第57話
「はあ・・・。」
帰りの馬車の中、叔母様は私を見て大きくため息を吐く。
「何です?私の顔に何か?」
「や、ややこしい・・・。」
「叔母様だって立場的に、十分ややこしいじゃないですか?」
「それとこれとは話が違うわ。」
「私は叔母様の親友の娘なんですし。」
「親友・・・。」
ただのお目付け役だったのかもしれんが。
「そうね、アウエリアはコンスタンス様の事をあまり知らないでしょう?」
「王妃様とお母様からは、聞いております。」
「義姉さんが?ああ、そうか、私たちが貴族学院に入学した時は、3年生だったわね。」
「みたいですね。」
「でも義姉さんよりは、私の方が詳しいから。」
そりゃあ、そうだろ。
同級生なんだから。
「いいわ、たっぷりと教えてあげるわ。私の苦労話と併せてね。」
ちょっと待って欲しい。
それって愚痴なんじゃないの?
「べ、別にいいです。生母の話は特には・・・。」
「駄目よ、たっぷりと聞かせてあげるわ。」
ひぃいいいっ。
愚痴だ、100%愚痴だ。
「私もお姉さまの生母さまの話を聞きたい。」
「どんなに、私が苦労したか、アリスにも教えてあげるわ。」
「うわぁい。」
いや、母親の苦労話は、聞かない方がいいと思うよ?
屋敷に戻ると、既にお母様が戻っておられた。
「どう?ユリアナ。やっかいな親族を追い払ってくれたかしら?」
「出来る訳ないじゃないっ!」
「あらそうなの?私は別に追い払えと言った覚えはないのだけど?」
そう、お母様は追い払えなんて言っていない。
叔母様が勝手に言っただけだ。
「親族が王妃様なんて知る訳がないじゃない。」
「あなた、コンスタンス様とは親しい間柄だったでしょ?アウエリアがコンスタンス様の娘という事は、判っていたんじゃないの?」
「・・・。」
叔母様は、何も言えなくなった。
「ダリア、例の件は?」
「手筈通りに。」
「そう、ありがとう。」
一方では、無事、飴屋の引き抜きを阻止と。
「何でもかんでも欲しがるのは、本当に王家の悪い癖だわ。」
辟易したように、お母様が言う。
「あんな素敵な飴細工ですもの、王妃様が目を付けるのも仕方がないわ。」
「元々、私の派閥の人間にしか配ってないのだけどね。」
「スパイが?」
叔母様が神妙な顔をして言う。
「そういうのじゃないわ。結構な数の人間が、王妃派閥の人間に自慢したみたいよ。」
ああ、それで王妃様の耳にも入ったと。
その日の夕食に待望のモツ煮込みが登場した。
「こちらは、宿屋や酒場で、よく提供されているモツ煮込みとなります。お嬢様がご希望でしたので。」
執事長のモーゼスがお母様に説明した。
「そう、あなたは、食べた事がありそうね?」
「まあ、何度かね。」
お父様が答えた。
「お父さま、お父さま。食べた事はありますか?」
アリスが叔父様に聞いた。
「あ、ああ。」
「うわぁ。」
取り合えず私が最初に口にする。
うん、間違いないっ!
下茹でしてあって、元々柔らかいモツを更に煮込んで味付けしてある。
味付けは、上品な味付けになっているが、モツ煮込みの範疇で収まっている。
見た目は、仕方がないとして、最高に旨い。
貴族に相応しくないと言われれば、厨房でこっそり食べよう。
うん。
「見た目は、アレだけど美味しいわね。当家の晩餐に出す分には問題ないわ。」
「料理長に伝えておきます。」
おっ、お母様の許可が出た。
らっきぃ~。
「お父さまが食べたのも、こんなの?」
「こんな感じではあるけど、ここまでモツが柔らかくはないよ。」
「やわらかくないの?」
「そうだね。部位によっては噛み切れないからね。」
「噛み切れないと、どうするの?」
「飲み込むしかないかな。」
「うわあ・・・。」
翌日、下働きのアンに頼んで、裁縫が得意な人間を集めてもらった。
アンとブレンダともう一人の3人が私の部屋に来た。
てか、ブレンダ。裁縫得意なのか?
「ブレンダって裁縫得意なの?」
「はい。孤児院育ちなので。」
そりゃ、そうか・・・。
「アリスの服が少ないので、今日はお直しをします。」
「うわぁ。」
「お直し?」
リリアーヌが私に聞いてきた。
「今からアリスの服を頼んだら時間が掛かるでしょ?だから私の服を何着かを、アリスに合うように、お直しするのよ。」
「・・・。」
「何か文句でも?」
「いえ、別に・・・。」
めっちゃ、不服そうやん。
まあ、いい。
私は、ずらっと掛けられている洋服から、お嬢様っぽいやつ=私があまり着たくないのを、バッと10着選んで、ベッドに並べた。
さすが私のどでかいベッド。10着並べても、まだ余裕がある。
「さあ、採寸して、サクッと切っていくわよ。」
「ま、待ってください。」
「なに、ブレンダ?」
「切らなくても、内側に折って縫えば、後から元に戻せます。」
戻してどうする?私は着ないよ、これ。
「アリスお嬢様も直ぐに大きくなられますし。」
な、なんだとっ・・・。
アリスは永遠に、この大きさじゃないかっ!
アリスの成長をすっかり失念していた私。
「じゃあ、やり方はブレンダに任すわ。」
「はいっ。」
着せ替え人形と化したアリスは、次々に洋服を着せられて、大喜びだった。
「さあ、ちゃっちゃと縫っちゃいましょう。」
「「「「えっ?」」」」
下働きの3人とリリアーヌが声をあげた。
「何?」
「お嬢様も縫うのですか?」
「そうだけど?」
何言ってんだリリアーヌ?
当然でしょうが?
こちとら義務教育を修了してんだよ。
日本の義務教育を修了していれば、家庭科は必須科目。
裁縫と料理は、必ず誰もが学んでいる。
料理の方は分担があるので、誰もが包丁を扱えるようになるわけではないが、裁縫は別だ。
個々の課題もあるし、簡単な物は誰でも縫える。
よくドラマなんかで、ボタンも縫えない男なんてのが出てくるんだが、その度に、「お前、義務教育修了してんのかっ!?」と突っ込んだものだ。
「わ、私たちがやりますので・・・。」
「大丈夫、大丈夫。」
ということで、4人で、縫っていく。
「あら?何をしているのかしら?」
突然のお母様の登場。
ここは、私の部屋なのだが・・・。
3人が畏まって、立ち上がって挨拶しようとするのをお母様が止めた。
「針仕事をしているのだから、そのままでいいわ。」
3人が頭を下げる。
「で、アウエリアは何をしているの?」
「アリスの服が少ないので、私のをいくつか、お直ししています。」
私は、坦々と縫いながら答えた。
「そう。」
お母様はそう言うと、ベッドに並べられた服をサッと見渡し、3着ほど、元に戻していった。
ちょっ、何してんの、お母様。
更にドレッサーを見ていき、新たに3着の服を取り出した。
なっ!3着のうち1着は、メルディに作って貰ったお気楽に着られる服だった。
「お、お母様、その黄色と白の物は・・・。」
「アリスに似合うと思うわない?」
「・・・。」
似合わない訳がないっ。
くっ・・・妹の為なら仕方がない。
「さあ、この3着を着てみましょう。」
「はい、伯母さま。」
「うわぁ、この黄色と白の服は、凄く着やすいです。」
「そうでしょう?アウエリアのお気に入りなのよ。」
「お姉さまの?お姉さま、これ貰ってもいいの?」
「ええ、遠慮しなくていいわよ。とっても似合っているわ。」
「えへへへ。」
照れるアリスもかわええ。
あれ?隠し縫いって、どうやるんだっけ?
「ブレンダ、目立たない様に縫うにはどうすればいいの?」
「そっちは、私がやりますので、お嬢様はこっちを。」
「わかったわ。」
隠し縫いはブレンダに任し、私は普通に縫える奴を担当した。
私がちまちまと縫っているのをお母様は、ずっと凝視していた。
「お母様、そんなに見られていると緊張するんですが?」
「アウエリアが怪我でもしたら大変だもの。」
「怪我をしたとしても、針が刺さるくらいで・・・。」
「そんな事になったら、直ぐに辞めさせて、私の部屋で治療をするわ。」
「・・・。」
連れ去られたくないので、私は、より慎重に縫い仕事をする事となった。
縫いながら聞いた話では、貴族女性が縫物をする事はないそうだ。
稀に、そういう趣味を持った貴族女性が居るには居るらしいが、好きな人に縫ったりとか、そういう文化は無いとの事。
そう言えば、ゲーム「黄昏のソネア」でも、縫物をするなんて事は皆無だったなあと思いだした。
お直しが終了すると私は、アン達に紅茶を振舞った。当然、お母様にもね。
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