星穹のオルフェノア
橙 鳩螺流
プロローグ
0話 親子喧嘩
私のおじいちゃんは《
天星の旅人……《
そこに辿り着いた者は、どんな願いも叶える事が出来ると言われる伝説の星、楽園。
今なお伝えられる古い御伽話にあった名前で、子供から大人まで誰もが知っている。
おじいちゃんは、かつてその楽園に辿り着いたのだという。
お母さんにも話してない、私との間だけの秘密として。
おじいちゃんは、当時小さかった私に、何度も若い頃の冒険の話をしてくれた。
……とはいうものの、まだ小さかった私にはそのお話はあまりにも突飛で素敵過ぎた。村中の人達に当然のごとく言いふらして周り、しばらく自慢話が尽きる事はなかった。
しかし……いや当然、誰も信じてくれる事はなかったが。
そもそも天人も楽園も、本来ならどちらもこの辺境にすら知れ渡っている超有名な伝承に登場する言葉なのだから。
恐らくそれが実在する、と話す人間は、おじいちゃんと、そのおじいちゃんのお話に魅入られた私の、たった二人だけなのかもしれない。
「おじいさんがおまえを楽しませるために用意した御伽話さ」と。
成熟してきた今なおこの自慢話を絶やさない私に、村の誰もが口を揃えてそう言う。
つまり、"そろそろ大人になりなさい"。
多分、そういうニュアンスも含んでいるんだと思う。
なるほど確かに、私の自慢話は、おじいちゃんのお話は全部、どんな子どもでも抱くような、ごく普通の"夢幻"かもしれない。
けれど、"その夢幻にだけ生きたい"と願う私の夢は、子どもの戯言なのだろうか?
沢山の星が集まって出来た、星の大河の話も。
全てを吸い尽くす、星空に空いた真っ暗な大穴の話も。
星々が爆発する話や、その中をまるで海のように泳ぐ鯨の話も。
――――楽園の、その誰もが夢見る幻想郷の話も。
どれも、何も知らない頃の私の心の支えとなり、寄る辺となり、今なお、生き甲斐となり、夢となった。
その全てが子どもの夢幻であり、いずれ脱ぎ捨てねばならないと言うのなら。
このままいって、私が"私自身を肯定する全て"を否定してしまった時。
私はどうすればいいのだろうか?
心の支えを失った私は、きっと今のような活力も無くなるだろう。
母さんの説教にも堪える事なく、意味もなく仕事を手伝って、死んだように生きる毎日を送ることになるだろう。
それだけ、私自身の地盤となっていたこの
————それは、嫌だ。
「いい加減にしなさい、エレノア! 何処へ行くの!」
「うるさい、来ないで! 何処に行くのも私の自由よ!」
だからとうとう、私は破裂した。
これまで自分を押し込んできた分が。
耐えて来た分の反動が、抑えきれない激情の声になって、母さんの声とぶつかった。
母さんの言いなりにばかりなる人生は、嫌だ、と。
「何も知らないクセに、偉そうに指図しないで!」
そう言って、私は飛び出した。
この家から。
やってられなくなった、この現実から。
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