第19話 閣下の権力濫用講座・中級編


「お戻りはいつ頃になりそうですか?」

「それが、よく分からなくて……少なくとも今日中には帰れなそうな口ぶりでした。また向こうに着いたら連絡しますね」

 転移ステーションまでロガスに送ってもらい、リンナは小さめの鞄を肩にかけて手を振った。いってらっしゃいませ、とロガスが恭しく見送ってくれる。


「さて……」

 緑に囲まれた旧都を一望し、それからリンナはくるりと体を反転させた。現代的なつくりの転移ステーションを睨み上げる。片田舎の転移ステーションは小さく、利用人数も少ない。ロビーの人影もまばらだ。


 アルラスは予約を取ってあると言っていたが、結局どこへ飛ばされるのかは分からずじまいである。

 受付で名前を言って、渡された整理番号を見る。壁の掲示板から同じ番号を目で探し、リンナは眉をひそめた。

「王都第二ステーション行き……」

 行き先の予想がついて、リンナは長い息を吐いた。




 転移装置の中はごくごく狭い。窮屈に足を折って座席に座って待っていると、一瞬だけ浮遊感が生じる。気がつけば、目の前にあった金属の扉がより新しいものに変わっている。

(転移装置は、容器内に入ったものを、同じ容量の別の容器内に移動させる技術……)

 何とも凄まじい技術である。感服しながら、リンナは鞄を手に取って装置を降りた。


 通路に出れば、真っ直ぐ歩くのも難しいような人波が、大きな荷物とともに行き交っている。王都に来るのは大学を離れて以来だが、この熱気はそうそう忘れられるものではない。

「エディリンナ様」

 どこへ行ったものか、と周囲を見渡したところで、声をかけられる。背の高い女が、数人の騎士を従えて立っていた。


「ご足労ありがとうございます」と、彼女は小さく会釈する。少し伸びたのか、短い金髪は後ろ頭でひとつにまとめ、背筋の伸びた立ち姿は相変わらず生真面目そうだった。

 見覚えのある顔に、リンナは眉を上げる。

「イーニル少佐、お久しぶりです」

「はい。エディリンナ様もお元気そうで何よりです」


 はきはきとした口調で告げるイーニルもお元気そうで何よりである。取調中に初めて会ったときに比べれば、随分にこやかな態度だ。

 が、それでもやはりビジネスライクな対応だった。あまり表情は動かず、自らを厳しく律するようなところがある。

(この人、いまいち読めないのよね……)

 リンナは鞄の肩紐を握りながら肩を竦めた。


 そのとき、通りすがりの旅行客が胡乱げな目を向けてくるのに気付く。騎士団の人間から要人のような扱いを受けるこの女は何者だ、と声が聞こえてくるようである。確かに傍から見れば妙な取り合わせだ。

「行きましょうか」とそそくさ促すと、イーニルは小さく頷いた。


 頭上の案内板を見上げながら、駅へ続く連絡通路の方向を指さす。

「ここから、汽車で二駅ほど移動します」

 二駅、とリンナは小声で繰り返した。短く息をつく。

 どうやら予想は的中したらしい。


「……それでは、目的地は騎士団本部ですか」


 動かずに問うと、それまで淡々としていたイーニルの表情に一抹の動揺が浮かんだ。言葉を選ぶように唇を薄く開いてから、イーニルは穏やかに告げる。


「我々は、エディリンナ様を必ずお連れするよう命じられております。同行して頂けない場合、お互いに困ったことになってしまいます」

「それは誰に命じられているんですか?」

 素早く切り返すが、イーニルは下手な微笑みだけで答えなかった。



 四方を騎士に囲まれ、混雑する通路を進んだ。汽車の出入りするホームにつけば、天井が高く開放的な空間に、いくつもの線路が並んでいる。


 転移ステーションに隣接する駅とあって、都に到着したばかりの旅客が大半のようだ。はしゃいだ声を上げる家族連れや、時計を見ながら早足で歩く大人など、雑多な顔ぶれがめいめいの汽車に乗り込んでゆく。


 リンナたちが並んだホームにも、数分も経たずに真っ黒な煙を上げた汽車が滑り込んできた。汽車には詳しくないが、新しい車両に見えた。表面の塗装はつやつやとした臙脂色で、徐々に減速してぴたりと止まると、自動で扉が一斉に開く。

 わあ、と隣の列で小さな少女が声を上げるのが聞こえた。


「わたし、王都に来るのはじめて!」と幼い声が言い、大人がそれに応える。


 イーニルに誘導され、リンナは人気の少ない一等車に乗り込んだ。コンパートメントのひとつに入って少しすると、一度大きく揺れて汽車が動き出す。

 順調に加速した列車は、ホームの開口部から外に向かって大きく弧を描いて滑り出した。


 汽車の走る高架橋から、どこまでも街並みの続く都が視界を占める。よく晴れた春の日とあって、そこかしこの並木の枝先には鮮やかな花が咲き、建物の影や道の先に青々とした公園の形も見える。目を凝らせば、公園で駆け回る子どもの姿が目に映った。



「……イーニル少佐が私を迎えに来たということは、『博士』に関することでしょうか」

 窓際に座って頬杖をつき、リンナは努めて平坦に口を開いた。向かいにはイーニルが腰かけ、隣は屈強な騎士が固めている。


「ご明察のとおりです」とイーニルが答え、手のひらほどの大きさの箱を取り出すとスイッチを入れた。列車の車輪がレールの継ぎ目を踏む音が、ふっと遠ざかる。防音の魔道具だろう。


「指名手配されていたエルウィ・トートルエが保護されました。取り調べを行っていますが、あなたが来なければ何も話す気はないと強弁しており、一切口を割らない状況です」

 イーニルは膝を揃えてそう語った。嘘はなさそうだ。


 リンナはゆっくりと頬杖から顎を上げると、彼女に向かって顔を向けた。

「……保護という言い方、すこし不思議ですね。確保とか、発見とかじゃないんですか?」


 イーニルは咄嗟に反応を示さなかったが、隣席の若い騎士はわずかに体を揺らした。思わず視線を向けると、イーニルが叱責するように騎士の名を呼んだ。「申し訳ありません」と騎士は小さな声で呻く。


(指名手配されていた容疑者が見つかっただけなら、こんなに緊張感があるのはおかしい)

 リンナは内心で呟いた。

 王都についたときから、いや、アルラスから連絡が来たときから、ずっと良くない予感が続いている。

(なにが起こっている?)

 窓の外の景色は絶え間なく流れ、豊かで広大な都の様子を映し続けている。



「エルウィは、どこで、どのように、誰に保護されたんですか?」

 乗り物に乗って、これだけ周りを囲まれている状況だ。自白の呪いなんかを使って強制的に聞き出すのは得策ではない。努めて抑えた口調で問うと、イーニルは一瞬だけ躊躇うように足元を見た。


「本部に着いてしまえばどうせ分かることですから」と、彼女は気が進まない様子で口を開いた。


「エルウィ・トートルエは、先の博物館襲撃事件、ならびに複数件の歴史的資料強奪事件に関与するとみられる一味との関わりがあるとして指名手配をされていました。しかし、その足取りや所在に関する手がかりは全くと言って良いほど見つからない状態が続いていました」

 彼女の口ぶりは苦々しく、よほど難航したとみえる。


「が、一昨日、ある一報が本部に入りました」


 列車が次の駅へと吸い込まれてゆく。陽射しが屋根に遮られ、車内に影が落ちた。直射日光の射す窓際に慣れていた目は、いきなり暗くなった座席をぼんやりと映し出す。

 減速するにつれて、体が引っ張られるような感覚がある。イーニルは背筋を正したまま僅かに揺れることもなく、薄暗がりのなかでこちらを見据えていた。その双眸が鋭く光っている。



「南部戦線、第一防壁外にて、指名手配犯が保護を求めている、と」


(南部戦線の向こうは、人の居住区の外……)

 またその名前が出た、とリンナは喉を鳴らした。窓枠に置いた手を強く握り締めて、身を乗り出す。


「南部戦線というのは、一体何なんですか? 一般人には全く情報が開示されず、我々には、あの場所が何を行っているのかも分かりません」

「申し訳ありませんが、機密情報ですので」

「政治的なことに口を出すつもりはありませんが、軍部のそうした態度がこの先もずっと続けられるとは思えないわ」

「我々は市民の安心安全を守るため、常に最善を尽くしております」


 南部戦線の名が出た直後から、イーニルはまるで仮面を被ったように一辺倒な答えしか返さない。



 この国が壁に囲まれるようになったのは、およそ百と八十年ほど前のことである。巨大な砦の建設にかかる期間を思えば、呪術師が滅びた頃とほぼ合致する。


『あの頃は、魔獣がいなかった』

 アルラスが以前に口を滑らせた言葉である。

 二百年前にはいなかった魔獣から人間の生活を守るため、砦は築かれた。

 同じ頃、呪術師はこの地上から姿を消した。


(私たちの生活を脅かす、魔獣というのは……)

 リンナはぼんやりとコンパートメントの壁を見上げた。




 汽車が駅を出る。次の駅を降りれば、目の前は騎士団本部である。

 窓に顔を向け、国内で最も大きい都を見渡す。最近の試算では、人口が二百万人を越えたという。リンナは黙って車窓の向こうを眺め続けていた。

 列車の走る高架橋の先に、小さな駅が見えた。駅と目と鼻の先に、宮殿のように広大な施設が広がっている。


 目も眩むような真昼の光を額に受けながら、リンナはイーニルを横目で見やった。

「私を連れて来いと命じて、私を連れてくるのに、これほど厳重な体勢で準備するように言ったのは誰ですか?」

 イーニルは口を開きかけて、躊躇うように目を伏せた。その表情だけで想像がついた。


「私の夫ですか?」


 いつも表情の薄い女騎士の顔は、今ばかりは雄弁だった。苦しげに眉根を寄せて目を伏せる彼女に、リンナは思わず笑みを零した。

「教えてください。イーニル少佐の知るあの人は、何ていう肩書きですか?」



 先頭の車両が駅のホームへ差し掛かる。イーニルは防音の魔道具に手をかけたまま、思案するように押し黙った。

 ややあって、その指が、魔道具のスイッチの上にある突起に触れた。指先がつまみを回す。


 周囲の音が更に遠くなり、隣に座っていた年若い騎士が不思議そうにこちらを振り向くのが分かった。『イーニル少佐?』とその唇が動くが、声は聞こえない。

 すぐ横にいる人間にも聞こえないほど、防音の範囲を狭めたのだ。


「博物館の事件の際には存じ上げませんでした」

 イーニルは目を伏せて告げた。

「しかし、あれから数日後に閣下自ら私のところまでおいでになって、『本件に自分と妻が関与したことは伏せておくよう』という指示を頂くとともに、お立場について簡単に伺っております」


 イーニルは魔道具を手に身を乗り出した。唇を動かさずに、ごくごく潜めた声で囁く。

「軍の国境防衛部長官。ならびに南部戦線の特別顧問、と」


 列車が駅のホームで停止する。顔を上げれば、国旗が騎士団本部を背景にはためいていた。

(やっぱり、投資家なんかじゃないじゃない)

 リンナは内心で呟いて、長い息を吐いた。


 その反応から、リンナが今までアルラスの立場を知らなかったと分かったのだろう。イーニルは眉を下げてこちらを見ている。

「案じてくださってありがとう。事態が緊迫しているから、心配なんですよね」

 手を伸ばし、魔道具のスイッチを切る。駅の喧噪と、列車の通路を歩く乗客の話し声が一気に流れ込んだ。


 イーニルが不安そうにこちらを見る視線には、職務を越えた気遣いが垣間見えた。

 アルラスは余程の剣幕で、自分を連れてくるように言ったのだろう。

「大丈夫です。あの人は私を悪いようにはしませんよ」

 リンナは立ち上がり、ぱちんと片目を閉じてみせた。


「だって私たち、仲良し夫婦ですもん」

 明るい声で言いながら、腹の底の不安はなかなか消えてくれない。



 ***



 机の端の通信機が音を立てた。手を伸ばして受話器を取ると、アルラスは「はい」と言葉少なに応じる。


 騎士団本部の受付からの内線だった。きびきびとしたイーニルの声が事務的に告げる。

『エディリンナ様をお連れしました。そちらの取調室へご案内しても?』

「ああ、ご苦労。こちらの階まで連れてきてほしい。……少し代わってもらえるか」


 片手で受話器を支えたまま、反対の指先で机をとんとんと叩く。数秒待って、『もしもし』と聞きなれた声が聞こえた。

 いきなりの呼び出しにどれだけ怒っているかと思ったが、声はむしろ心細そうだった。


『騎士団本部にまで連れてこられるなんて、聞いてないですよ』

 もう、とわざとらしく拗ねた口調の裏に、不安が見え隠れしている。イーニルなどの手前、気丈に振舞っているのが手に取るように分かった。


 どう宥めたものか、などと考えて表面上を取り繕おうとしていた己の浅ましさを、アルラスは密かに反省する。


「突然の頼みなのに、こんな遠方までありがとう」

『いえ、転移すれば一瞬ですし……え? まさか転移装置の代金って私持ちなんですか?』

「んな訳があるか」


 金を出す気はさらさらない口調で言われて、アルラスは思わず苦笑した。

 普及が進んでいるとはいえ、転移装置の利用料金は未だに高い。市民の平均収入からすれば、目が飛び出るほどの高額である。


「上の階で待っているから、少佐に連れてきてもらいなさい。昇降機の前まで迎えに行く」

『うん』と、リンナはふと幼い口調で相槌を打った。


『……ロビーまでは迎えに来てくれないの?』

「申し訳ないが、俺はこのフロアから出られない」


 端的に答えたあとの沈黙だけで、リンナが状況を把握しようと考えているのが分かる。彼女が、最短の道筋で正しい憶測にたどり着いているであろうことも。



『ねえ閣下』

 声がくぐもった。リンナが口元を手で覆ったのだ。アルラスは思わず身構えた。

 彼女には、今まで自分が軍属であることを言わないできた。隠していた訳ではないが、あえて言わないようにしていた自覚はある。


 一体なにを言われるのか、と覚悟したところで、リンナはごくごくあっさりした口調で告げた。

『お父様とお話ししたことはありますか?』

「セラクタルタ卿と? まあ、何度かは」

 予想だにしていなかった話題に、アルラスは拍子抜けしながら頷く。リンナは一拍おいて、不自然なほど何気なく切り出した。


『お父様は、私のこと、何か仰っていましたか?』


 通信機で顔が見えないことを、これほど恨んだのは初めてだった。リンナの声からは彼女の表情はちっとも分からず、彼女が求めている答えはとんと検討もつかなかった。



 アルラスは三秒ほど黙ってから、きつく目を閉じた。嘘はつけずに、絞り出すように告げる。

「……俺は、君に会うまで、セラクタルタ家に娘がいることを知らなかった」

 ふ、と耳元で笑う小さな吐息が聞こえるのと同時に、人の気配が消えた。


 少しして、『もしもし』とイーニルの声に代わる。

『外来の手続きをしてから行きますので、もう少々お待ちください』


 がちゃん、と通信が切られる音を聞いてから、アルラスは天井を仰いだ。深々と息を吐いて、受話器を下ろす。




「……リンナですか?」

 南部戦線で捕縛されて以来、二日間ろくに口を開かなかった男が、目の前で呟いた。


 伸び放題だった髪と髭は、昨日理容師の手によって簡単に整えられた。

 顔立ちが顕になったエルウィは、若く女好きのする青年だったと窺える。しかし、その頬は青ざめ、今はあまり見栄えがしない。

 アルラスは受話器から手を離しながら、机の向かいにいるエルウィに向き直った。


「あんたはリンナの何ですか?」

 取調室の素っ気ない壁を背景に、エルウィは体を丸めたままじっとこちらを見据えている。アルラスは少し躊躇ってから、「夫だ」とだけ答えた。


 エルウィの頬に歪んだ笑みが浮かぶ。


「あんた、騙されてますよ」

「騙されていない」

「あの女はね、小さな頃からずっと、周りを欺いて生きてきたんです。あんたもきっと、知らないうちに呪いをかけられているに違いない」

 アルラスは無言で瞬きをした。



 幼い日に、家族に呪いをかけたのだ、と彼女は言っていた。リンナの口ぶりからして、彼女の生育環境が良くなかったのは明白である。

 エルウィはリンナの元婚約者であり、家族ぐるみの付き合いだったと聞いている。となれば、リンナの魔術はエルウィにも及んだのだろう。

(魅了と、記憶操作……といったところか)

 足を組み、アルラスは背もたれに体を預ける。


「……知らないうちに呪いをかけられている、と俺に言うからには、貴様にはその経験があるのか」


 エルウィはしばらくこちらの様子を窺ったまま、何も言わなかった。睨み合いが数秒続く。

 取調室に他の人間はいない。アルラス自身が追い出したからである。ここでの会話は記録されていない。



「僕はようやく思い出せたんだ」と、ややあって青年は吐き捨てた。


「小さな頃、あいつは病気で人前に出られない体だった。でもそれが嘘だということも、あいつの兄から内緒で聞いていた」

 口を挟みかけて、咄嗟に声が出なかった。腹の底に重石を入れられたように、身じろぎもできない。


「父親に疎まれていたんだ」

 エルウィは世間話のようにあっさりと告げる。

「僕も部外者だから、詳しい事情は分からないけれど……とにかくあいつは人目に触れないように隔離されて育った」


 つい数分前の、リンナの言葉が耳元に蘇った。……今思えば、彼女のあの声は、どこか縋るような響きをしていなかったか?

 指先が痺れるような感覚がして、アルラスはきつく拳を握りしめた。


「それなのにあるときから、皆があいつをちやほやし始めた。当然のように外へ出るようになった。それなのに誰も違和感を覚えなかった」

 おぞましいものを見たように、エルウィは声を大きくして語る。「おかしいだろ」と、こちらへ向かって身を乗り出す。


「俺たちはみんな呪いをかけられていたんだ。あいつの都合の良いように操られていたんだ。そんなの、許されるはずがないだろ!?」


 エルウィは悲鳴のように叫んだ。恐怖と嫌悪に歪んだ彼の顔を、アルラスは声もなく見つめていた。



『呪術がなければ誰も私を好きになってくれない』と、腕の中で小さく縮こまったリンナが泣いている。


 あの子はこれまでずっと、決定的に道を間違い続けて来たのだ。思わず天を仰ぐ。

 誰にも正しい道を教えてもらえないまま、それしか手段を知らないまま大きくなったのだ。



「一体何を企んでいることか。あいつを野放しにしていいはずがない。あんなやつのことを、少しは好ましく思っていた自分がおぞましくて仕方がない!」

 エルウィはますます声を高くして叫んだ。


「あいつは、化け物だ!」


 ぴくりと、指先が跳ねる。アルラスは一度息を吸って吐いた。……化け物?

 そっと手をついたはずなのに、掌は強い音を立てて机を叩いていた。

「黙れ」

 静かな声で告げると、エルウィが口を噤む。


 アルラスは緩慢に立ち上がり、廊下へ続く扉へ手をかける。

「そんな言葉を、軽々しく使うんじゃない」

 肩越しに鋭く睨みつけると、エルウィは臆したように首を引っ込めた。





(リンナなんて、まだ可愛いものじゃないか)

 それは、自分のような人間に向けられるべき言葉である。

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