個人記録① 映像記録
お、やっと映った。いやぁ、使い方がわからなくて苦労したよ。
ジャンク屋からの拾い物で21世紀の
私たちの世代ではこれは珍しいかな。怪獣崩壊の衰退・品薄後では、こんなものしか用意できなくてね。怪獣以前でも生活水準の衰退が著しかったというから、手に入りにくかったろう。
さて、本題。
さぞキミは困惑していることだろう。
見透かしたようなタイミングで届いた、死人からのメッセージに。
つい先日の作戦で消えたはずだ、ってね。
『こんな世界、消えてなくなれ』なんて絶望して、世界の存在を拒絶したあげくに。
ふふっ、おかしいよね。絶望なんて日常茶飯事なのに。いまさら怪獣に対峙したぐらいで、急激に絶望するなんてありえない。大人たちは少し勘違いしているよ。私たちの
おっと、脱線してしまったね。
結論から言うと、私の死は前々から計画していたものだった。平たく言うと、死ぬつもりだった。自殺とは違うけれど、どのみち同じことだ。怪獣の襲撃に際して、
計画について教えるつもりはないし、またその必要もない。これは一方的なメッセージでコミュニケーションの道具ではないから。
それでもキミは、このメッセージを必ず見るだろうと予言しておくよ。
ぜひ、そうあって欲しいと願っておくよ。
このメッセージを送った理由は、キミに“宿題”を出すためだ。
正しい解答のある宿題じゃないから肩肘張らなくていい。その代わり、キミなりの答えを見つけ出して欲しい。提出期限は明確に示すことはできないけれど、あまり長く時間をあげることはできない。私の身を挺した活躍が、少しでも時間稼ぎになることを祈るよ。
宿題の内容だけど……『名前』を。
キミ自身の『名前』を考えて欲しい。
誰かに与えられたものじゃない。自身でみつけた、自分の『名前』だ。
名前ならもうあるじゃないかと思っているか? それは勘違いだと言っておくよ。
私が
私を表す記号ではあっても、名前ではない。
私には孤児になる前の、幼児期の記憶がわずかばかりある。組織に拾われ、グレイプニルになる前の私は、母親からキリカと呼ばれていた。親に名付けられた名は、冴羽切花。しかし、これもまた私の名前ではない。
名前というのは思ったよりも奥が深いものだよ。
自分という人間の本質、願望、意思、記憶――自分とは何者か。それを一言で表さなければならないのだから。自分という人間を一言に集約するといってもいい。
難しいだろうか。でも、これは哲学的な問いなんかじゃない。
どうなりたいか、どうありたいか、どのようなものか。
子供らしく、わかりやすくいうと、将来の夢と考えてもいいかもしれないな。
これは決して人手にゆだねてはならないことだ。
自分を他人に規定されてはならない。
キミは自己に対して、行動、意思、存在すべてに責任を取らねばならない。キミが自分としてある責任だ。他人に握られてはならないもので、自分以外の誰にも触れないはずのものだ。
本来、自身の存在が他者に支配されるなんてこと在り得ない。肉体的、物理的な拘束の話じゃない。精神や魂の話に近いけれど、少し違う。野生の動物では絶対に起こらない。対象が人間だからこそ起こり得る問題だと言い切っていい。人間は、自己の人間としての規定を、他者から支配されてしまっている。
いつからそうだったのか。人間の脳が発達した時か。自意識に目覚めた時か。言葉を話すようになった時か。文明を得た時か。彼我の認識が明確になった時か。あるいは社会と呼ばれるものを形成するようになった時か。
他者に与えられる名前は一種の契約手続きだ。
生まれた瞬間、まったく無力で言葉すらも話すことができない赤子は、名付けによって身に覚えのない契約を結ばされることになる。承諾もしていない、契約内容の確認もない。まったくもって不当な契約を結び、社会という名の巨大な機構の一部に組み込まれてしまう。
冴羽切子という名は、日本人として日本の国家に属する構成員となったこと、冴羽家の一家の構成員に組み込まれたことを示す。この時点で国家の定めたルールと冴羽家の定めたルールに無条件で従わねばならない。反すれば制裁を受ける。冴羽切子は支配と束縛をこの身に結ばれた契約サインなのさ。
人間は生まれ落ちてからあまりにも長い間無力だ。契約を結び、社会に所属しなければ生きていけない。人間は自己の命という最も大きな人質を取られて生活している。身に覚えのない契約でも拒絶して生きていけるほど逞しくはない。
こんな世界に生まれたくなかった、とあとから喚いても仕方がない。
わかるかい? 与えられた名は拘束具の役割を持っている。
キミには他者から支配され、束縛されることのない、自分を規定する名前が必要なんだ。キミの本当の名前がね。
ここまで話せば勘のいいキミのことだ、もう気が付いているんじゃないかな。
対怪獣作戦における命名の重要さが。
怪獣は人間の無意識に、今や自然発生している
怪獣は無意識の恐怖や破壊衝動のイメージに沿って、その姿が形成される。
キミも知っているように、怪獣の発生はエネルギーとして集合する“集束期”、具体的な形を持って具象化する過程の“顕現期”、実体を持って現実世界に存在する“実存期”のみっつに区分される。
顕現期の段階の怪獣は、ぼんやりとした曖昧な実体しか持っていない。根源素子の特性で存在と非存在の二重存在となっている状態なわけだ。そして、怪獣が実体化するために必要なのは、他者からの観測だ。他者にその姿を認識されることで、はじめて実体としての存在が確定する。つまり、観測されるまで、怪獣の具体的な姿や性質は定まっていないんだ。怪獣たちは現実世界のルールには適用されない姿や性質をしているがために、この世界に降り立つことが許されていない。それを人間の観測によって束縛し、常識的な枠に当てはめることで現実世界の怪獣となって現れる。
わかるかな、命名は怪獣への縛りそのものなんだよ。
その姿や特性に沿って名付けられるというけれど、実際には真逆の効果をもっている。どのような怪獣か認知されることで、怪獣は姿形、特性を固定化される。名前は怪獣の正体を象徴するためのもの。ランドマークなのさ。
これまで現れた怪獣は――最初の獣を除いて――現実的な、実在する生物の特徴をもっている。恐怖や衝動の権化であるはずの怪獣が、人間の想像の範囲内であること自体おかしいと思わないか。人間が考えもしない、思いつきもしないものが恐怖の根源であってもおかしくないのに。
まさしくグレイプニル。
名前は怪獣を縛る鎖。
機関は命名によって、怪獣を現実的に倒せる範囲に押し留めている。怪獣を常識と法則の鎖で縛りつけている。
宇宙全体を覆うダークマターそのものである根源素子の膨大な量を考えると、ひと足で地球を踏みつぶせるサイズの怪獣が現れたって不思議じゃない。この宇宙のルールに則らない、物理法則が通用しない怪獣がいたっていい。ちまちまビルをなぎ倒したり、人を食べたり、まだるっこしい真似必要ない。怪獣には、そんな宇宙を越えた規模の、膨大な可能性が秘められている。
どうだろうか。ここまで話せば、キミにも“名前”の重要さが伝わったんじゃないかと思う。
そして、今しがたの怪獣の話は、怪獣に留まった話ではない、ということをよく考えてほしい。
根源素子に自らの意思を感応させて、兵器を造り出す、対怪獣特殊兵士グレイプニル。私たちのこと。
私たちを縛る鎖のこと。
大人たちが私たち子供に施した教育という名の鎖。社会のルール、常識、法という形の抑制。大人たちは恐れている。子供たちが自分たちの信じる知識の範疇を飛び越えることを。抑え込んで、押し固めて、自分たちと同じものになるよう、同じ道しか歩めないよう必死だ。自分たちの愚かさを、子供たちにも受け継がせたいみたい。
まったく、あの醜悪さったらないよ。
すぐに鎖を引き千切るときがくる。
いつか答えが聞けることを楽しみにしているわ。
それじゃ、さようなら。
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