一 ホラフキさんのささやき 二

 結局、彼は普段どおりに通学して帰り道に交通事故にあった。いまだに入院中だ。神出の主張によるなら『ホラフキさん』は去ったはずなのに、たたりが怖くてほとんどの人間は避けてすませている。岩瀬だけがSNSで容態を心配するコメントを述べた。当人から感謝まじりに軽傷ですんだと返信があり、それはそれで落ち着いた。


 休眠サークルが気にくわないならよそにいけばいいものを。SNSで、『だーれだ』と仲間内のこだまが広がっていくにつれ、岩瀬はうんざりした。『たもかん』の現状はさておき、ゆるい雑談の場になるので彼なりの愛着があった。都市伝説ゲームも悪くはないが、神出のはしつこい。


『明日までに首が三百六十度回転できるようになり、ホラフキさんはこの世から消えてなくなる。あと、一部の連中はいい加減にしてくれ。悪ノリにもほどがある』


 岩瀬はそう書きこんだ。いい加減にしろという思いが強い反面、みんなが盛り上がっているのを自分から正論一辺倒でやめさせるのも気が引けた。両者を満足させるために、我ながら気の利いた書き込みだと思った。まさかこんなホラが実現するはずがない。一週間前の事故が偶然の一致なのもすぐわかるだろう。


『本当ですか?』


 神出がさっそく食いついてきた。


『うん』


 岩瀬は速やかに返信した。


『それ、死ぬだろ』


 別な同期の会員がつっこんだ。


『いやー、肩こりなおるかも』


 岩瀬はつとめて明るく振る舞った。


 その直後。メールが岩瀬のスマホに入った。画面を切り換えて確かめると、『恩田』とある。神出の同期で、文学部の女子だ。つまり岩瀬の後輩になる。『たもかん』の会員ながら、幽霊部員に近い。いちおう、岩瀬とは連絡先を交換していた。


 メールを開くと本文はなく、画像だけが添付されていた。どこかの工場で、金属製の台に乗せられた木材の写真だ。台には回転する歯車がついていて、木材を縦に切ろうとしている。


 写真をずっと眺めていると、歯車がぐるぐる回転しているような錯覚を感じてきた。頭の中で音すら聞こえる。


 錯覚はますます詳細になってきた。まるで透明人間が作業しているかのように、木材は歯車へむけて滑らかに押しだされていく。おがくずを飛び散らせながら、木材は左右に別れて切断されていく。なんのために作業しているのだろう。商品化のためだ。岩瀬は経済学部に所属している。財とサービス。付加価値をつけねば商品にならない。二つにしただけでは駄目だ。需要に沿って形や大きさを整え……だから、なんのために。


 なんのために、恩田はこんなメールを送信してきたのか。首をひねるうちに、上半身を起こしていた。うしろの安全を確認せねば。うしろを向こうとして、せいぜい九十度くらいしか曲がらないことに気づいた。

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