第27話 祟りで一人ずつ
駅が見えてきていた。この辺りは旅館からさほど遠い訳ではないし、すぐに駆けつけられたと思う。
そこにはうずくまるようにして頭を抱えている大志の姿が見えた。それからその前に倒れ込ている
「
思わず声を荒げて、それから近くに駆け寄っていく。
画面がぼろぼろに壊れたスマホと、響から流れる血の色が見えた。
「浩一くんっ、響くんが響くんがっ!」
大志は泣き叫びながら僕へと飛び込んできていた。胸にすがるようにして、僕の服を掴んでいた。
「響くんが、死んじゃった」
大志の言葉に僕は動揺を隠せなかった。胸がばくばくと揺れる。
響が死んだ。まさか。なぜ。
響へと顔を向けるが、響は確かに倒れたままぴくりとも動かない。
「何があったんだ。いや、とにかくまずは響を」
僕は大志を振り払って、すぐに響のそばに向かう。
響の手に触れるとまだ身体は温かい。いやそれどころかはっきりと脈打っている。響は死んでなんていない。
「響くんがっ、響くんがっ、ぼくのせいで」
大志は完全に取り乱しているようで、ただわめき続けているだけだった。何があったのかはわからなかったけれど、相当気が動転しているようだった。
「おちつけ大志。響はまだ死んでいない」
「え?」
僕の言葉にやっと大志は泣き叫ぶのをやめて、僕と響の間を交互に見つめていた。
「とにかくまずは響を助けないと。大志、救急車は? まだだったら呼んでくれ」
響はどうやら気を失っているようだ。みた限りでは何かで頭を打ったのかもしれない。こめかみの辺りに血がにじんでいた。ただそれほど大きな出血ではないようで、すでに血は止まっているようにも見える。
とはいえ僕には医療の知識がある訳じゃない。一刻も早く病院につれていく必要があるだろう。
「う、うん。あ、でも携帯、壊れちゃったから、どうしよう」
大志は壊れたスマホを前に、また混乱しているようだった。この壊れたスマホは大志のものだったのだろう。
大志はもともとトラブルに弱い。あまりあてになりそうにない。
「わかった。僕が救急車を呼ぶ。でもとにかく何が起きたのか教えてくれ」
スマホの緊急ダイヤルのボタンをおして、救急へと電話をかける。
「風が、風が。飛んできてばんって。慌てて、だから響くんが。僕のせいだ。僕が僕は」
大志の言葉はまるで当を得ない説明でよくわからなかった。それでも少しは推測する事が出来る。
おそらく風がかなり強くなってきているから、看板か何かが飛んできて響にぶつかったのだろう。電話の時の雰囲気から察すれば、大志へとめがけてとんできたものを響がかばったのだと思う。
響はそういう奴だ。バカな事を言いながらも、皆のためを思って行動できる。
そんな響が
見えてしまった未来のせいだろうか。麗奈が倒れたことで僕も混乱していたのだろうか。
いやきっと麗奈を守れなかった自分を認められなかったんだ。だから身近にいた響に罪をなすりつけようとしていた。響を疑ってしまっていた。
だから僕の弱さのせいなんだ。
僕は後悔と共に自分の胸をかきむって心臓をわしづかみにしてしまいたい衝動にかられていた。でもそんなことは出来るはずもない。
「救急です。友達が頭をうって倒れて意識がありません。はい。はい。そうです。ここは」
僕はつながった緊急ダイヤルに状況を説明しはじめていた。
そのうち救急車もきてくれるはずだ。
何とか冷静に説明する事が出来たとは思う。だけどその内実は、僕の心は誰にも言えない想いと共に強い疲労感に打ちのめされていた。
まだはっきりとわかったわけではないけれど、響は犯人じゃなかったのかもしれない。
それだけでも僕の張り詰めた心が緩み始めていたと思う。
本当はまだ何も見えてはいなかったのに。
響は病院につれていかれたが、すぐさま命に別状があるようなことはないとの事だった。今は念のため可能な範囲の精密検査を受けているようだ。
台風が近づいてきているせいなのか、病院の中はかなり慌ただしい。麗奈が担ぎ込まれた時にも、これほどばたばたとはしていなかったと思う。
まさか一日の間に二回も病院にくるとは思わなかったけれど、今日は同じように運び込まれている人も多いのかもしれない。
隣にいる大志が心配そうに僕をのぞき込んでいた。混乱していたのはさすがに今は平静を取り戻したようではあったものの、大志も病院の慌ただしい雰囲気を感じ取っているのか、どこか落ち着かない様子で辺りを見回していた。
「何かあったのかな」
「わからないけど、台風もきているから、他にも事故とかあったのかもしれないな」
僕に推測できる範囲で答えると、それから僕も辺りを見回してみる。
「祟りなのかな」
ぼそりと大志がつぶやいていた。
何を言っているんだと思うが、大志は口にしたと同時にそれがさも正しい事のように思ったのか、僕の方に向いて涙目になっていた。
「そうだ。祟りだよ。これはきっと祟りなんだよ。だって
一人で勝手に話し始めると、頭を抱え込んでいた。
そんな大志に僕は内心怒りを覚える。
「祟りだって。そんな訳があるか。響はまだしも、麗奈は人為的に刺されたんだぞ。それが祟りなんていう訳のわからないものであってたまるか」
僕は大志をにらみつけると、大志はおびえた様子でそれ以上には何も言わなかった。
楠木からは返事がなかったけれどそもそも既読になっていなかったから、そもそも確認していないのかもしれない。きっといろいろあったから疲れてさっさと眠っているだろう。
麗奈はどうしているのだろうか。無事でいるだろうか。さすがにもう麻酔も切れていると思うけれど、時間が時間だけにたぶんもう眠っているとは思う。
本当は少しでも確認したかったけれど、面会時間はとうに過ぎている。勝手に麗奈の病棟に潜り込む訳にはいかない。
どうして麗奈がこんな目に遭わなければならないのだろうか。
大志が言うような祟りなんて事はあり得ない。犯人はわからないけれど、誰かが確かに刺したのだ。そこには犯人の意思が介在しているのだから、祟りのような曖昧な物ではあり得ない。
不意に頭が痛んだ。今日は少しばかり無理をしすぎたのかもしれない。何度も雨に濡れて身体を冷やしているし、睡眠もちゃんとはとれていない。建物のクーラーで身体を冷やした事もあって、もしかしたら風邪を引きかけているのかもしれない。
「ちょっとロビーで飲み物でも買ってくる」
大志に告げると、返答もまたずにロビーへと向かう。
紙コップのホットのコーヒーを買って、近くの倚子に腰掛ける。紙コップの自販機は夏でも温かい飲み物があった助かるなと思う。
コーヒーを飲み干して、戻ろうかと思って立ち上がった。
その瞬間だった。
「浩一さん」
背中側から呼びかけられた声に、僕は思わず振り返る。
そこに立っていたのは、考えてもみない顔だった。
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