第41話 社会人④ 川俣、結婚決めたってよ
真道真樋達の2年目終盤、年齢は24歳になっていた。
少し前に献血で慌ただしい事もあったが、件の子供は一応は快復に向かっているという情報だけは提供されていた。
真樋達は2年目という事もあり、会社内では後輩が出来ていた。しかしまだ配属された新人の面倒を見るメンター的立場ではない。
仕事にも慣れ始め、そろそろ後輩の面倒を見るゆとりの出来る時期というのは、個人差はあるが会社としては3~5年目だと考えている。
そのため、本年度は真樋の一つ上の先輩が新人の面倒を見ていた。尤も真樋の営業所には配属されてはいないので、他の支店の話ではある。
宮田不動産の新入社員は3人。本年度の新人は残念ながら他の支店へと配属されているため営業所内では真樋と川俣が一番の若年である事は変わりがない。
宮田不動産は県内にまだ3支店しかない、其処まで大きな会社ではないためである。
近々隣接する県外に支店を構える算段をしているというのは、社内でも湧き出ている話である。
本店は社長の実家のある真樋が住むこの町である。
他に浦宮市と乳武市の2支店である。それぞれ二人と一人が新人として本年度は配属されていた。
なお、真樋達の同期は川俣は真樋と同じ本店、他の三人は浦宮市に一人、乳武市に二人であった。
それぞれが散っているため同期同士の集まりも少なく、数ヶ月に一回会うかどうかであった。
そんな浦宮市に配属された同期が2年目になったばかりの頃に、初めて一人で契約を取ったと喜んでいた事を真樋は思い出す。
「人はあっという間に成長するもんなんだな。」
浦宮市に配属されたのは、最初の新人教育の中でも最初に辞めるだろうなと思われていた程、大人しい女性だった。
教育が終わる頃には別人のようにやる気に満ちていたのだが……
「成果が出ると次もってなるよな。」
一件目を取った後からも彼女の同期内報告は目につくものとなっていた。
二年目の同期5人の中では、彼女……
次のボーナスは同期で一番貰えるんだろうな、真樋はそう思っていた。
「真道、来年はかわいこちゃん来るかな?」
3月も終わろうとしているのだ。既に入社事態は決定している。
問題は、どんな人が入社しどこに配属されるかであった。
「いや、お前は……」
真樋が言いかけたところで強烈な
先輩達は慣れているのか、全く気にも留めていないか、一瞬チラっと視線を向けてくるだけで平常運転であった。
「日光、お前ちょっとこっち来な。」
首根っこを掴まれ、何処かへと連行されていく川俣日光。
この1年と10ヶ月程の間に二人の関係に変化があった。
今しがた声を掛けてきた醍醐の呼び方が川俣ではなく日光となっていたのがその証拠である。
「ゴリラ先輩もそろそろかな。」
「
「寿かな~、もしそうならどうなるんだろ~。」
「主婦かな、主夫かな。どっちにしても一人辞めちゃうのは勿体ないよね~。」
勝手に噂をしているが、川俣と醍醐は男女の付き合いへと変化していた。
川俣が食べちゃったのか、川俣が食べられちゃったのかは誰も知らないが。
2年目の夏、会社で行った花火大会見学ツアーの後から急に醍醐が乙女になっていたのである。
それを見た他の社員は……
「ついにヤったか!」と思っていたのである。
顔はお姫様だけれど、身体が超兄貴なためこれまで誰も秘密の花園まで辿りつく事はしなかったのである。
その頃から川俣呼びから日光呼びに変わっていたのだが、気付く者は気付いていた。
それが段々と広まり、今では営業所中の社員全員が暖かく見守っていた。
醍醐莉羅に春が来たと。
「まぁ、川俣が尻にしかれてるんだろうな。」
真樋は川俣が消えた方を見て呟いた。
そして真樋達が3年目となり夏を迎える。
川俣がかわいこちゃん云々と言っていた本年度の新入社員は3名、それぞれ一人ずつが配属されていた。
そして3年目となった始め、翌年4月1日より新しい営業所が誕生する事が発表されていた。
新しい営業所は栃木県日光市であった。
新営業所の話を知った川俣は、直ぐではなくとも良いので日光支店への異動希望を上司へと伝えていた。
受理されるかはともかく、社員の希望はある程度は叶えられる。
小さいながらも社員が過ごし易いのが宮田不動産、宮田グループのやり方であり在り方でもあった。
場合によっては希望のグループ会社への出向・受け入れも可能である。
「それで、来年の開設と同時が本来理想なんだろう?」
営業所からほど近い、定食屋で昼食を摂りながら真樋と川俣の二人は話していた。
アジフライ定食とエビフライ定食が真樋と川俣の前には置かれている。
それぞれ600円と700円、サラリーマンに優しい料金設定であった。
「まぁそうなんだけどさ。3年目の若年がそこまで理想を聞いて貰えるとは思ってないよ。あくまで希望を伝えただけさ。」
身がたっぷりと詰まったエビフライを口の中に運んで川俣は答えた。
「それで……一人で行くのか?」
「どういう意味だ?」
「醍醐先輩は一緒じゃないのか?という意味だけど。」
「ばっ、おまっ……」
噴き出すのを堪えて川俣は口の中のモノを飲み込んだ。
そしてぽりぽりと頭を掻いて照れ始める川俣。
室温が上がったかのように、パタパタと手団扇で空気をシャツの間から仰いで送り込んでいた。
「それがな、まだ発表はしてないけど、秋に一緒になる事になったんだよ。」
にやにやと真樋は川俣へと笑みを送った。
「だってさ、ゴリラ先輩、初めてだったんだぞ。責任感じるわ。それで良く見ると色々可愛いとこが見えてきてさー。」
「今ではあの筋肉も可愛く見えてるから不思議なもんだ。」
最終的にただの惚気話となっていた。
「そういや、どうしてHな事する事になったんだ?」
「去年の夏、会社のみんなで花火大会に行った時を覚えてるか?」
男性社員も女性社員も浴衣で参戦させられるいわば社内行事。
勿論不参加も可能なのだが、日々の業務からの癒しを求める社畜は、花見や花火や雪祭りは息抜きとなる。
だから余程の事がない限りは花火大会に参加する。
ゴツイ身体に可愛い浴衣と、若干不釣り合いな醍醐ではあるが、先入観を捨て去れば一人のお嬢さんでもあるのだ。
珍しく酒に飲まれた醍醐を介抱すべく立ち上がったのは、自分に仕事を教えてくれた恩もあるからと川俣だった。
タクシーに乗り、醍醐が行き先を運転手に告げたのだが、その辿り着いた先はラブホテルだった。
同じく酒で多少思考が鈍っていた川俣は部屋のボタンを押し、受付で鍵を受け取り部屋まで運んで布団に醍醐を寝かせると、アルコールのせいか自身もソファで眠ってしまう。
数時間後目が覚めた川俣は、酔いを醒まそうとシャワーを浴びて気分が若干さっぱりして部屋に戻ると、醍醐も目を覚ましており入れ替わる形で入浴を済ませる。
湯船に浸からないのはまだ酔いが残っているためなので、シャワーだけというのは間違いではない。
そして両者がシャワーでさっぱりとしたところで……
「普通逆なんじゃ?それと知らない天井だ……」
ベッドに押し倒され仰向けになるのは川俣日光。
川俣の顔の両側に腕を杭のように突き立て見下ろすのは、醍醐莉羅。
「筋肉質で男勝りな女は嫌いか?」
不安げな表情でその言葉を放つ醍醐が可愛く見えてしまったという。
その仕草の中に乙女を見てしまったと。
醍醐の手首を掴むと、器用に体勢を入れ替えて、そこから先は川俣からいったという。
「周囲からみれば物好きに見えるかもしれんが、あの時からゴリラ先輩は俺の中ではお姫様になっちゃったんだよ。」
「会社の誰も二人を物好きとか思ってないぞ。まぁいつ結婚式挙げるんだ、発表するんだと待ってはいると思うけど。」
「そうか。」
真樋は、会社の連中は二人が良い感じの関係になっている事を話した。
「でもさ、姫様と思ってるならゴリラ先輩呼びはまずいだろ。」
「だって俺達の関係、バレてないと思ったからさ。」
実際は充分過ぎる程にバレている。
花火大会以降、醍醐の仕事場での態度が乙女になっているからである。
対応が変わっていないのは対川俣に対する時だけであった。主にカムフラージュのためであったのだが。
「中学生みたいな付き合い方だな。」
「そう言うなって。俺自身高校以来の異性なんだ。大学は勉強で一杯だったからな。」
「そう言う真道は……」
どうなんだと言いかけそうになって、川俣は言葉を止めた。
先程までは川俣達を祝福するかのように笑みを浮かべていた真樋であるが、矛先が自分に向けられた瞬間能面のように感情を失ったからである。
同期の惚気話がどう真樋に影響するのか。
川俣と醍醐の馴れ初めを聞いた真樋の中で、何かがかちりと嵌った音が聞こえたような気がしていた。
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