第33話 大学生⑰ シングルベルでベリークルシミマスからの……白い布


「それでも心はシングルベルでベリークルシミマスだな。」

 

 昨年の事を嫌でも思い出してしまっていた真樋は、自らの沈んでいる心の内がため息の如く漏れていた。


 振られた日のように、部屋は真っ暗ではないものの、内心だけは半分くらいが戻ってしまっていた。


 まだまだ浮き沈みの差が激しいあたり、完全に立ち直るには時間を要する。


 コンコンと扉を二度叩く音。真樋の部屋をノックする音である。

 

「おにーちゃん♪」


 沈んだ心などお構いなしな妹、真都羽の来訪を占める声であった。


 真樋が返事をするまでもなく、部屋の中に入る。


 かつて小野兄ィ……自慰の現場に出くわした事など記憶の彼方なのか、どんな光景が繰り広げられてるかわからない兄、真樋の部屋へと突入していた。



「今日は三田が貢物を献上する日だお。」


 今のご時世、ヲタクでも「だお。」なんて言葉は殆ど使わない。


 ゴザルやアルのような死語と同等である。


「字が違うしあべこべだな。散々苦労するというサンタクロースが子供達にプレゼントを贈るくらいにしておけ。」



「可愛い妹サンタからおにいちゃんという子供への安らぎプレゼントをプレゼントしに来たんだよ。」


 だから兄妹のスキンシップ安らぐ事をしよう?という事であった。



よっっこいしょぱいるだーおーん♪。」 


 真都羽は真樋の肩に乗り、肩車状態となっていた。


「ヲイ。お前の言う兄妹のスキンシップは肩車の事か?安らぎじゃなくて苦行じゃないのか?俺が。」


「なんで?」


「いくら可愛い妹であってもだな、肩に乗られたらおもうわああぁああ。」


 真都羽は太腿を絞めた。絞めたのは真樋の首である。


 たまらず真樋は真都羽の太腿にタップする。


「おにいちゃん、それはセクハラ。」


 真都羽は先程自身が言っていた通り三田……サンタとなっていた。正確にはミニスカサンタである。


 ダイレクトに太腿の感触は肩や首、ひいては両頬に密着し伝わっている。


 一部の人間にはご褒美ともとれるシチュエーションであるが、そうでない人には苦行でしかない。


 重いと言いかけた真樋への抗議の太腿サンドウィッチである。


 反撃の真都羽が繰り出したのはさらなる追撃、前後の揺らし攻撃である。


「お、おい。真都羽……(大事な部分が俺の)首の裏に当たってるぞ。」



「押し当ててるんだよ、おにいちゃん。」


 前後に揺すっている真都羽は、真樋の頭を軽く掴んで騎手の真似事のように振舞う。


「最終コーナーを回りました!最後の直線です!アッ、ンッ」



「いやいや、お前ナニやってんだよ。俺は馬じゃねぇし、小野兄ィ道具でもねぇよ。ゲーセンにあった騎手体感ゲームでもねぇよ。」


 小野兄ィとは自慰オナニーの隠語である。


 最後の直線を追い切るために、真樋の頭を手綱に見立てて前後に振る真都羽。


 その振動なのか、直接真都羽の股間に何かが伝わっているようである。


「ってかお前。一人でそういう事……」


 真樋が言いかけたところで真都羽の動きが止まる。


「えっちな事言う人、嫌いです。」


「何急にカマトトぶってるんだよ。」


 真都羽は真樋の頭に手を置いたままそっと撫でる。


「ノーコメントで。というか、JKだよ?高校生だよ?シた事ない人なんていないでしょ、多分だけど。」


 とある調査によると、2011年の女子校生の性交率は約23%、2016年では約5%という結果が出ている。


 同じ2016年の調査によると、女子校生の自慰率は約10%、1日に複数回自慰をするのはその中でも約10%という結果も出ていた。


 性交率が減っているのは、ゲームなど他の楽しみが出てきた点や、自慰により性欲を満たせているからではと言われている。


 下世話な話をすれば、自慰グッズ等の発達により別に生身の異性と行為をしなくとも性欲は満たせるという事でもある。


 なお、22歳になると約50%が自慰を経験しているというアンケート結果もある。


 尤も、恥ずかしさから正しくアンケートに答えられていないという事もあるため、一概に全てを鵜呑みにして良いかは別問題である。




「本当は競馬ごっこじゃなくて、サンタクロースとトナカイの心算だったんだけどね。騎手とサラブレッドになっちゃった。」


 てへっと舌を出してかわい子ぶる真都羽であった。


「なっちゃったじゃねぇよ。」


 ぶるぶるぶると真樋は頭を振った。


「どう?元気出た?」



「それよりも首と背中と腰がいてぇよ。元気じゃなくて、さっき食ったもんが出てきそうだよ。」


 真樋が座った状態での肩車である。真都羽の足は床面についているが、ダメージは首を中心に襲ってくる。



「あ……」


 真都羽は先程とは違った理由で太腿に力が入る。


「どうした?」


 然程強い力での締め付けではなかったため、真樋は太腿サンドウィッチについては言及しなかった。


「漏れ……」


 しかし、別の意味で衝撃を受ける。言いかけた真都羽の言葉が真実であれば、真樋の身体と部屋はとんでもない事になる事が容易に想像出来たからである。


「マテ、今漏らしたら首と背中が水浸しに……」


「さっきシャンメリー飲み過ぎたァ。」


 そう言いながら真都羽は太腿の力を緩めた。


 そしてもぞもぞと真都羽が腰をくねらせる。


「冗談だよおにいちゃん。相変わらず変態なんだから。」


「ぶるぁァッ」


 真樋は真都羽の両足を抱えるとそのまま後ろに倒れ込んだ。


「ぶべらっ」


 とても女子校生が出してはいけない言葉を発し、真都羽は真樋と共にベッドへと大分する。


 真樋同様、真都羽も先程までに食べたチキンやケーキなどが胃袋に収まっている。


 今のベッドダイブは中々に鋭いボディブロウとなっていた。


「お、おにいちゃん、振り返っても良いんだよ。」


 もしも真樋が振り返ると、真樋の顔がちょうど真都羽の大事な部分へと吸い込まれる。


 匂いフェチであれば、とてつもないご褒美なのだろうけれど、真樋は変態は認めるが匂いフェチというわけではない。


 それに真樋と真都羽は血の繋がった実の兄弟である。流石に振り返るわけにはいかなかった。


「これが本当のホワイトクリスマスだー!って薄い本みたいなことしても……」



「いくら兄妹だからって間違いを起こすわけにはいかない。」



「血が繋がってなかったら、私的にはアリ寄りのアリだよ。」


 正論で返す真樋に、いたずらっ子のように微笑みながら真都羽は返した。



「そもそも、家族だからこういう事密着》しても大丈夫だけどさ……」


 真都羽が妹という問題はさておき、真樋の中ではまだ、異性とそういう事するには心が受け付けないようである。



「でもこの絵面、どうみてもおにいちゃんが私から生まれ出でましたって構図だよ。」


 デリケートゾーンに真樋の頭は乗っかったままである。


 もっと言えば、真樋の両手は真都羽の足を掴んだままであった。


「こんなデカい身体が服を着て逆子で出てくるとか、宇宙感が半端ないな!」


 ミニスカート故に、真都羽の足の感覚を手のひら全体で伝わってきている。


 言葉には出さないが、掴んだ時からそのすべすべ感は伝わっていた。


 その感触が真都羽のナニカに触れているのかも理解出来ずに。


「あ、そうそう。真都羽、さっき言ってたこれが本当のホワイトクリスマスだーってネタ、実は昨年やってたんだわ。」


 目線だけ上に上げた真樋は真都羽に残念なお知らせを告げる。


「そ、そう。先を越されてたのね。というか、考える事はみんな三こすり半劇場なのね。そして昨年はそんなゴブリン・オークみたいな事してたんだね。」



「真都羽の口からえっちで卑猥な言葉が出てくるの、おにいちゃんは赦しませんよ。」



「妹だって性長するんだよ、じゃなかった。成長するんだよ。」


 漢字を間違えたと、真都羽は言い直した。喋ってる分にはその違いは伝わらないのだが言い直していた。


 真都羽は腹いせにと真樋のこめかみにウメボシをプレゼントする。


 グリグリと、拳を押し付けていたが、力は然程加えていないので、ただじゃれているだけにしか見えない。


「よいしょっと。」


 身体をくねらせながら真都羽は真樋の身体から脱出する。


「おにいちゃん、ちょっと待っててね。」  


 真都羽は真樋の部屋を後にした。それから五分程経過すると、真樋の部屋の扉をノックする音が響く。


「おにいちゃん、クリスマスプレゼントだよ。」


 ミニスカサンタ真都羽が、ラッピングされた箱を真樋へと届けに来たのである。



「私が出てから開けてね。」


 真樋は首を傾げながらも、真都羽の退出を見送った。


(兄妹間で今更プレゼントの一つで恥ずかしがる必要もないだろうに。)


 それでもせっかくのプレゼントだからと、ラッピングされた箱を撮影する。  


「なんじゃこりゃぁ!くぁwせdrftgyふじこlp」


 真樋が開けた箱からは白い布が出てきていた。


 若干温もりとほんのりと匂いの乗った白い布は、ある一部分に湿った感覚と濡れた感覚が手のひらに伝わってきていた。


「おにいちゃんに肩車する前に履き替えた新品だよ。脱ぎたてほやほや妹ぱんちゅだよ。」


 というカードが添えられていた。



「お前の方が変態じゃねぇかっ。」


 メンコのように床にカードを叩きつける。しかし残念ながらひっくり返るべきカードは存在しない。


 隣の部屋に戻った仮想真都羽へ向かって叫んだ。真樋のその表情には沈んだ様子は一切なかった。


「なになに?まだ何か書いてあるな。」


 真樋はカードを拾って再度文字を読む。そこには真樋の言う通り、何かが書かれていた。


「PS:プレイステーション」


 平成のギャグか!と内心でツッコミを入れる。


「PS2:プレイステーション2」


 だから平成のギャグか!と内心で二度目のツッコミを入れる。


「追伸:もちろんネタなので、これで少しでも元気が出たのなら幸いです。真都羽。」


 添えられていたカードの右下にフォントの下げられた、詐欺契約書のような小さな自筆で記載されていた。



「丸文字可愛いでしょ?」


 突然ドアが開いて真都羽が顔を覗かせた。


「昭和の女子かっ!」


 丸文字が流行ったのは昭和後期から平成初期である。令和の高校生が知っている方が不思議なくらい、中々奇特な事である。



「少しは元気なおにいちゃんが見れて良かったよ。はい、これが本当のクリスマスプレゼント。」


 部屋の入口で様子を窺っていた真都羽は、てってってと真樋に近付き再度別の箱を手渡した。


 真樋は先程とは違う色をしたテープでラッピングされた箱を受け取った。


 ネタと本物のプレゼントを見分けるための色違いラッピング、小さな拘りであった。




「妹おぱんちゅのその後の行方は、私は一切関与しないからね。」


 最後の最後まで変態兄妹を貫き通そうとする真都羽であった。


 別に何に使用しても良いからね、と存外に言っているのである。


 ミニスカサンタが去った部屋には、叩きつけられた白い布とそれを新しいプレゼントと一緒に視線を落とす真樋の姿。


 一瞬考えた後、独り言もなく無言でその白い布を拾い上げた。


 そして鍵のかかる引き出しの奥に、ジップロックの中に保管した白い布は封印された。

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