天使の住まう都から
星ノ雫
一章
001 夜勤帰りに
俺の名前は
今日もやっと夜勤が終わり、眠い目を擦りながら借りてるアパートへ帰るために自転車を漕いでいる。
以前はそれなりに責任のある仕事に就いていたのだが、ちょっとした理由で辞めてしまい、今に至る。
今はなんとか生きるために仕事をしているだけで、残りの人生のビジョンを描く事もできず、正直どうしたらいいのかすら分からない。
現実を直視したら体を動かす事もできなくなりそうなので、少しでも生きる上での楽しみを模索しながら、なんとか現実逃避をしつつ生きている。
帰る途中で買う朝マックを早く食べたいな……なんて思っている自分がいるので、これも少ない楽しみの一つに入っているのかもしれない。
今日は奮発してナゲットも付けちゃおうかな……。そんな事を考えながら河原沿いの道を走っていると、川に架かる橋の上で、何やら女学生たちが騒いでいるのに気が付いた。
中学生だろうか? 騒いでいるというより、一人を寄ってたかって
――嫌だな、いじめかな?
そんな事を思いながら眺めていたら、突然、
――なっ!?
思考が
思わず落とした連中を凝視すると、事の重大さを全く理解できていないようで、ゲラゲラと指差して笑っていやがった。
流されていく少女を、スマホのカメラで撮っている奴までいる。
――ふざけんなよおまえら!
今は梅雨時なのでここ最近の雨によって川は非常に
少女を川に落とした連中、落ちた子が死ぬかもしれないと理解もできないのか!? ……まさか、死んでもいいとでも思っているのか!?
通勤途中のサラリーマンや学生も気が付き騒ぎだしたが、下手したら自分も死ぬかもしれないという恐怖のためか誰も動こうとしない。
――クソッ!
俺は慌ててダウンヒルのように自転車で河原を一気に下ると、自転車を放って急いで川に入り、少女を助けに向かった。
がむしゃらに泳ぎ、なんとか溺れている女の子を後ろから抱えると、 「大丈夫か! しっかりしろ!」 と声を掛けながら、少しでも岸へ近づこうと懸命に足を動かす。
近づいてくる
なんとか
ブロックまで駆けつけてくれた男性数人が少女に向かって声を張り上げながら手を差し伸べてくれたので、そのまま一気に引き上げてもらう事ができた。――よしっ!
後は俺も引き上げてもらおうと手を伸ばしたのだが……、まずい……足が吊ってしまって体が沈んでいく! くそう手が届かない!
俺に向かって懸命に叫ぶ人達の声が聞こえるが、どうしても手が届かない! このままじゃ
最後の力を振り絞ってブロックにしがみつこうとするが、結局俺はそのまま流れに飲まれ
「……
誰かが俺の名前を呼んでいる……。
「気が付きましたか?
ぼんやりとしながらも、とてもよく通る美しい声で俺に声を掛けてくれた人の方を見る。
そこには、まさに絵にも描けない美しさの女性が立っていた。……回りは何もない空間に。
――あっ、これってもしかして……。
「……ええと、はい。……あの、もしかして俺は……死んでしまったのでしょうか?」
「はい。誠に残念ながら
「そう……ですか。あの、溺れていた女の子はどうなりましたか?」
「大丈夫です。無事助かりましたよ」
女神様はにこやかに答えてくれた。
「……良かった」
思わず呟いてしまったのだが、女神様はすぐに困ったように、顔を曇らせてしまう。
「ですが、あの少女は一時的に難を逃れただけで、残念ながら根本的な災厄から逃れたわけではありません」
不吉な事を言う女神様の言葉から、今朝の光景を思い浮かべてしまう。
「もしかして、いじめ……ですか?」
「それだけではありません。家庭環境や生まれ持った運など、残念ながら様々な要素で、死に直面する場面がこれからも人生に多く存在するようですね……」
なんだそれ……。彼女、ちょっと可哀想すぎないか?
「それは……、なんとか助けてあげる事って、できないんですか? 神様なんでしょう?」
「申し訳ありませんが色々と制約があり、なかなか難しいのですよ。――ただ、方法が無くはありません。……
「
こんな死に方をしてしまった自分に徳があるとはとても思えず、思わず自嘲気味に尋ねてしまう。
ところが……。
「ありますよ、とっても! そもそも
「そうなんですか。なら……折角俺が命張って助けたのに、結局あの子死んでしまうなんてちょっと我慢できませんね。俺自身が無駄死にだった事になるじゃないですか。――だから……うん、俺の
なんか自分で言っててちょっと気恥ずかしい。
「よろしいのですか?
「構いません」
そうはっきりと告げると、女神様は
「――はい、これで少女の人生の流れが変わりました。これでもう彼女に訪れる数々の災厄は、回避する事ができるでしょう」
「ありがとうございます」
良かった。彼女には俺の分も、幸せになってくれる事を祈ろう。
「……それでは、
「……はい」
いよいよ自分自身とのお別れか……と、覚悟を決め返事をしたのだが……。
「よろしければ他の世界で、もう少し
「えっ!?」
突然言われた女神様の提案にビックリしてしまい、思わず声が出てしまう。
「
女神様どうして俺が異世界モノの小説が好きなの知ってんだよ……って女神様だからか。俺は激しく動揺してしまう。
いやいやたしかに、こうやって女神様と会話をしてる時点で 『もしかして異世界転生あったりする?』 なんて淡い期待をしちゃってたけどさ!
――でもこれはまさに、人生最後のチャンスだ……!
「もし行けるのでしたら……行ってみたいかなーなんて……」
なんか見透かされていた気がして非常に恥ずかしいけど、行きたい旨を伝える。
あっ、声が
「ハハハ……」 「うふふっ……」
思わず二人して笑い合ってしまった後、改めて女神様にお願いをする。
「よろしくお願いします!」
「はい、
こうして、俺は剣と魔法のファンタジーな異世界で、もう少しだけ
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