第38話 もういちど

エピローグ


真希まきちゃん、いつ戻ってくるのかな」

 

 麗奈れなさんが遠くを見つめながらつぶやいているのが見えた。

 そばにいたあいさんが軽く首をかしげて、それから麗奈さんの方へと視線を戻す。


「そうですね。すぐには戻ってこられないとは思いますけど」


 愛さんも麗奈さんと同じ方向を見つめている。

 落ち葉の匂いが風の中に満たされていた。あれからずいぶんと時間が流れたと思う。


「寂しいですか?」


 愛さんが静かな声で微笑みながら訊ねる。


「うん。やっぱり寂しいよ」

「そうですよね。浩一こういちさんもいない訳ですし」

「それはいいの、浩一の奴なんかいなくなった方がせいせいするもん」


 麗奈さんはそれでも寂しさの隠せない声でつぶやくと、そのまま空を見上げていた。ああ。麗奈さんは相変わらずお兄さんの事が大好きなんだなって思う。


 あの時ほどではないけれど、青い空が広がっている。晴れて良かったなって思う。

 でももう風は冷たい。すっかり秋が近づいてきたなって思う。


「ふむ。まぁ、浩一の奴がいなくても俺達がいるから寂しくないと、そういう訳だね、麗奈くん」


 横合いから不意に声が掛けられる。みるとひびきさんと大志たいしさんもいつの間にか近くにいたようだ。もしかしたら最初からいたのに気がつかなかったのかもしれないけれど。


「ちーがーうっ」

「ふっ。麗奈くん、照れなくても良いのだよ。なぁ、大志。お前もそう思うだろ」

「う、うんと」


 麗奈さんと響さんの言い合いの間にはさまれて、大志さんがあたふたとしながら困っている様子も見える。


 ああ、皆さんおそろいで楽しそうだなって思った。


「そうかもしれない」

「ちーがーうーっ」


 大志さんの答えに麗奈さんが怒りを感じたのか、ばしばしと叩いていた。さほど痛そうには見えなかったけれど、大志さんは慌てて麗奈さんに謝っていた。


「もう。違うんだから」


 ぷいとすねたようにそっぽを向く。ここに浩一さんがいたなら、たぶん笑っていただろうと思う。


 うん。そろそろ話の切れ目でちょうどいいかな。

 私は皆さんに声をかけることにした。


「皆さん、こんにちわ」


 私の声に、皆さんは振り返っていた。


 今日の出で立ちはタータンチェックのガーリッシュなスカートに白のセーター。胸元に小さな銀色のペンダント。その上にブラウンのショール。


 そして伸ばした髪を耳元で二つに結んでみた。可愛く出来ているだろうか。


「うむ、桜乃さくのさん。ひさしぶりだな」


 私の呼びかけに最初に答えてくれたのは響さんだった。楽しそうな笑みに、私も微笑み返していた。


「はい。皆さんお元気そうで何よりです」


 私は頭を下げて、それから他の皆さんにも視線を送る。


「……なんで桜乃さんがここにいるの?」


 麗奈さんはどことなく不満そうな顔でつぶやいていた。口元を大きく膨らませている。


 私は何かしてしまっただろうか。不安に思うけれど、なるべく表情には出さないようにする。


「もちろん招待したからに決まっているだろう。彼女にはいろいろと世話になった事だしな」


 響さんが麗奈さんの頭に手をのせて、やや意地悪そうに笑っていた。

 この二人も相変わらず仲良しのようで、何よりだと思う。


「はい。ご招待を受けました。私、ずっと通信制の学校にしか通った事がないので、文化祭とかに参加するのは初めてでどきどきしています」


 私はいままで力のせいで通信制以外の学校に通うことは出来なかった。

 だからこんな風に文化祭のような事はしたことがない。招待された事で、とても楽しみに思っていた。


 ここは響さんから待ち合わせ場所に指定されたところだ。少し迷ってしまったけれど、ちゃんと時間通りにこれて良かったと思う。


 学校の中にはいくつもの出店や出し物、それから昼間からいろいろ出来上がってしまっている人達の姿も見て取れる。その辺は怖いので近寄らないようにしていよう。


「やっぱりとても賑やかなんですね」

「まぁ、賑やかでなかったら学祭じゃないってね。じゃあ行こうか。みなはぐれないようにちゃんと手をつなぐのだよ」


 私の言葉に、響さんが子供の引率みたいな事を言っていた。変わらずにぎやかな人だなぁと思う。


「ばかなの」


 麗奈さんはすねた様子で、一人先に歩き出していた。

 私は思わず笑みを浮かべてしまうが、それもまた麗奈さんの機嫌を損ねてしまったらしい。口元をまた膨らませていた。


「通信制だったのですか。あれ、でも、桜乃さんって初めて会った時に制服着てませんでした?」


 話題を変えるかのように愛さんが口を挟む。

 確かにそれは疑問だろうと思う。


「通信制の学校にも年に一週間は登校日っていうのがあるんですよ。制服はせっかくなので同じ学校の全日制の制服を着てみたんです。やっぱりいちどくらい制服って着てみたいじゃないですか」


 実のところ私も制服はほとんど着たことはない。でもやっぱり可愛いと思う。

 出来るなら私も全日制の学校で制服を着てみたいなとは思っている。


「なるほど。そういう事でしたか」


 愛さんは納得した様子でうなずいていた。


「それにしても待ち人があるからここで待ち合わせっていってましたけど。待ち人って桜乃さんの事だったんですねぇ」


「その通りだよ、ワトソン君。さて、では早速いこうかね。麗奈くんも先にいってしまっていることだし」


 一人で向かっている麗奈さんの背中を眺めながら、響さんが軽く笑みをこぼす。

 その瞬間、私の心臓がばくばくと波打ち始めていた。慌てて響さんを呼び止める。


「あ、あのっ。私の格好、おかしくないですか?」


 出来る限りおしゃれをしてきたつもりではあるけれど、浮いていないだろうか。

 何せ私は田舎者だし、都会の流行にはうとい。可愛く見せられているかわからない。


 どきどきと揺れる私に、響さんは私の肩をぽんと叩く。


「うむ、心配することはない。とても似合ってて可愛らしいよ」

「そうですか。よかった」


 安堵の息を漏らす。どうやら変ではないらしい。


「君の可憐さと相まって、どこぞの芸能人が来てるかと勘違いするくらいだ。実際に文化祭だから誰か来てもおかしくはない事だし」


「それならずいぶん売れてない芸能人ですね」


 お世辞にちょっと冗談交えて返す。

 そしてうん。私は大丈夫だ、ともういちど安心して息を吐き出す。

 すると愛さんがふたたびのほほんとした声で話し始める。


「でも桜乃さんだったらすっごい人気になりそうですけども。いっそホントにデビューしてみたらどうでしょうか?」


「私はそんな器じゃないですよ」


「そんなことはないですのに」


 こんな他愛もない会話を続けながら、私達は文化祭を見て回った。

 初めてのことばかりで、とても楽しかった。


 そして時間はあっという間に過ぎてしまった。

 日はすっかり傾いて、空は茜色に染まっている。


「もうこんな時間ですね」


 私は残念な想いでつぶやいていた。話はきいていたから、仕方ないとは思うけれど、このままでは目的は果たせないままだ。


 でも時間としてはそろそろ帰らない訳にはいかない。


「ふむ、そろそろ桜乃さんは帰りの時間かな。じゃあ最後にとっておきの場所に案内しよう。なに時間はほとんど掛からないから安心してくれたまえ」


 私のため息をきいていたのか、最後に案内してくれる場所があるらしい。

 それほど時間がある訳でもなかったけれど、まだ少しくらいなら大丈夫だとは思う。


 響さんはすぐにすたすたと歩き出す。


「あ、まちなさいよ。いきなりどこいこうっていうのよ」


 麗奈さんが呼び止めていたが、響さんは何も言わずにすたすたと歩き続けて、私もみなさんもその後をついて歩き出していた。


 階段を登って辿り着いたのは校舎の屋上。

 ひゅう、と風が頬を撫でる。


「ここがとっておきの場所だ」


 響さんが自信満々に告げる。何人かの人影は見えるものの、特別に何かあるという訳でもない。


 ただ夕焼けははっきりと見て取る事ができた。学校全体を見渡せて、綺麗だなと思う。


 私はその輝きに思わず見とれてしまっていたと思う。

 ただそれもそう長い時間ではなかった。それほど長い時間いるわけにはいかない。


「確かにこれはとても綺麗ですね。それじゃあ、私そろそろ帰ります」


 告げながら私は振り返る。

 しかしそこに響さん達の姿はなかった。

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