第37話 大学生⑳ 卒業

「真樋、全員無事就職で決まったな。」


 真樋は宮田不動産、山﨑雲母が宮田法律事務所である事は友人達の間では既知であった。


 野球のコーチの話等から始まった話が友人達の間で広まったためである。


 山﨑の妹や弟を教えている事も、そこで雲母と顔を合わせている事も既知であった。


 3年になり就職活動が始まれば、何処の会社を受けるという話が出回るので、どのみち余程秘密にしていない限りは知れ渡ってしまうものである。



「三朝がアパレル系で、俺がミドルカメラ、大沼が保険屋。それで霧島がスポーツインストラクター、松島が実家の旅館か。」




「随分とバラバラな進路になったよな。」



「俺と三朝はなんとなくこういう系統になるだろうなって気はしてたよ。意外なのは松島の実家だよな。」



「苗字は松島なのに日本三景の松島じゃないんだもんな。松島なのに実家が大子温泉て……」



「あぁ、こっから行くとしたら水郡線だっけか。水戸から行けば良いのか、郡山から行けば良いのか。降りる駅も袋田なのか常陸大子なのかって話だな。」



「その前にこの辺の人間でも微妙なのに、西の地方の人なんて何処?って感じだろうな。」


「こっちからなら水戸からだろう、東北側からなら郡山からじゃないか?」



「どっちにしても西の人にはわかり辛いな。東の人が伯備線とか芸備線とか言われてもわからないのと同じか。」



「こっちの人は蒜山ひるぜんとかも読めないだろうしな。蒜山高原とかひるぜん焼そばとか蒜山牛乳とか有名なものもあるんだけどな。」


 話が脱線しているが、大学から友人の輪に加わった松島の実家は茨城県の大子温泉にあった。


 10部屋程度の小さな宿であるが、身内と数十名の従業員で成り立っている。 



「一回同窓会でも開いてみたいもんだな。」



「全員泊まるのは流石に無理だから、仲の良い連中だけで集まるか、周辺の宿にも分散するかだな。」



「何年先の話かわからんけど、候補にはしておこうか。」


 肝心の松島を余所に真樋と黒川の二人は未来の話をしていた。






 卒業式は滞りなく終了する。小学校の卒業式とは違い、中学以降の卒業式ともなれば本当の別れとなる人も少なからず存在する。


 高校・大学ともなればその確率は格段に高くなる。


 同窓会でも開かない限りは、老後に死の案内を受けるまで詳細を知る事のない相手もいるだろう。


 そこまで考えているかはともかく、人生の岐路にも立ち長期の別れを実感した生徒達は、その別れを惜しむべく涙の感動場面となっていた。


「ずっと友達だよ!」


 こうした「ずっ友発言」は至る所で見られていた。



 そして再び集まる真樋達8人。


「5年後か10年後くらいに松島の実家で同窓会でも開きたいな。」


 黒川が集まった一同を見渡してから言った。


「突然何を言いだすんだ黒川。」


 その言葉に反論するのは松島本人。


「真道とは式の前に話してたんだけどな。みんなの進路とかを話してた時に松島の実家が温泉宿だって話になってさー。」


 式の前に話していた、松島の実家である大子温泉にある温泉宿の話を持ち出す黒川。


「まさか、それで俺の実家を未来の同窓会で会場に使おうと?」



「そういう事。別に友人価格にしてくれとかは言わないからさ。」


「別に良いんじゃない?温泉にも浸かれる、同窓会も出来る、美味しいものも食べられる。一石二鳥どころか何鳥にもなるじゃん。」


 草津三朝が黒川の言葉を後押しするかのように続けた。


「まぁ、一日で全部屋が埋まるのは願ったりだけども……だけど、ラブホみたいな使い方をしたら10倍払って貰うからな。」


 わかってるわかってる、そんな事はしないと返事をする黒川。


「あと、スーパーコンパニオンは呼べないからな。」


 エロ的な意味で色々前科のある黒川・草津カップル、大沼・霞ケ浦カップルに対して二度の釘を刺す松島であった。



「ま、勤める前だからなんとでも言えるのかも知れないけどさ、俺達これからもたまにあって遊ぼうぜ。」

 

 その言葉を合図に、集まった一同は次の行動へと映るために行動を始める。


 二次会の会場へと向かう一同。好きな事を語らい、飲んで食べて騒いでがメインとなる。


 その二次会には卒業生とか関係のない面々も合流、カオスな場となった事は想像に易かった。





「なんで……裸で何か汁の出てる三朝がテーブルで寝てるんだ?」


 彼氏である黒川有馬は呟いた。当の本人も全裸でソファで目が覚め上半身を起こした。


 そこは二次会の会場ではない。二次会の後飲酒の勢いそのままに、各々散り散りとなりカップル同士勝手にラブホテルに繰り出しただけの事である。


 床には三次会の会場となっていたのか、酒の瓶が空で転がっていた。


 本来瓶やグラスが置かれるべき場所には全裸の草津三朝。


 色々な液体がテーブルや床に付着し、既に乾いており臭気以外の残骸は残されていない。


 黒川は二次会以降の記憶を辿る。


 飲酒の力も加わり、エロ心や下ネタ心が向上していたのが数名。


 カップルで二次会に参加していた一部が、三次会と称してラブホテルへと向かった。


 真樋やカップルでない数名は二次会会場に残ったり、帰宅したりと様々であった。


 

「この姿はエロサイトとかエロ同人のシチュエーションみたいだな。」


 テーブルやソファ周辺は散乱しているのに対し、本来寝たり行為をしたりするべき場所である布団は未使用のまま綺麗な状態を保っている。



「うわっなんじゃこりゃぁっ!」


 風呂場を見た黒川はその惨状を見て大声をあげる。



「もう酔った勢いでせっくすしない。」


 自分自身に固く誓う黒川有馬であった。


 三次会は惨事会となっていたのである。主に特殊なエロ行為という意味で。


 同じような惨事会は、町内の数少ないラブホテルのいくつかの部屋で行われていた。





 


 

 時は真樋達、大学を卒業する友人一同が全員集合する少し前。


 町の外れに流れる県境ともなっている大きな川の傍、小高い丘の上からは卒業式の会場が一望できる。


 特筆すべき景観は桜以外には殆どない。国道と川の間にある丘の部分は川沿いにある建物等を一望できるスポットともなっていた。


 その丘の上には二人、共に黒く短い髪型の女が同じ方向へ視線を向けて立っていた。


「顔、出さないの?」


 元ギャルで今は法律事務所への就職が決まっているため、びしっとした真面目ちゃんが似合う黒髪に戻している女が声を掛ける。


「……出せるわけないよ。」


 自信なさげな言葉で返した、もう一人の黒髪で短い髪の女が自虐を含めた表情をしていた。


 その服装は、既に暖かくなりかけている3月の陽気には不釣り合いなほど着こんでおり、雪国の12月か1月を彷彿とさせるものだった。


 それは袖の中や足など、肌を少しでも見られないようにするかのような衣装だった。

 

「確かに大学の卒業式だから無関係な人は入れないけどさ。」


 その言葉を仕方がないいなといった様子で溜息混じりで流した。


「嫌いになったわけじゃないんでしょ。」


「それならきちんと話せば良いのに。多分詳細は全然話してないんでしょ?私達も嫌いになったわけじゃないのに別れるって選択肢を出されて、それを呑んだわけだけど。」



「不思議と今でもココに住んでるし、嫌いにもなれなければ恨んだりも出来ないんだよね。」


 一人で延々と話し、ココと称してこめかみを二度人差し指で叩く。


 おかげで大学では男っ気の一つもなかったけど、と自虐のように笑い飛ばしていた。


 就職活動を始めてから再び髪の色を黒に戻していたが、本来黒だったせいか今の容姿と物腰にしっくりときていた。


 

「そういや髪、黒に戻したんだ。」


 今更のように元ギャルに対して指摘する。


「就職先が法律系なのに、チャラかったりしたら印象良くないでしょ。」



「確かに……ギャル化は高校デビューだったっけ。」


 約7年前の事を思い出しながら自信なさげな女が呟いた。


 終始はっきりした物言いの高校デビューの元ギャルと、終始おどおどとした口調の元アイドル風活発少女。


 厚着の元アイドル風女に対して元ギャルは、仕方ない、これだけは言っておこうという感じで言葉を繋いだ。


「私、法律事務所で働くんだけどさ、何かあったら遠慮なく相談して良いから。ぺーぺーの私じゃ何も出来ないけど、信頼できる先輩弁護士を紹介する事くらいは出来ると思うから。」


 二人の会話は人知れず風の彼方に消えていった。


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