第35話 全てを投げる時!! ~その瞬間、かりそめの覇者は確かに覇者だった。気がした~

 紗希が一歩踏み出した。


 一歩踏み出す。

 勇気を持ち新しく行動に移す表現で使われる事の多い言葉が、吹っ切れたように笑う女子高生の動きに置き換えただけでどうして絶望感を放ち始めたのだろうか。


「……来るんじゃない!! 女ぁ!! 余が誰だか分かっているのかぁ!!」

「抜かしおる。愚弟よ、それは私も通った道だ」


「モッコリくんでしょ? モッコランド・リリンソンくん。21歳になったんだっけ? ルッツくんの弟くんで、結構大変な目に遭ったんだよね。知ってるよ?」

「ブゥーハハハハ!! ならば臆するが良い! いや微妙に名前が違う!! 不遜な女めぇ!! 余が本気を出せば貴様などものの数」



「あとね、わたしの体について色々と意見をくれたよねー。うんうん。分かるよ。わたしもさ、ミリアちゃんとわたしが並んでたらミリアちゃん選ぶし、ルビーちゃんでもそうだし。レアちゃんも。クリスタちゃんも魅力的だよね。……あ。ラミーさんも。うん。けどさ、女の子って、意外とそういうのに傷ついたりするんだよねー。わたしはね? 結構メンタル強い方だと思ってるし、我慢もできるタイプなんだけどねー。あははー。わたしもほら、おっきい! とか小さい! とか言って興奮するからさ。全然ね? 全然良いんだよ? うん。見たままの感想だもん。自由だし。無理やり見るのはダメだけど、見えてる部分だもん。視界に入ったらしょうがないよね。ただね、わたしはディスりっぱなしにはしないかなー。……あはっ」


 淀みなく言葉を紡ぎながら、紗希の歩みは止まらない。



「なんて言うかさー。おっぱいって自分の意思で大きくできるものじゃないんだよね。男の子だってナニが小さかったりさ、乳首が離れてたりとかしたら、お風呂とか着替えの時にコンプレックス持つじゃん? 平気そうな顔しててもさ。気にしてたりするんだよね。わたし知ってる」


 紗希さん。喩えがアレな件。

 読書家も極めすぎると良くないのかもしれない。


 モッコリンドと紗希の距離はついに2メートルほどに。

 そこでモッコリンドが仕掛けた。


「ぶ、ブゥーハハハハ!! かかったなぁ!! 余は名も知らぬ異世界でずっとサバイバルを続けておったのだ! イノシシだって倒したし、ワニの肉も食った!! その経験を糧に産み出した!! 必殺の『リリンソン・アーツ』を喰らうが良い!! ひょぉぉぉー!! 大ジャンプキィィィックゥ!!」


 実に素っ気ない音だった。

 パシッと、日常生活でも良く耳にする音が、控えめに「あ。自分、鳴ってもいいっすか?」と響いてから「失礼しました。帰ります」と消えて、静寂が1秒に満たない時を包んだ。


 それが平穏の凪だった事にモッコリンドが気付いた時には、終わりが始まった後であった。

 第八皇子の繰り出したキックは紗希に右手で呆気なくキャッチされる。


 続けて、ゲットした足を肩にかけた。



「てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえい!!!」

「はばぁぁぁぁぁあっ!! えぺぇ、ひぇ!?」


 立ち姿勢から足首掴むことは柔道のルールで禁止されています。

 そのまま投げたら大惨事。


 が、これは柔道の試合ではありません。


 乙女の尊厳を守る死合です。



 顔面から倒れ込んだモッコリンド。

 だが、まだ紗希は何も言っていない。


 謝罪をするためには自分の罪を知り、犯した罪の重さを悔い、心の底から反省をしなければならない。

 まずは罪状を数えるところがスタート。


「ルッツくん!!」

「へ、へい!!」


「マント持ってて! 邪魔!!」

「かしこまりです!!」


 来海紗希さん、覇者のマントを外す。

 女子高生艦長のトレードマークとしてお気に入りだったマントだが、今はそんなもの制裁の役に立たないのでいらないと言う。


「ぶぅあああ! あ゛あ゛あ゛!!」


 紗希はモッコリンドの右腕を引っ張ると、自分の胸の前で固定してから太ももと合わせて関節を締め上げる。

 腕ひしぎ十字固め。


 なお、ミニスカートでこの必殺技を繰り出すと、手は柔らかいし、関節もムチムチしたものに挟まれるし、スカートなんか捲れ散らかるので、色々なボーナスポイントが発生する。

 が、ルッツリンドは目を逸らした。


 いや、クライマックスでは投げないのかよ。

 そんな感想はとっくに遠くへ放り投げた。


「フハハハハハ……。はだけたスカート。それを見たら多分、次は私の番だ。欲求はある。あるが、生存欲求が1番強い。性欲なんか糞喰らえ。フハハハハハ」


 17歳男子。生き残りたい、生き残りたいと念じるあまり、悟りに到達する。


 その頃のモッコリンドは。


「ぶぇええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 腕もげるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「大袈裟だなぁー。ところでモッコリくん。今ね、君の手の甲がわたしの胸に当たっています。どう思う?」


「死ぬゥゥゥゥゥゥぅ!! 感覚がなくなってきたぁぁぁぁぁぁ!!」

「今、なんて言ったのかな? 亡くなった? わたしの胸の話? 感触が、ない?」


 気付けば紗希の瞳はくすんでおり、いつもキラキラ輝いているだけに睨まれたらそのギャップだけで心臓が止まりそうだと兄は愚弟を薄目で確認したのち、瞳を閉じた。


「ちが、違いますぅぅぅ!! やわら、柔らかいですぅぅぅぅ!!」

「だよねー。わたしの脚って太いもんねー? いっぱいバイトしたからさー。筋肉ついちゃってるしー。ねー。ムチムチだから、柔らかいよねー?」


「い、いええええ!! 硬いですぅぅぅ!! ガチガチのカチカチでぇぇぇ!」

「今、わたしの胸がカチカチって言ったかなぁ? セメントみたい?」



 無限ループに突入。

 うちは一族がこんな忍術を使っていた気がする。



 それが5分ほど続いた。

 5分と書いて永遠と読むくらいには長い時間であり、モッコリンドは2度意識を失い、6度死を覚悟して、17度自分の失言を省みた。


 その頃、死を覚悟した者がもう1人。

 命を賭して、この戦いを止めるために。

 かつて自分のものだったマントを羽織ると、なんだか勇気が湧いてくる。


「フハハハハハ!! 来海紗希よ!! 私の話を聞くが良い!! あ゛あ゛っ! 目が怖い!! いや、聞くがよろしいかと思いますが、いかがでしょうか!!」


 ルッツリンド・リリンソン。

 リリンソン皇国が第一皇子。


 やり方こそ間違えたものの、平和を愛するこの男が相対するのは。

 最強の女子高生である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「フハハハハハ!! 紗希よ! お前のおっぱいは大きくない!!」


 死ぬ気か、ルッツリンド。消えるのか。


「だがぁ!! 小さくもない!! とても程よいサイズだ!! 大きければ良いという者もいるだろう!! しかぁし!! 私はぁぁ!! おっぱいよりもおっぱいを持つ女子、その魅力が何よりも優先されると考えるぅぅぅ!! クルミ紗希ぃ!! お前は素晴らしい女子だ! リリンソン皇国全土を探しても紗希ほど魅力的な女子はいない!! 乳など、飾りだ!! 些末な事だ!! 乳のサイズでお前の魅力が変わる事など……」


 ルッツリンドは大きく息を吐いて、その倍の量を吸い込む。


「クルミ紗希こそ、ルワイフルで1番の女子高生であるとぉ!! このリリンソン皇国が第一皇子、ルッツリンド・リリンソン!! 皇国の誇りにかけて証明しよう!! あと、何回か触ったけど普通に柔らかかった!!」


 何のために立ち上がったのか、ルッツリンドにも分からなかった。


 血の繋がった弟の命のためなのかもしれない。

 覇者として君臨した頃の誇りか。

 皇国の第一皇子としての責務か。



 いつもの賑やかで笑顔の多い紗希に戻って欲しかっただけなのかもしれない。



 必死の叫びは紗希に届いたのか。

 モッコリンドが気を失ったので満足しただけな可能性は全然捨てきれないが、彼女は静かに立ち上がるとスカートの裾を整え、ルッツリンドと向き合う。


 続けて、にっこりと微笑んだ。


「なにー!? ルッツくん、わたしのこと好きみたいじゃんかー!! やだなぁー! 君くらいの男子ってすぐ好きになるよね、女子のこと! けど、結構嬉しかったかもなんだよねー!! ありがと! ルッツくん!!」


 紗希はそっとルッツリンドの腰に手を回した。

 続けて、体を密着させる。


「ふふっ!」

「フハハハハハ!! 紗希よ! 私は誓おう! これより先、お前の覇道の傍らには常にこの私! リリンソン皇国がぁぁっ!? 第一ぃぃぃ!? ヴぉえェェ!!」


 抱き合った2人。

 のように見えたが、紗希はググっと両腕に力を込めると、ルッツリンドの腹部が締め付けられてなんだかニワトリが出荷される瞬間のように切ない叫びがこぼれた。


 相変わらず紗希は笑っており、先ほどまでの殺意は微塵も感じられない。

 ゆえに、ルッツリンドも笑った。既に死にそうなので、表情筋が弛緩したのか。


 紗希は言う。


「さっきさ。来海紗希じゃなくて、クルミ紗希って呼んだよね?」

「えっ?」


「それさ、わたしの住んでた日本の言葉に訳すとね、巨乳の紗希になるんだぁー」

「……えっ?」


 ルッツリンドの視界がグリンと回転した。

 続けて、天井が見えたと思った後には、床が彼を待ち構えている。



「なんでさぁ!! おっぱいの大小なんて些細なことさ! みたいな論調から、最終的に巨乳と紗希をドッキングさせるのかなぁ!? すっごく遠回りした先でたどり着いたのって悪口じゃんか!! あと! ルワイフルに女子高生はわたし1人ですぅ!! 褒め方が下手くそだよ!! お勉強して!! あとぉ! 女子におっぱいの感触報告しないのっ!! ふんっ!!」

「べぇあぁぁっ! あ、ありがとうござい……ます……!!」



 美しいバックドロップが決まり、リリンソン皇国は滅亡した。

 予告通り、2人とも強めに投げられたのである。


 戦いは終わったのだ。


 嬉しそうに背伸びをしたあと、転がるルッツリンドからマントを回収したクルミ紗希で。

 あ。すみません。


 来海紗希である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る