050 エルレイン

 とりあえずこのままの状況では色々と不味そうなので、エルレインには一先ずクローゼットから出てきてもらい、ベッドに腰掛けさせて訳を聞く。


「えっと、なぜ治療を拒むのですか?」


「それは……今のままでいる限り、ダンジョンに行かなくて済むからです……。 もう……行きたくないんです……」


 そう言い、涙ぐんでしまう。

 まぁ何となく気持ちは分かる……。このままだと王子様の死出の旅路に同行する事間違いないし。


「それに……ハッ! あっいえ、なんでもありません……」


 エルレインが何かを発しようとしたら、扉を開く音が聞こえた。


「なんだエルレイン嬢、戻ってきていたのか。心配かけさせないでくれ」


「申し訳ありませんセリオス様」


 王子様は侍女にエルレインが居た事を伝えると、程なくして他のパーティメンバーもぞろぞろと入ってきた。

 神官の女は見つかって良かったと胸を撫で下ろしているが、魔法使い風の女と女騎士はぶつくさ文句を言っている。

 あと一人、レンジャー風の女は何も言葉を発せず従者のように付き従っている感じだった。


「さあ聖女殿、早速治療に当たってくれたまえ」


 先程エルレインが何を言いたかったのか気になる……。――王子様達を少しの間、遠ざけるか。


「エルレイン様は治療中は我ら以外に肌をさらけるのを拒んでおいでです」


 そう言い、エルレインの方を向くと、はっとした顏をした後、続けてエルレインも合わせてくれた。


「はい。淑女たるもの、むやみに肌を晒す訳にはまいりません。――聖女様御一行以外の方々は、どうかご退出をお願いします」


「あっとそうだな、これは大変失礼した。では我らは退出するとしよう。――聖女殿、よろしく頼むぞ」


「承知いたしました」


 他のパーティメンバーは納得していない感じだったが、流石は良くも悪くも純粋な王子様。皆を引き連れ外に出て行ってくれた。

 神官の女はどうしても残りたかったようだが……。

 扉が閉まるのを確認してから、会話を再開する。


「勝手な事を言ってしまい済みません。何か彼らには聞かれたくない事のようでしたので」


「お心遣い感謝致します」


 それからエルレインは暫く思案した後、意を決したように語りだした。


「その……わたくしの我儘とは別に、直ぐにダンジョンへ行くわけにはいかない理由があります。せめて治療を数回に分けて引き延ばして頂く事はできないでしょうか? ――なるべく長く」


 予想外の事にどうしたらよいのか分からず、自然と俺達三人はラムリスの方を向いてしまう。


「そうですね……、あまり前例はありませんが、こちらとしては何も問題はありません。ただ、外にいらっしゃる方々にどのように説明したらよいか……」


「それならラキ……じゃない聖女様はまだ修行中だから一回で全部できませーんって事にしたらどーだ?」


「それいいな。とりあえず関節ごとに三回位に分けとくか? あまり分割しすぎても胡散臭く思われるだろうし」


「三回ですか……。それだと日を分けてもニ日しか稼げませんね。……では聖女様が力を回復するのに五日ほど掛かるというのはどうでしょう?」


「ああ、それ良いですね。それなら十日は稼げそうだ」


 どうやらラムリスも今回のイレギュラーを楽しんでいるようで、随分と乗り気だ。

 結局、治療は三回に分けて行う事となった。一回目は肘関節までとし、次回は手首まで、最後は指先まで全部。

 また、ラムリスの案を取り入れて聖女の回復に五日必要とする事にした。

 それに伴い、聖女様が力尽きた演出をするために、帰りは俺がラキちゃんを負ぶって帰る事になった。


「じゃ、とりあえずさっさと治療しちまおうぜ。聖女様、サクッとやっちまってくれ」


「はーい」


 リンメイさん、もうちょっと言葉遣い……。

 ラキちゃんの返事と共に、あっという間にエルレインの左肩から肘関節までが綺麗に元通りとなった。

 あっさりと肘関節まで元通りになった事に驚愕し、頻りにエルレインはお礼を述べる。


 さて、とりあえずこれで今日の御勤めは終了だな。


「さっ、聖女様どーぞ」


 俺はラキちゃんを負ぶるためにしゃがむと、ラキちゃんは 「わーい!」 と言って、とても嬉しそうに飛びついて来た。

 扉に向かい外の連中に終わりを告げようとしたら、エルレインに呼び止められてしまう。


「あの、皆様は 『紅玉の戦乙女』 という冒険者のパーティをご存知でしょうか?」


「ええ、知ってますよ。この都では有名ですから」


 思わず皆で顔を見合わせた後、とりあえず知っていると伝える。

 するとエルレインは一通の手紙を取り出した。


「皆様を見込んでお願いがございます。この手紙を 『紅玉の戦乙女』 のアルシオーネ様に届けていただく事はできないでしょうか?」


「まぁそれ位なら構いませんよ」


「ありがとうございます。 わたくしはアルシオーネ様と旧知の間柄で、一度お手紙を差し上げたいと思っていたのです」


 エルレインはアルシオーネさんと親しい間柄だったのか。

 まあこれくらいの依頼なら受けてあげよう。


 受け取った手紙をしまうと、外の連中に本日の治療は終わったと伝える。

 王子様達はエルレインの左腕を見るなり、不快を露わにする。


「なに? 肘までしか元に戻ってないじゃない!」


「聖女様はまだ修行中の身ゆえ、一度の治療はこれが限界なのです」


 只今ラキちゃんは俺の背中でお休み中だ。


「ではまた明日という事か」


「いえ、お力を使い果たしてしまいました故、続きは五日後を予定しております」


「五日後!? そんなに掛かるのか!」


「申し訳ありません」


「なんでこんな未熟な聖女を寄越すのよ! 随分と舐められたものね!」


「他の聖女を寄越すようにはできないのか!」


「何分聖女様はどなたもお忙しい身でありまして……」


 魔法使い風の女と、女騎士が言いたい放題な事を言ってくる。

 こいつ等四層のボス部屋前でも口を出してきていた二人だったよな。

 ホントうざい……。


「君たちその辺にしておきたまえ。来てくれただけでも感謝しよう。――では五日後、また頼むぞ」


「承知いたしました」


 なんだろう、こうしてみるとやっぱりこの王子様、割とまともな感じがするな。




 さっさとこの場を離れたかったので、俺達はいそいそと馬車に駆けこむ。

 ラキちゃんを背中から降ろしてあげると、どうやらそのまま寝ちゃったようだった。


 馬車が走り出すと、やっと人心地つく。


「まさかあの王子様の所とはなあ。しかもなんか面倒事に巻き込まれた感じだし」


「なんか申し訳ありません」


「ああいや、ラムリス様が謝る事じゃないですよ。気にしないで下さい」


「それにしても、なんだよあの騎士と魔法士。クソムカつくなー!」


「まぁな……。あと二回も連中と顏合わせなきゃいけないのが憂鬱だ」


 そういえばと思い出し、俺はおもむろに手紙を取り出す。


「――とりあえず戻った後でこの手紙をアルシオーネさんの所に届けるか。リンメイは彼女達が住んでる場所知ってる?」


「うん知ってる」


「じゃ帰りに寄ってこうか。案内頼むよ」


「オッケー」


 宮殿の方へ戻った後、結果を報告して本日の聖女の御勤めは終了だ。

 ラムリスはその後も俺達について来たかったようだが、勿論教皇聖下に止められていた。


 リンメイに案内され、俺達はアルシオーネさん達が拠点としている住居に向かう。

 案内されたのは、この国で重要な職に就いているであろう人達が多く住む高級住宅街の一角にあった。

 定期的に警備の人間が巡回しているような地区のため、不審者は近づけそうにない。


「ダンジョンで活動してるから、もっとダンジョンに近い場所にあるのかと思ってたよ」


「アルシオーネさんの家族も住んでるからなー、なるべく静かな場所が良かったんだってさ」


 リンメイは門番のお爺さんと顔馴染みのようで、すぐに中に通してくれた。

 あのお爺さんはアルシオーネさん一家が国を追われた時も付いて来て守ってくれた忠義の士なんだそうな。




「ようこそいらっしゃいました」


 アルシオーネさん達は今日はお休みだったようで、屋敷でゆっくりとしていた。

 メイランさんはリンメイが自分から訪ねてきてくれた事がとても嬉しかったようで、人目を憚らずリンメイを抱きしめてしまう。


「ちょっ、ちょ……お姉ちゃんやめてってば、恥ずかしい」


「いいじゃないっ」


 俺達は用件を済ませたらさっさと帰るつもりだったんだけど、お茶でも召し上がって行って下さいと応接室に案内される。

 とりあえずお茶を出してもらったところで、本日伺った本題に入る。


「本日はセリオス王子のパーティの一人、エルレインさんからこちらを預かったので、お持ちしました」


「まぁ、エルレインさんから!?」


 とりあえず経緯は伏せ、エルレインから預かった手紙をアルシオーネさんに渡す。

 アルシオーネさんはエルレインの安否が気になっていたらしく、手紙を貰えたことに大変嬉しそうだった。

 早速手紙に目を通すと、アルシオーネさんは次第に表情が険しくなっていく。


「やはりあの時カルラは殺しておくべきでしたわ。はぁ…………ほんとお節介な聖女様には困ったものです」


 突然物騒な事を言い、俺の隣でお菓子を食べているラキちゃんをちらりと見る。

 それからエルレインから貰った手紙の内容を説明してくれた。


 事の発端は偶然エルレインが王子様の暗殺計画を耳にしてしまった事に始まる。

 あの悪態をついていた女騎士フレンダと魔法使い風の女カルラはどちらも第一王子の息が掛かっているらしく、更にはレンジャー風の女ミリオラは王家を陰で支える部隊からの派遣だった。

 この三人が主導となり王子様はダンジョン内で事故に見せかけて殺される事が決まっていたようだ。


 しかし低層などであっさりとダンジョンに敗北したとなると王家としての体裁が悪いし、自分たちは何をやっていたのだとなるから、高層以降で始末するように指示されていた。

 だからさっさと高層まで行って実行に移したかったんだが、エルレインがボス戦で片腕を失いリタイヤした事で、高層以降に進めずに現在に至る。


 この片腕を失ったのはエルレインがわざと行ったらしい。

 どうやら神官の女サーリャとエルレインは人身御供として王子様と一緒に始末されるはずだったようで、どうにかしてこれを回避したいと思って行動した結果なんだとか。


 見事上手くいき、これでダンジョンに行かなければ少なくとも自分は殺されずに済むと思ったのだが、残念な事に自分の代わりのパーティメンバーは見つからず、結局自分を治療して再びダンジョンに同行する方向となったために困り果てたそうだ。


 迂闊に王子に話しても確実に悪い方向にしか行かないし、教会から派遣されたサーリャに話してもどうにもならないし、逃げたくても逃げれないし、できるなら王子とサーリャは助けたいしで、もうどうしたら良いのか分からない状況だったらしい。

 更に悪い事に、エルレインの代わりにしようとしていたアルシオーネがあまりに強かったため、不安になった三人は万全を期すために国から増援を呼んでしまったようだ。


 うへぇ……正直聞かなかった事にして帰りたい。でもあの時カルラを助けちゃったのがラキちゃんだとバレてるようだしなあ。

 さっさと手紙の内容を俺達に聞かせたのは巻き込むつもり満々だこれ……。

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