第35話 大学生⑱ 20歳の成人式
「おにいちゃん、おめでとう。」
ぱちぱちぱちと拍手をする真都羽。真樋はそれを鳩が豆鉄砲を食ったように目を見開いて見ていた。
「これでやっと正式に人間になれたね!」
「は?」
真樋は犬の糞でも踏んだかのような表情で聞き返す。
「だって成人式ってさ、成人のお祝いでしょ?成人って漢字を思い起こしてみてよ。」
「あぁ、人に成るだな。順はともかく。」
天井を見ているのは、思い出す仕草の典型である。真樋は成人の漢字を思い浮かべていた。
「そう、人になるんだよ。それはつまり人間に成る。だから成人の年齢でようやく人間になったんだよ。」
妖怪人間が聞いたら泣いて喜ぶな。こんな簡単な事で人間に成れるならと真樋は思った。
「だから今の私をもし殺す事があっても殺人じゃなくて器物破損だね。」
恐ろしい考えではあるが、あながち間違いとも言えないのではないかとも真樋は思っていた。
未成年や成人なんて都合の良い大人の解釈の言葉を、偏った解釈に受け取れば成人でないなら人間でないという風にも受け取る事が出来なくはない。
「もしかして、だから異世界転生や異世界転移もののWEB小説は高校生とか若者が多いのか?だってばんばん人死んでるのも多いし。」
「さぁ?どうなんだろうねー。現実でも少年法を盾に色々やっちゃう人も多いしねー。矛盾や穴を突いたら政治家の皆さんはノーパンしゃぶしゃぶなんて行ってられないよね。」
「よくそんな昔のネタを知ってるな。」
さてと、と真都羽は強引に話を変える。ネタが古いのは突っ込まれたくはないようである。
「それで、おにいちゃんも法律上は二年前に成人ではあったけど、20歳で名実ともに酒煙草が解禁となった真の成人というわけで。」
「行くの?成人式。」
行くんでしょ?ではなかった。普通に生活している人は成人式には出るのが当たり前だという認識が世の中の定石である。
仕事上海外から戻って来れないとか、プロのスポーツ選手や演奏家等で地元に戻れない人を除いては。
「う~ん、実は悩んでる。」
成人式といえば、懐かしい面子とも会う、いわば同窓会も兼ねている。
その同窓会的な式典は、進路を違った人を再び結びつける。
その中には会いたくもないという人も含まれてしまうのが辛い所でもある。
暴力団のような組織に入ってしまったヤンチャな同級生、ラブラブだったのに別れてしまった同級生、ずっ友だよと言っていたのに喧嘩別れしてしまった同級生……
出来れば会うのを躊躇ってしまうような相手とも再会してしまうかもしれないのも成人式という場である。
必然的に仲の良かった者達が一ヶ所に集まりがちにはなるだろうけれど。
「まぁ、中学卒業以来会ってない同級生もいるし、中学の時に引っ越した同級生にはどのみち会えないだろうとかあるけどな。」
「新しい出会いがあるかもよ?会場スタッフのお姉さんとか、タクシーやバスの運転手とか、学校の後輩とか。」
「対象が限定的だな。前に言ったかもしれないけど、暫くは異性関係は良いよ。黒川達と遊ぶくらいでちょうどいい。」
真樋のこの1年は大学にバイトに野球のコーチ、合間を見て献血や温泉一人旅をするだけのものだった。
学友との付き合いは高校時代からの友人である黒川達がメインであり、大学で知り合った友人はそれほど多くはない。
同じサークル仲間との付き合いはそれなりにあるものの、異性との触れ合いは極力避けてきていた。
バイト先は殆どが男で、異性との会話は殆どない、客が女性だった時に少し会話するくらいのものだった。
それと、野球チームの保護者相手は除く。
人妻であるわけであるし、男女の仲になるような対象でない事はお互いが理解している。
子供達を見守るという、同じ視点でのみ一致しているのである。
「あと、話は変わって少し戻るけど。真都羽、お前も18歳になったじゃねぇか。法律の上ではお前も成人してるぞ。」
「乙女の年齢を暴露するなんて酷いっ!」
暴露も何も、この場には真樋と真都羽の二人しか存在していない。
兄をちょっと困らせるだけの、あざとい妹の偽涙みたいなものである。
時は経ち、地方によっては既に雪に困り始めた季節。
年始恒例の駅伝やサッカー・ラグビーなどのスポーツ大会が既に過去になった頃。
真樋は先日の真都羽の言葉で決断したのか、成人式の会場へと足を運んでいた。
出席の意思は既に友人達にも示しており、ビシッとしたスーツに身を包んでいる。
この日のために、一応は一心したスーツである。
数年後、就職の折にも着用出来るように、モブキャラとして溶け込めるように、ありきたりなスーツではある。
「おぉ、真道来たな。」
真樋の姿を確認した黒川が小走りで真樋の元に寄って行くと、右手を上げて真樋を歓迎していた。
その横にはいつもの面々である、草津と大沼、山﨑の3人もあった。
小学校中学校こそ違うものの、大学だけ同じという同学年の同級生も存在する。
大学で仲良くなった者の中にも存在し、実質大学でほぼ初めましてでたまに一緒に過ごす事になった「霧島銀子」と「松島飛燕」の二人である。
渾名は当然「ギンコ」である。由来については、詳しくはその渾名とゲームで検索をすれば出てくるという説明で周囲には一蹴している。
霧島はテニスサークルに所属しており、山﨑と同じ学科のため付き合いが生まれていた。
同じ町出身だという事がわかってからは、真樋達ともちょくちょくつるむ事が増えた。
一方、松島であるが、親が暑苦しい漫画のファンで、その中のイケメンキャラに嵌っており子供にも名前を付けちゃったという由来がある。
松島飛燕本人は高校時代ラグビーをやっていた事もあり、身体はごつい。
また、その一方で手芸部も兼部しており、手先は器用であった。
真樋と黒川が地元の話をしている時に、懐かしい言葉が耳に入ったからか松島から話しかけた事がきっかけで仲良くなった経緯がある。
二人とも、大学一年夏祭りの後くらいからの交流である。
「お前ら……キャバ嬢じゃないんだから……」
真樋が見た同級生の女子の大半が、街の看板にあるような水商売系の晴れ着姿であった。
いつの時代からキャバ嬢風な晴れ着が流行ったのか、もはや誰も調べようもない。
ヤンチャだった中学生が成人して袴姿になるのも同様である。
テレビで中継されてしまうような大きな問題もなく式典は進んで行く。
挨拶の中で、この町からプロ野球選手になった柊真白の挨拶もあった。
現在真樋がコーチを引き受けている少年野球チーム、桜ブリザードで同じくコーチを務める柊恵の旦那でもある。
挨拶が終わり、飲食などのパーティも滞りなく進んで行く。
仲の良い仲間内で殆どが話しながらの会談となっていた。
お前誰だよとか、全然変わらないなとか、大抵がこの二つに分類される。
特に女性は成長が著しいのか、中学卒業以来で会う女性は、最初「アンタ誰?」という感じが多く見受けられた。
そしてパーティも終盤が近付いた時、黒川が真樋の横に寄って来る。
「やっぱり来なかったな。」
黒川がそっと呟いた。真樋はその言葉だけで、誰の事を指しているのか理解する。
「いや、来てたよ。後ろの端っこに誰にも干渉しないようにそっと。」
様々な背景を鑑みれば、黒川が誰の事を指して言ったのかは理解出来る。
真樋は黒川の言葉に、先程からちらちらと見えていたその人物の事を話した。
髪の毛こそ短くして、化粧っ気を限りなく少なくし、能面程ではないが表情を変えない事で、既知の人物に誰だと悟られないようにしている人物。
しかし、モブのように徹したところで、誰とも会話の一つもしていないわけではない。
真樋達が見ていないだけで、数人の同級生とは会話していた。
その時に中学の時以来だった同級生達は、その人物……夢月のいも臭さに驚いた程だった。
中学卒業後、あのまま高校以降を過ごしていれば、モデルや芸能人にも負けない女性になっているだろうと思われていたからである。
「いいのか?」
黒川はグラスに入った飲み物を転がしながら真樋に問いかける。
「良いも悪いもないだろ。俺達はもうなんでもないんだから。」
「例え恋人じゃなくても……親友で幼馴染……」
「放っておいてくれ。」
まだ面と向かって夢月と向かい合える程、真樋の心の傷は癒えてはいなかった。
この1年半くらいの真樋が前を向けていたのは、あくまで表面上だけの事である事の証でもあった。
「……わかったよ。」
グラスの中の飲み物を飲み干し、黒川は渋々納得した。
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