第17話 大学生① ヲタクはパリピにはなれない

 話は少し遡り、新しい年度を迎えたばかりの四月初旬。


 まだ糊の効いたスーツや学生服を身に纏ったピチピチの新入社員が歩道を何人もが歩いていた。


 ノリを履き違えた人物が一人、仲間内ではしゃいでいた。



「うぇーい」


 黒川有馬である。髪の毛は黒から若干茶色くなっており、風に靡いてさらさらとしている事を彷彿させる。


 春休みの内に、と床屋から美容院にモデル変えをして、大学デビューを果たしたという事である。



 そのため、やや履き違えた情報により所謂パリピと呼ばれる人種の真似として「うぇーい」と叫んだのである。



「黒川、お前大学入ったからってチャラくなる必要はないんだぞ。見ていて大学デビューでチャラくなりました感が出てるぞ。」


「そうなんだよねー。有馬ってなんかせっかく大学生になるんだから、楽しまなきゃソンソンと言ってまずはキャラ変からってさー。」


 それでまずは髪の色と喋り方を変えるという事だったのだが、キャラクターを作っているのが身内には痛い程理解出来ていた。


 知り合いの誰もいないところでなら違和感はないのだろうけれど、高校時代を知っている者からすれば、その姿が作りモノである感は見破れる程度のものであった。


「いや、お前も大概だぞ草津。ゆるふわパーマとか申し訳ないがそんなに似合ってない。」


 時代を間違えてるだろというツッコミをしたい真樋であったが、見た目を変えるのは自由だからなと返す程度に留めておいた。


 真樋自身、イメチェンという程ではないが整えていたりはしている。


 新学期、新学年、新学校という事を考えれば、清潔感を与える見た目である事に越したことはない。


 高校の頃と違い、夢月の陰に隠れる必要もないため、多少は見た目にも気を遣うように考えていた。


 ただし、過度に目立とうとも考えてはいない。


 新しい友人が出来るまでは黒川達とつるんで、ぼっちの回避が出来れば良いくらいに考えていた。


 あくまで真樋はその他大勢の中に溶け込んで、大学生活を過ごそうと考えていた。



 次の週明け、高校時代の髪型に戻していたことは言うまでもなった。



「なんだ、大学デビューはもうやめたのか。」


 元の黒髪に戻っていた黒川を指して真樋は言った。


 周囲には黒川よりも酷い大学デビューの者もいたのだが、関わる事もないだろうと態々声を掛ける事はしていない。


「ヲタクにパリピは無理だったよ。」


「コスプレとは違うって事だね。まぁ良い経験になったって事で。」


 草津のゆるふわパーマもストレートに戻っていた。


「でも、髪の毛黄色にしてお団子ツインテールにするのはありかな?」


 何かに代わっておしおきでもしたいのだろうか、自分でお団子を作って簡易ツインテールをしてみせる草津三朝。


「可愛いけどキャラクターにしか見えないぞ。」


 こいつぅという感じで人差し指をおでこに小突く黒川と、それを受けててへへとやる草津。


 砂糖か練乳でも飛び交っているかのような空間であった。


「惚気るなら二人っきりの密室でしてくれ。」


 やれやれとため息交じりに真樋は呟いた。







「そうそう、バイトの面接を受けたって?」


 同じ講義だからか、真樋のすぐ隣の席に着いた黒川が話しかける。


「ん、まぁな。デートするにも金は掛かるし、そもそも大学生は金がかかるだろ。全部親任せというわけにはいくまい。」



「で、採用不採用は?というかどこの面接を受けたのさ?」


 黒川はさらに深く問いかける。お金が掛かるという部分には理解が出来るのか、黒川も気にはなるようだった。



「安心しろ、執事喫茶とか夜の危ない店とかじゃないから。」


 真樋は夢月にも話した上でバイトをする事を決めていた。


 デートの約束をする際に、そこバイトだから無理と答えると悶着してしまう事を懸念しての事である。


 また、ありえないとは思うが、バイト先での浮気を疑われたくないし疑って欲しくもなかったためであった。


「午後に講義のない日と月二回の土曜日で希望を確認したんだけど、勤務時間については問題なさそうだった。」



「中々学生に優しいとこだな。毎日3~4時間とかかと思ったよ。」



「夢月とも会いたいしな。全ての休日をバイトとか、講義のない平日全てをバイトというわけにもいくまい。」


 真樋は実家から通っているため、一人暮らしをしている学生に比べ出費は少ない。


 それでも、成人した事を加味すると大学生活における全てを親任せにするのは間違っていると思っていた。


 そのため、少しでも返せるようにと、また普段の生活にかかる金銭だけでも自分で稼ぐ必要を実感したのである。



「まぁ、引っ越し屋のバイトなんで男ばかりだからな。間違った事はおこらないよ。」



「なんだ、薄い本の展開にはならないの。残念。」


 黒川の隣には草津が座っている。

 

 真樋と黒川の会話を聞いていた草津が話しに参加していた。



「そんな修羅場で夢月と揉めたくはないからな。」



「コンビニや居酒屋のバイトじゃないんだ。これまた珍しいとこを選んだもんだな。」


 黒川は率直にバイトのイメージを伝えた。


「まぁな。宮田引っ越し運輸って地元の会社で、そんなに大きくはないんだけどな。普通に運送会社としてもやってるみたい。」


 まだ出来て間もない会社だが、地元の中では宮田と名のつくいくつかの会社が存在していた。


 真樋が面接を受けた引っ越し運輸会社だけではなく、小さなホテルや商店、果ては風俗店やメイド喫茶まで運営している。


 宮田引っ越し運輸は、総じて宮田グループと呼ばれている会社の一つであった。




「そういや最近はどうなの?」


 唐突に黒川が真樋に問いかける。


 問いかけた内容は、最近の真樋と夢月の彼氏彼女事情の事であった。


「どうって、四月の始めに映画とか行って、その後ちょめちょめしたりはしたけど、最近は勉強する事が多くて大変だって言ってたよ。」


 新人は真っ白な状態のため、覚える事が多い。


 それはどの職種でも言える事ではあるのだが、夢月の場合は務めた会社の都合上覚える事やらなければならない事が多い。

 

 高いお金を払って貰う職業なのだから、不勉強では済まないのも当然なのだから仕方ない面はあるだろうと、真樋は理解していた。



 そのせいか最近は電話などの連絡も遅かったり少なくなったりしていた。


 それでも、真樋と夢月にはその後の約束をしていた。


 流石に大型連休くらいは休めるから、自分の時間を取れるだろうという事で。


「ゴールデンウィークに温泉でも行こうかという話はしてるんだ。あ、これは二人っきりで行くから友人一同はなしな。」


 遊園地でのデート以外では、ほとんど友人達でつるんでいる事が多かったため、恋人同士になってから二人っきりという事があまりなかった真樋と夢月。


 家が隣ということで、大人な関係を結ぶ時だけは二人っきりであったが、どこかへ出かける時は大抵が団体だった。


 そういう付き合いも悪くないと思っていたためではあるが、学年も変わりさらに深い関係になっていきたいと思っている。


 

「まぁ、普通恋人同士なら二人っきりが当たり前だしな。ダブルデートとかトリプルデートとかがおかしかったんだよ。」


 高校時代は、仲間内でバカやっていたいからというのが大きかったからだけどな、と黒川は付け加えた。




「私もバイト始めようかな。有馬、あんたもバイトしなさいな。」


 コスプレ関係は得てしてお金がかかる。


 衣装にメイク道具に小道具、それにスタジオ利用やイベント参加費など、高校生の頃だって小遣いだけでどうにか出来る程安くはない。


 コスROM(コスプレCDーROM集)の販売で現状お金がないわけではないが、当然製作に関わる部分とで差し引きすると支出と収入の面では、収入の方が高校生のバイト代と然程変わらない。


 最初は資金も少ないため、無地のCD-ROMを小遣いの中から購入し、自分で手焼きをしてジャケットをコンビニでカラー印刷をしてと、少数販売から始めたのである。


 その時に若干際どいPOPを作って掲げていたからこそ、少数とはいえ完売したというのは内緒の話だったが、今では身内は全員知っていた。


 3年でそれなりに売れるようにはなっているが、こういう業界は直ぐに新しいコスプレイヤーが現れる。


 余程のカリスマと呼ばれるような一部以外は、いつ消えてもおかしくはないのであった。


 ネット配信者同様、常に配信を続けたり新しい事、珍しい事にチャレンジしなければ、寿命は短くなってしまうのだ。



「夢月……MOTA!とのカラミもその内飽きられるかもしれないしね。そろそろ新しい波を……」


 そこで草津は真樋と黒川の目を見てニヤリと微笑んでいた。


「男の娘……アリだね。」


 中学まで野球をやっていたせいか、高校ではやっていなかったとはいえ若干筋肉質ではある真樋。


 しかし真樋の顔も、黒川の顔も良く見れば整っている。草津の中では女装すれば映えると見立てたのだろう。


 ニヤリという笑みは、脳内で二人を女装させた結果だったのである。


「いや、ねーよ。」


 しかし真樋は即答した。

  

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