして毛布に包まって寝るのが最高なのさっ!」
「そっ、そうなんですか」
「そうだともっ!」
「あと枕に関して私は一家言あるぞっ! 今度教えてあげよう!」
「あっ、ありがとうございます……」
さっきまで眠そうだったのはどこへやら。途端に元気になってしまったぞ。
あまりの変貌ぶりに、ラキちゃんは若干引き気味だ。
「そうそう、君たちはサリア氏の所に下宿しているそうじゃないか。氏の作る快眠用の香薬は素晴らしい品ばかりだから、君たちも一度試してみるといいぞっ!」
「香薬?」
「お香や香油などの事さぁ」
「へぇ~。今度サリアお姉ちゃんに聞いてみますね」
眠りの香のように強制的に眠らせる薬ではなく、快眠を誘うアロマ的なお香の類か。
カーミラはそれ以外にも、ベッドや寝具など、色々なこだわりを熱く語ってくれた。
寝るという事に関して話題が尽きないのに驚いてしまう。
カーミラの話に相槌を打ちながら歩いていたら、あっという間に教皇庁に到着してしまった。
前回同様に護衛付きの馬車を手配してもらい、今回も王子様が借りている館まで送迎してもらう。
「そういえば、今日エルレインさんに預ける予定の眷属ってどこにいるんです?」
「……んぁ? ああ、ちゃんとここにいるよ~」
眠たそうな目をこすり、カーミラが懐から取り出したのは小さなネズミだった。
「草ネズミのクルトン君だ。 ――はい、皆にご挨拶」
カーミラのてのひらに乗っているクルトン君は、可愛らしくお辞儀をした。
「わー! クルトン君よろしくですー!」
小さくて愛嬌のある姿にラキちゃんは大喜びだ。
たしか女神様情報だと、草ネズミは季節に合わせて毛の色が草の色に生え変わる、野原に住む小さなネズミだったはず。
なるほど、だから夏の季節の今は鮮やかな緑色の毛並みなのか。
おっ、王子様が借りている館にかなり近づいてきたようだ。
三度目の訪問となるので、俺もなんとなく場所を覚えてしまっている。
「そろそろ王子様の館に着くから、仮面を付けようか」
「はーい」 「おっけー」 「あいあーい」
王子様とエルレインは、ちょうど庭で剣の稽古をしていた。
どうやら俺達の馬車に気が付いたようで、稽古を止めてこちらに向かって来る。
今日も騎士のフレンダと賢者のカルラはおらず、出迎えてくれたのは王子様とエルレインとアサシンのミリオラに神官のサーリャの四人だった。
後ろには侍女達が控えている。
「すまない聖女殿、今日が治療の日だという事を失念していた。このような格好で申し訳ない」
「大丈夫ですよ。お気遣いなく」
「そうか。――ではエルレイン嬢、早速中で治療に当たってもらおう」
「かしこまりました」
しかし、そこに待ったをかけたのはミリオラだった。
「お待ちください王子。もう残る治療は手首より先のみ。我らが立ち会っても問題ないはずです。――本日はこの庭で治療してもらいましょう」
突然のミリオラの発言に、俺達とエルレインとの関係に感づかれてしまったのではないかと緊張が走る。
サーリャも 「そうです! ぜひ女神様の恩寵を私達も拝見させていただきましょう!」 と、ミリオラの進言に追従する。
「ふむ、そうだな……。――どうだろう? 今回は我らも同席して構わないだろうか?」
「えっ……、あっ……、もっ、勿論でございます」
断る理由が思いつかないため、エルレインは了承してしまう。これは仕方がない。
……しかし参ったな。カーミラさんの眷属を説明し、預かってもらうタイミングが無くなってしまった。
「では聖女様、どうぞこちらにお越しください」
エルレインに促され、俺達はテラスの方へ案内される。
一先ず患者であるエルレインを椅子に座らせ、治療をするラキちゃんを守るような形で俺はラキちゃんの後ろに、カーミラはエルレインの後ろで、リンメイは二人の間に位置する場所に立ってもらい、丁度俺達三人でエルレインさんとラキちゃんを三角形で囲むような配置をする。
「我らの役目は聖女様をお守りする事。このような立ち位置をご容赦頂きたい」
「勿論だ」
王子様の了承も得たので、早速治療に移る。
「では聖女様、よろしくお願い致します」
「承りました」
ラキちゃんが手をかざすと、瞬く間に左手首より先が再生されていく。
王子様達は神聖魔法での治療を初めて目にするのか、感嘆の声を上げている。
「この力が我らのパーティにもあれば……」
「……申し訳ありません」
「ああいや、そういう意味で言ったわけではないんだ。……すまない」
王子様の言葉に、神官であるサーリャは苦渋に満ちた表情をしていた。
エルレインは見事に元に戻った左手を慈しむようにしながら、頻りにお礼を述べた。
これで三回に分けた施術も終わりだ。
これまでのように聖女様は力を使い切った演出しないといけないので、俺は聖女様を負ぶるために屈んだ。
しかし、ここでまさかの事態が発生する。
「さっ、聖女様どうぞ」
「わーい!」
「「「えっ!?」」」
なんとラキちゃんはこれまでのように、元気いっぱいに俺の背中に飛び乗ってきてしまった。
今日は王子様達がいるんだよラキちゃん……。
「えっ?…………あっ! もうだめですぅ~……スヤァ」
「あ、あははは……聖女様は最後の力を振り絞って私の背中に体を預けたようです……はい」
「そっ、そうか。お大事にな……」
王子様は釈然としないながらも労いの言葉を掛けてくれたが、その後ろに控えているミリオラが物凄い不審な目でこちらを見ている……。
うへぇ不味いな……、ボロが出ないうちにさっさと帰ろう。
「この度は誠にありがとうございました」
エルレインを先頭に、王子様達は馬車に乗り込む俺達を見送ってくれる。
見るとエルレインの肩にはちょこんとクルトン君が乗っているじゃないか。いつの間に……。
彼女のボリュームのある髪の毛のおかげで、後ろの連中にはクルトン君は見えない。
クルトン君は俺達に一度手を振ると、エルレインのうなじの方へ入って行き、見えなくなった。
「貴方に女神様のご加護がありますように。――それではこれで失礼します。ごきげんよう」
王子様達の館を離れ、やっと人心地つく。
「クルトン君を無事に預ける事ができたようですね」
「うん。先程ラキシス君が皆を惹き付けてくれたからね。あの時に渡したんだよー」
「あっ、あはははは……。先程はすみません……」
途端にラキちゃんはしょんぼりしてしまう。
「気にしない気にしない。――禍を転じて福となすってね。ラキちゃんのおかげでクルトン君を預ける事ができたんだ。結果オーライだよ」
「はい……」
「気にすんなって。何か美味いもんでも食って帰ろーぜ」
「いいねぇ。――んじゃ、帰りに僕のお勧めの店に連れてってあげよう」
報告を済ませ教皇庁を後にした俺達は、カーミラと一緒に食事をして帰る事にした。
案内された店内は割と暗めだが、落ち着いた雰囲気のお店で、とても良い感じ。
ここはカーミラが以前住んでいた国の郷土料理を出すお店らしく、俺達にはお勧めがよく分からなかったので注文はカーミラにお任せしてしまった。
「カーミラさんは血を摂取する以外に、普通に食事をされるんですね」
「君は僕をなんだと思っているんだい? 勿論生きるために人の血は必要だが……あっ! ねえ、君たちはどんなギフトを持っているのかな? かな?」
突然思い出したようにギフトの話を振られ、俺達は思わず顔を見合わせてしまう。
まぁ、カーミラさんなら教えても良いか……。
「一応教えても構いませんが、他言無用でお願いしますね」
「勿論さ! お返しに僕のも教えてあげるよー」
おっ、カーミラさんのも教えてもらえるのか。
『紅玉の戦乙女』 の一人のギフトの情報。メイランさんのように二つ名のごとく世間に知られている人もいれば、カーミラさんのように謎のままのメンバーもいる。
これは興味を惹かれる。
「俺は 【虫の知らせ】 ってギフトです」
「私は 【神聖魔法】 と 【威力倍増】 ですっ」
「あたいは 【鑑定技能】 だね」
「ほう! 皆良いの持ってるじゃないか~。ケイタ君のはあんまり聞かないね。結構レアなのかな?」
意外な事に、カーミラは三人の中で俺のギフトに興味を示したようだ。
「どうなんでしょうね? 何かしらの警告などを知らせてくれるギフトなんですが、何に対してかは、はっきりと分からないので、ちょっと微妙な感じです」
「未来予知系統か! 良いじゃん良いじゃん! ――じゃ、次は僕の番だね。僕のは 【血の恩恵】 っていうんだ」
「へぇー。名前からして、血を摂取すると何かある感じです?」
「そーそー。誰かの血を頂くとね、その人の
「はっ!?」
「えっ、まじかよ!?」
「すごーい!」
ちょっ、これぞまさにチートって感じのギフトじゃないか!
とんでもねぇー!!!
「だからね、ええっと……、こうやっていろんな人の血をストックしてあるのさー」
そう言ってカーミラは血の入った幾つもの小瓶をマジックバッグから取り出し、テーブルの上に並べた。
あの小瓶はポーションで使われているのと同じで、長期保存がきくやつだ。
「そこでだ。三人のうち、ケイタ君のギフトだけまだ持ってないから、ちょこーっとだけでいいから血を分けてくれないかなー……なんて」
「えっ」
上目遣いにこちらを見るカーミラに、俺は思わず首筋を押さえて身構えてしまう。
そうか、だから俺達のギフトを聞いてきたのか。
「だめ?」
「もっ、もしかして首筋をがぶっとしたりするんです?」
「もぅ! いつの時代の事を言ってるのさ! 今はそういう事するのは愛し合う者同士だけだよっ。……あっ、もしかしてそういうのがお好み?」
「ちっ、違いますってば!」
カーミラさんは口に手を当ててニヨニヨと笑っているが、ラキちゃんとリンメイの視線が痛い……。
「血を頂く時は痛みも無いし、すぐに終わるから~。ねっ、頼むよぉ~」
終いにはカーミラさん、手を合わせて拝んできたよ……。
まいったなぁ……。
「うーん…………、しょうがないな、少しだけですよ」
「やったっ!」
カーミラはパチンと指を鳴らすと、すぐに鞄から空の小瓶を取り出し、それを握りしめる。
そして、その握りしめた手のうち、人差し指だけをピンと突き出した。
「この人差し指で触れさせてもらった所から血を頂く。すぐに終わるから、じっとしててくれたまえ」
そう言いながら、カーミラはその人差し指を俺の首筋にそっと触れた。
途端に、握りしめられた小瓶に血が溜まりだす。
凄いな、血を抜かれているはずなのに、傷みが全くない。
「こんなもんかな? ありがとうっ! ――ではさっそく……」
「えっ、もう飲んじゃうの?」
「まあねー。一応ギフトの確認しときたいからさっ」
言うや否や、カーミラはクイッと一息に俺の血を飲んだ。
「……ん!? ……うむ、うむ!……ケイタ君の血は素晴らしいな! 十歳は若返ったように活力がみなぎってくるよ! あれ?……でも……これは……まさかケイタ君のギフトは恩寵? だめだ使えない……。くぅー残念」
「えっ、恩寵? 何か違うんです?」
「恩恵は世の人全てに平等に与えられるが、恩寵は女神様が直接与える力なんだよ。神聖魔法が良い例だね。これは魂と紐付けされているから、僕のギフトじゃ使えないんだよねー」
なんと、俺のギフトも神聖魔法と同じく女神様の恩寵だったのか。女神様、微妙なギフトと言ってごめんなさい。
「ふふっ、凄いねケイタ君。女神様にめっちゃ気に入られているって事じゃないか」
「ははっ、どうなんでしょうね……」
そんな感じでギフトについて談笑していると、漸く料理が運ばれてきた。
「おっ、やっと料理がきたね! さっ、食べよう食べよう!」
次々と並べられるカーミラお勧めの料理は、どれも美味しかった。
どの料理がなんて名前なのかさっぱりだったので、次に来るときのためにしっかりとメモしておこう。
今回俺から血を頂いたって事で、そのお礼に食事代はカーミラが持ってくれた。ごちそうさまです。
ただ、俺の血ではギフトの行使ができないはずなのだが、なぜか小瓶もう一本分の血を要求されてしまった……。
その夜、カーミラの眷属 (今回は蝙蝠のピエール君) が俺達の下宿先を訪ねてきて、王子様達が高層に挑む日時を教えてくれた。
思ったよりも早い。しかもいきなり高層へ行くのかよ。
奴等、エルレインさんにリハビリの時間すら与えないつもりなのか。
王子様、いいのかそれで本当に……。
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