プロポーズは冒険の先で

レクト

プロローグ(裏) 「全部お前らの責任」

「待てコラァ!」

「待てないわ!」


 大きく伸びた手をなんとか振り切り、息を整える間も無く、彼女はまた駆け出す。



一夜にしてすっかり変わり果ててしまった世界を、彼女は走った。


 生まれてこの方、こんなに走ったことはない。


 視界を通り過ぎるのは壊されたレンガの家、燃え上がる木々、混乱に乗じて人々を襲う盗賊。そんな光景に、つい目を奪われてしまう。


 ダメ……! 今の私にできる事なんてない、逃げることだけを考えなければ……!


 助けたいと思う心にぎゅっと目を瞑り、彼女は綺麗に舗装されていたはずの道を駆け抜けて行く。


 後ろには、自分を狙う男たち。5人ほど。振り切れる数ではないため、彼女は荒い息を吐きながら走り続ける。


「オラ! 大人しくしろ!」

「ああッ」


 彼女はその長い髪を大男に捕まれ、地面に倒れ伏した。手に持っていた杖が遠くに転がってゆき、手を伸ばしても、もう届かない。無理やりに顔を起こされた彼女は既に、まともな呼吸ができなくなっていた。


「手間かけさせやがって! お前らのせいで俺達は何もかも失ったんだ! 死ぬ時まで迷惑かけんじゃねえ!」

「この惨状も、全部お前らの責任なんだ。よく全て見捨てて、逃げようと思えたなァ!」


 強制的に上げさせられた視界には、秩序の崩壊した街が広がっていた。震え上がる体を懸命に堪えて、過呼吸の中、なんとか言葉を絞り出す。


「……逃げようと……した、わけでは、ないわ! 私はーー」

「うるせえ! 言い訳してんじゃねえ‼︎」


 顔面を石の地面に打ち付けられ、突き刺すような痛みの後、額がじんわりと温かくなった。彼女は地面に落ちる血を見て、この一夜で血を流して倒れていった数多の人々を想像する。


 私は、こんな所で死ぬわけにはいかないっ……!


 彼女は髪を掴まれているのも構わず、無理やり前に走り出た。繊維の切れるような嫌な音が痛みと共にして、彼女は解放された。


「こいつ、髪を切って逃げやがった!」


 彼女は転がった物に対して手を伸ばす。


 届いたっ!


 杖を手にした彼女のところには、もう男たちが追いついて来ている。


 お母様、力をお貸しください!



「『天空を纏いし神々よ 我の劣弱さを許し給へ』」


 彼女は無理やり整えた呼吸で呪文を唱え始めた。杖の先についている石が青白く光り始める。


「こいつ何かやる気だ!」


 呪文を阻止しようと男たちがさらに勢いをつけてくる。


「『大海を揺さぶりし神々よ 我の強欲さを許し給へ』」


 彼女はまた走るが、先ほど足を痛めたのか、思うように足が動かない。追いつかれるのも時間の問題だ。


「『混沌から生まれし大地の神よ 我の血をもって彼の者を最果てより導き給へ』‼︎」


 召喚式を完成させると、青白い光は焼くような輝きを放ち、男たちは彼女に近づけなくなった。


「何だ? くそ、何も見えん!」


 彼女は足を止め、その杖を祈るような気持ちで地面に突き刺した。


 お願いっ……! 助けて!


「誰かァァ‼︎」



「ごめん、待った?」


 そして現れたのは、スーツを来て花束を持ち、懐には指輪を忍ばせ、今まさにプロポーズをしようとした男、髙岡依人だった。

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