第9話 防空壕で一人ずつ
彼女は綺麗な子だったな。芸能人にいても不思議じゃないとは思う。でもそんな子がなぜ僕に一緒に死のうと話しかけてくるのかがわからない。彼女にそういったそぶりはないと思う。とにかくまずは彼女の事を知るのが始めだと思う。
思わず一人考えを巡らせていたが、皆は気にしてはいないようで、それぞれで話を続けていた。
「それにしても
「はい、大好きですよ。楽しいじゃないですか」
麗奈の言葉に満面の笑顔で楠木が答える。どうにも理解できない趣味だけれど、楠木の不思議さはいちいち気にしていても仕方がない。
ただ麗奈は楠木の言葉に違うことを考えていたようで、不意に思いついたように話を始めていた。
「あ、そうそう。穴掘りっていうとさ、知ってる? この辺りの昔からある言い伝えのこと」
麗奈の嬉しそうな顔に、僕は思わず眉をひそめる。たぶんこういう時の麗奈の言い出す話は大抵ろくでもない話だ。
ただ普段なら聞き流していたかもしれないけれど、それでもこの辺りの言い伝えという事であれば、もしかしたら未来につながる話かもしれない。ひとまずは耳を傾ける事にしようと思う。
「このさ、浜辺をもう少しいくとだんだんと山に入っていくんだけど、そこには大きな洞窟があるんだって。そしてね、その洞窟は自然に出来たものじゃなくて、戦争の時に皆で必死で掘った穴なんだって。いわゆる防空壕って奴なのね」
麗奈は内緒話をするように少しずつ声を小さくしながら、神妙な顔つきで語り続けていた。もっともその顔の端が笑みで歪むのは隠しきれていなかったが。
「でもその防空壕は、結局一度も使う事がなかったの。なぜなら、その防空壕を掘っていた人達は一人ずつ」
「ストッープ」
麗奈の語りを止めたのは響の声だった。耳がつんとするほどの大声が文字通り響きわたる。名は体を現すというけれど、声まで現さなくてもいいのに。
「麗奈くん。怪談は夜になってからと相場が決まっているだろう。それが様式美という奴だよ。いけないな、決まりを破っては。まぁ、しかしちょうどいいスポットもある事だし夜は肝試しと行こうじゃないか」
響がこれは名案と一人うなづいているのがわかる。
たぶんこれは事前に用意していた話だろう。麗奈と響も結託して、初めから夜に肝試しをするつもりだったのだろう。
それだけに麗奈は二つ返事で頷くに決まっているが、矢上や楠木はどう思っているのだろうか。思わず二人へと顔を向ける。
「あ、いいですねー。楽しそうですし」
「まぁ、皆に異論がないなら私は反対しないが……」
楠木はふわふわとしたあまり何も考えていない様子で賛同しており、矢上はどちらかというと気乗りしない様子ではあったが拒みはしなかった。
正直僕としては肝試しなんてやろうとは思わないし、出来れば避けたいとも思う。特にあの時みた麗奈の姿は、暗い闇の中に感じられた。それだけに夜はあまり外に出歩きたくはないとも思う。桜乃との未来は立ち向かっていこうと思えたが、麗奈の件については少し及び腰になる。
ただ僕の見る未来は曖昧な形で映し出される。それだけに暗い闇の中のように見えたからといって、本当に闇の中とは限らない。ただ全てを映し出す訳ではないから、闇のように感じたのかもしれなかった。
だから肝試しでどうこうなるとは限らない。それでも闇の中で見えた麗奈の姿があるというのに、暗闇に近づきたいとは思えなかった。
残る大志が反対してくれないだろうかと視線を送る。しかし大志は食べ物の事以外は無頓着だから、たぶん反対はしないだろう。
実際大志は僕の視線には気がついていないようで、すぐに「別にいいよ」と答えていた。
「うむ。では決まりだな。なに夜の道でもちゃんとコースは下調べしておいたから危険はない。安心してくれたまえ。一本道で迷いようがないからからな」
響はふははと悪代官のような声を上げて楽しげに笑う。たぶん実際に心底楽しくて仕方ないのだろう。響は普段から大騒ぎするタイプではあるが、こういうイベントごととなれば、よりいっそう盛り上がるからだ。
僕は正直こういった事は好きではないのだけれど、だいたい麗奈に引っ張り回されて強制的に参加させられる事が多い。
何となく肝試しにはいかない方がいい気がしていた。それは未来でみた麗奈の事があるからだと思うけれど、他に特にこれといった根拠があるわけでもなかった。
だから本当は反対したいところなのだけれど、さしたる理由がある訳でもないのに水を差す事は出来なかった。特に今日は出がけに旅行を不意にしかねない発言をした事もある。きいていたのは麗奈だけだったけども、それだけにこれ以上言えば麗奈を怒らせる危険もあった。
そう思って今度は麗奈を横目でみつめてみる。さぞ楽しそうにしているのだろうなと思っていたけれど、麗奈は少し渋い顔をのぞかせてうつむいていた。もしかすると麗奈と響きが共謀して肝試しをしようとしているのだと思っていたけれど、響の独断だったのだろうか。
「麗奈、どうした。浮かない顔をしているみたいだけど、肝試しは気に入らなかったのか」
声をかけてみる。もしそうなら、うまく使って肝試しは中止したいと考えていた。
しかし麗奈はすぐに首をふるって、それからためいきをひとつ漏らした。
「楽しそうだと思うんだけど、今日はちょっと疲れちゃったから、明日がいいかなって思って。……まだあんまり準備できてないし」
麗奈はぼそぼそとした声で告げる。どこかいつもの麗奈らしくもないと思ったのだけれど、確かに今日は朝早くから起きているから疲れもあるのだろう。
麗奈がもう少し乗り気でないのなら、止める事も出来たとは思うのだけれど、これでは中止にしようとまでは言えなかった。
結局はこの麗奈の言葉を受けて、肝試しは明日の夜ということになった。
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