第31話 リリンソン皇国第八皇子モッコリンド・リリンソン ~ラスボスっぽいのが出てきたけど、カレー食べるのに忙しい~

 オペペペラとそっくりな要塞らしきものが、大陸の端の岬で佇んでいた。


「えとえと、動力を確認しました! 起動しています!!」

「へー。どうしよっか? わたしは個人的にだけどさ、現世でバイトしてた時は自転車で移動してたの。あのね! 自転車盗む人、多すぎなんだよ!! ちょっとくらい、とか! そんなに高いものじゃないし、とか!? バイト先でも自慢話みたいに言ってる男の子がいて!!」


 熱がこもり始める紗希艦長。

 こうなると、不用意に接近したり、妙な合いの手を入れると投げられる。


 ルッツリンドが。


 そのため、全員でカレー食いながら清聴をキメる、学習力高めのクルーたち。


「駐輪場に行ってさ、はー疲れた! コンビニでなに買おっかなー!! 頑張ったから、アイス買っちゃおっかなー!! とか思って、自分の自転車がなかった時のショック!! まずね、自分の記憶を疑うんだよ? あ、あれー? 今日って違うとこ停めたっけー? って! で、探すの!! 夜遅いのに!! 探して、気付くの!! あっ、盗まれてるって!!」


 カレーをモグモグやる音と、時々水を飲む音だけが艦橋に響く。


「でね!? そこにパトカーが通りかかったの!! お巡りさん! だったら、言うじゃん!? わたしの自転車がないんですーって!! そしたらさ、なんて言ったと思う!? まあ、それくらいまた買いなさいよ。それより夜遅いから帰りなさいって!! 安くないよぉ!! 9800円したんだよ!? バイト何時間分だと思ってるの!? パトカー投げようと思ったのは、あの時が初めてだよ……!!」


 紗希艦長による演説「チャリパク野郎は絶対ぶん投げる」でした。


「つまり、紗希は要塞泥棒を投げたいわけですか? パーリーですかぁ!? 血のシャンパンファイトがご所望でぇーすね!?」

「そこまではご所望してないよ!! ただ、お仕置きは必要だよね? 人のもの勝手に取る人ってわたし大嫌い!!」


 識別不明の戦艦、敵として認定される。


「しかし、なんであんなところに停めているんだ? 普通に考えたら、もっと目立たない場所に行くだろう。盗んだものなら。なあ、紗希! ……紗希?」

「あ、ごめんなさい! カレー食べないと冷めちゃうから! そうですね!!」


「さっきまで喋ってたのに!? くっ……!! 殺……いや!! 私は負けない!! もしかすると、あの場所に何か秘密があるのかもしれないな!! そうは思わないか!? 紗希! ……紗希ぃ!?」

「あ、はい! 大陸の端っこですもんね! わたしね、宗谷岬に1度行ってみたいんですよねー! 北の先とか、なんか良いじゃないですか! わたし紗希だし! ルビーちゃん、ちょっとだけカレー温めてくれる? 熱線で。焼きカレー風味にしたいんだよね!!」


 ルッツリンドが無言でラミーの肩を叩いた。

 ラミーは黙って頷く。


 もう付き合えばいいのに。


 カレーのおかわりをしていると、識別不明の戦艦から通信が入った。

 というよりは、強制的に通信回線を開かれたと言った方が正確か。


『ブゥーハハハハ!! ようこそ、オペペペラの諸君!! 余はモッコリンド・リリンソン!! ここまで言えば分かるな? 兄上!!』

「完全にルッツくんの関係者じゃん。弟いたんだ?」


「フハハハハハ! 知らん!! リリンソン皇国では第一皇子、第二皇子、第三皇女に皇位継承権がある!! あんなおっさんが私の弟であって堪るか!!」

『ブゥーハハハハ!! 余はモッコリンド・リリンソン!! リリンソン皇国が第八皇子!! まだ幼き頃、穴に落ちて異世界へ!! しかもここではない!! そこで15年過ごしてやっと帰って来られたと思ったら、ルワイフルに着いていた!! リリンソン皇国はどこだ!? 情報収集したところ、なんか兄上がやりたい放題してるし!! 遅れて来た余には何もない!! 仕方がないから、精霊王とやらに会いに行き、クルミについて三日三晩語り合ったら要塞をくれた!!』


 モッコリンド・リリンソン。

 ルッツリンドの弟にあたるが、母親が違う。

 皇族ではよくある腹違いの兄弟。


 リリンソン皇国では皇位継承権を持っていないとちょっと待遇がおざなりになるため、結構不満を募らせていたモッコリンド。

 5歳の時にうっかり転移して、時間の流れが遅い異世界へ。

 「まずいじゃないか!!」と急いで再転位するも、年齢は21歳になっており、思春期を謎の異世界で過ごして特にハーレムとかそういうのもなかったらしい。


 やっとの思いで転移穴を見つけ、喜び勇んで飛び込んだらルワイフルに着いていた。

 ルッツリンドが覇者になってから2年後で、紗希が転移して来る1年前の事になる。


 顔や喋り方、立ち居振る舞いがルッツリンドとそっくりのため、行く先々でなんだか迫害されたりして性格がより歪んだモッコリンドは精霊王に取り入って太古の戦艦の片割れを与えられた。


 それから復讐の時を待っていたらしい。


 なにせ、もうだいたいの者が忘れているだろうが、ちょっと前まではヘモーニャと言うチート要素によってルッツリンドが俺TUEEEを謳歌していたので誰もこの覇者に手を出せなかったのだ。

 ちなみに、太古の戦艦もヘモーニャの影響を受けて「これ、オペペペラと同等だから当たり判定に含まれるんで、機能停止させますね」と被害を喰らった結果、景色の良い岬でオートメーションな自給自足をしていたのだとモッコリンドは語った。



 なお、全員がカレー食べていたので、特にリアクションはしていない。



「ふぃー!! 美味しかったぁー!! じゃ、ルッツくん! ごめんなさいして来なよ」

「フハハハハハ! ちょっと待て! 私、あいつを知らんのだぞ!! そもそも、勝手に転移して来て文句言われるのは違わないか!? 私の方が先に転移したのに!!」


「またー。すぐそうやってさ、男の子って新しいエッチな概念作るよねー。……そのアイデアの量と情熱は嫌いじゃないけど? でも、ちょっとそのジャンルはなー。わたし、幸せでエッチなのが良いと思う!!」

「抜かしおる!!」


 話が脱線するのも日常なので、艦橋にいるクルーは特に何も言わない。

 ミリアがちょっと膨れたお腹をポンポンと叩いて、対応する。


「えとえと! モッコリ様!」

『貴様ぁ!! ガキ! そこで名前を区切るなぁ!!』


「ほわわわわわわ! す、すみ、すみません!!」


 せっかく相手をしたミリアに怒鳴りつけるモッコリンド。

 これは紗希艦長の逆鱗に触れる。


 来海紗希の逆鱗はいっぱいあるので、結構な頻度で触れる事も既にこの世界では常識であり、クルーもカレーを食べ終えて色々な準備を始めた。


「ちょっと! モッコリくんだっけ!? うちのミリアちゃんに酷いこと言わないの!! 兄弟喧嘩なら当事者同士でやりなさい!! ルッツくんそっちに行かせるから!!」

「え゛っ!?」


『ブゥーハハハハ!! 良かろう!! 兄上、どうやらこの世界で安穏と暮らしておいでのようで!! 余は名前すら教えてもらえず、言葉すら通じない異世界で15年のサバイバル生活を経た!! 今やあなたなど、敵ではない!!』

「うへぇー。結構過酷だよ、モッコリくんの半生。ほーら! お兄ちゃんとして慰めておいでってば!!」


 ラミーとルビーが口を挟んだ。


「しかし紗希」

「ルッツさん、面識がないんですよね? そこでいきなり謝るにしても、内容が薄くなりますよ? ルビーはいつも謝るタイミングを今か今かと待ち構えているので、適時適切な謝罪をして気持ちよくなれますが。ルッツさんにはそーゆうのがないので、お互い気持ちよくなれないんじゃないかなってー」


「ここに来て、原点回帰のセリフかぶりしてくるなよ! ルビー!! お前!! しかも私が言おうとした内容まで被ってる上に、お前の変態理論で味付けされてるから、もう私が何言っても遅いじゃないか!!」


 レアはまだカレーを食べているが、スプーンでモニターをさした。


「お行儀悪いよー。レアちゃん」

「うぇいうぇい! なんかあっちの戦艦、こっちに砲撃して来そうですよ?」


 さすがに全員が振り返る。

 レアの指摘通り、戦艦はエネルギーをチャージしていた。


『ブゥーハハハハ!! これで貴様ら全員、消してやる!! そしてぇ! 余が新しいモンモンスーを作り、ルワイフルでやりたい放題するのだ!!』


 モンモンスーとは、恐らくヘモーニャの亜種です。

 どちらもリリンソン皇国の言葉なので、意味は永遠に分かりません。


『起動せよ! 立ち上がれ!! 余の覇業の翼よ!! 破壊要塞・シシシリア!!』


 紗希がビクッと反応して、ルッツリンドに聞いた。


「ねぇ、ルッツくん? 君の弟くんの要塞の名前さ。お尻由来だったらね。もうわたし、リリンソン皇国の人見かけたら全員投げ飛ばすことにするよ?」

「フハハハハハ!! そんな! 絶対に尻が由来ですよ!! いやー! やっぱり弟だなぁ!! 考え方が似てべぇぇぇぇっ」


 ルッツリンドが投げられた。

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