045 アルティナの聖女

「あの人達まだ付いて来てるね」


「はっきり言って邪魔だな」


「参ったなぁ……」


 俺達は今、迷宮エリアの十一層を探索中だ。

 後ろを見ると、見える範囲に先程の神学校の生徒三人が俺達の後を付いて来ている。

 俺達が立ち止まると、小走りに彼女たちは近づいて来た。


「あのさあ、君ら危ないからもう帰りなよ」


「謝罪を受け入れて頂けるまでは帰る訳にはまいりません」


「謝罪も何も俺らは何とも思ってはいない。君らとは縁が無かっただけだ」


「そんな事をおっしゃらないで下さい」


 途端に少女は悲し気な表情をして哀願した。


「どうしてそんなに俺達に拘る?」


「それはっ……」


 少女は言葉を詰まらせてしまう。

 ……推測だが、そこまで拘る理由は何となく分かってしまう。

 高貴な生まれでその容姿。多分この子はラクス様と血の繋がりのある子だ。

 きっと何かしら理由があってラキちゃんに接触をしに来たんだろう。

 ここではっきり言えないという事は、後ろの少年達は事情を知らないって事だろうか?


 もーしょうがないなあ。助け舟を出すか……。


「はぁ……、本当はうちのラキシスと友達になりたくて声を掛けたんだろう?」


「そっ、そうです! そうなんです! とても若い神官さんがダンジョンへ向かうのをお見かけして、是非ラキシス様とのえにしを頂きたく思った次第です」


「えー……」


 ラキちゃんは忌々しそうにこちらを睨んでいる少年を見て、とても嫌そうな顔をする。

 睨んでいるのは、さっき殴られた少年だね。

 少女に 「次に口を開いたら縁を切ります」 と言われていたから、今も口は出してこないようだ。

 少女はラキちゃんの態度にショックを受け、思わず原因を作った少年をキッと睨んでしまう。


「まあ、こちらのお嬢さんとだけ仲良くすればいいんじゃない? 後ろの二人は無視すればいいよ」


「うん、それなら……」


 意外にも俺の言葉にもう一人の柔和な顔つきの少年はショックを受けたようで、天を仰いでいる。

 彼の方はもしかして事情を知っている?


「なあ、こんな所で立ち話してたらあぶねーから、とりあえず階段の所までいこーぜ」


 そう言い、リンメイは購入したマップの階段の位置をトントンと指差した。


「そうだな、とりあえず階段まで行こう。君もそれで良いかな?」


「はいっ!」


 こうして俺達は階段の所まで進む事にした。




 最も近い階段なだけあって、ここで休憩している冒険者パーティはいないようだ。

 とりあえず、仕方が無いので自己紹介をする。


「俺はケイタ。黒曜級冒険者だ」


「あたいはリンメイ。同じく黒曜級冒険者」


「私はラキシスです。同じく黒曜級冒険者です」


わたくしはラムリスと申します。アルテリア神学校 神学科高等部の二年です」


「私はヘリオスと申します。アルテリア神学校 騎士科高等部の二年です」


「……」


「ハァ……、自己紹介は流石に言葉を発するのを許します」


「……私はアーネスト。アルテリア神学校 騎士科高等部二年だ。軽々しく私の名前を呼ぶ事は許さん」


 途端に場の空気が凍りつく。

 この国でも貴族のような階級意識を持つ輩が大手を振っているんだな。

 面倒くさいから関わりたくねーなー……。


「とりあえずなんだけど、君らはやっぱり帰った方がいい」


「パーティを組んではくださらないのですか?」


 自己紹介までしたのでパーティを組んでくれると思ってしまったようで、かなり落胆している。

 まだ諦めきれないのか。


「無理だろ。そこの小僧、あたいらにいつ斬り掛かってくるか分かんねーからな」


「そんな事は私がさせません!」


「リンメイの言う通りだ。俺達は彼を信用できない。対等な立場で協力関係を築けない人間をパーティに入れるくらいなら、居ない方が良い」


 ラムリスが何と言おうと、後ろでいきり立つアーネストをヘリオスが押さえ付けている状況では説得力が全然無いんだよなあ……。


「ラキシスに会いたければ薬師サリアのお店を訪ねるといい。――無理にダンジョンで交流する必要はないだろう?」


「はい……」


「十層へ上がる階段までは俺達が後ろを付いて行くから。お願いだから今日はこれで帰ってくれないかな?」


「分かりました……」




 やっと納得してくれて帰路に就くラムリス達の後を、少しだけ離れて俺達も付いて行く。

 暫く進んだら突然、前方にある十字路の左右から一パーティずつ計十二人が現れた。


「アルティナの聖女様とお見受けします。――我らと一緒に来てもらいましょうか」


 おいおい、先日に引き続きまた聖女を狙う輩かよ……。

 でも今日は 【虫の知らせ】 は発動していない? なぜだ……。

 俺は抜刀してラキちゃんの前に立ちはだかる。

 しかし、少年達はラムリスを庇うように立ちはだかり、アーネストは俺達に向かって声を荒らげた。


「貴様ら何をぼさっとしている! ラムリス様をお守りするのだ!」


 あっ……もしや、こいつらはラキちゃんではなくてラムリスを狙ってきたのか!?

 俺は急いで駆け寄ろうとしたのだが、リンメイが俺を引き留めた。


「おっさん、あたいらは行く必要ねーぞ」


 リンメイがそう言った直後、仮面を付けた集団が俺達の後ろから駆け抜けて行く。

 その集団は物凄い強さで、あっという間に不審者達を制圧してしまった。

 リンメイとラキちゃんは、どうやらこの集団の存在に気が付いていたようだ。


「ずっとあいつらの後を付いてくる連中がいたからな」


「うんうん」


 あー、まあ普通に考えればそうだよな。身分の高いラムリスに護衛がこの少年二人だけなはずがない。

 しかし、俺は全く気配に気が付かなかった。ギフトに頼ってばかりではなく、もっと精進しないといけないな……。


 仮面を付けた集団のリーダーと思しき人物がこちらにやってきた。体型からして恐らく女性と思われる。


「この度は大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」


「ああ、別にいいよ。――ただ、彼女がなぜうちのラキシスに接触を図ったのか意図が知りたい」


「それは……、その……、恐らくですが単純にラキシス様に興味をお持ちになられたのだと思います」


「えぇ……、じゃ本当に友達になりたかっただけ?」


「多分……」


 仮面越しで表情は見えないが、どうやら返答に困っているようだ。

 それから仮面の女性は、ラムリスの素性を俺達に教えてくれた。やはりラクス様の子孫だったのだが、なんと現在の教皇の娘だった。


 これは以前ラキちゃんに教えてもらった事なのだが、サラス様達 『人造天使』 は子供を儲ける事はできる。

 できるのだが、造られた時の仕様のため、女の子しか生むことができないらしい。

 そして生まれた子達もその特性を継承してしまうため、女の子しか生むことができない。


 この国の国家元首である教皇は、ラクス様の子孫が代々受け継いでいる。

 そのためラクス様は 『聖母』 と呼ばれ、子孫は 『天上人』 と呼ばれている。


 この国には教皇庁という国を治める機関があり、教皇を中心に枢機卿団が教皇の補佐をしてまつりごとを行っている。

 また、教皇の婚姻は枢機卿若しくは枢機卿が推薦した者から選ばれる。

 貴族以上に恋愛の自由が無いように思われるが、教皇の相手は最終的にラクス様が決定するため、教皇の融通が利くようになっている。


 教皇の任に就くと女神様に祝福されるそうで、子を宿すと確実に神聖魔法を持った子が生まれるらしい。

 そのため、教皇の子は全て聖女と呼ばれる。ラムリスは現在の教皇の長女なので、第一聖女と呼ばれている。


「聖母様は天上人の方々に極力、ラキシス様の生活に干渉しないようにと御触れを出しました。そのため、偶然を装いラキシス様に御目見えしたかったのだと思います」


「その 『ラキシス様』 に小間使いさせようとする小僧連れてきちゃダメだろーよ」


 リンメイは呆れながら言う。


「はい、それはもう、全くその通りで……。重ね重ねお詫び申し上げます」


 聖女を攫いにきた連中は捕縛され、連絡を受けてやってきたダンジョン常駐の兵士に連行されていく。

 ラムリス一行と仮面の集団もどうやら一緒に引き上げるようだ。


 ラムリスは一度こちらを向き、一礼して去って行った。

 寂し気な後ろ姿に、胸が締め付けられる。

 アーネストのせいでラキシスとの邂逅を台無しにされたラムリスが、なんだか不憫に思えてしまった。


「はぁ……、それじゃ、俺達はもういいかな?」


「はい。――あの、願わくばラムリス様をお嫌いにならないで下さい」


「それは大丈夫かと。なあ?」


「まーな」 「うん」


「ありがとうございます」


俺達の返答に、仮面の女性はホッと胸を撫で下ろした。


「ラムリス様でしたら、遊びに来て下されはいつでも歓迎しますとお伝えください。――それじゃ」


そして俺達は彼らと別れ、再び下り階段の方へ戻って行った。

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