第1話 早朝の訪問者
自分の体がぐるりと回るような
明るい。
余りにも明るい光が目の前に
だが、不思議と
女性のような姿に形を変えていった。
「(
まるで、その光によって心が通じ合っているようだった。
「(
自身の
不意に
コンコン…とドアをノックする音と
「セレスティアーノ様?」
というメイドの声で、セレスティアーノは目を覚ました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「朝食でございます。」
身支度を整えたセレスティアーノがテーブルに着くのを見計らって、
メイドが料理の皿を置く。
ディクシフ
すなわちブランパーダ家が治める、国王から
中心にほど近い、のどかな風景の中にブランパーダ家の
「ああ、ありがとう。」
答えながら、セレスティアーノは食事に手を付けるでもなく、
いつもの読書の代わりに、
分厚い本、トレトス教の聖典に目を落とす。
表紙には、
六つの三角形に丸くかたどられた
太い十字の入ったトレトス教のシンボルが記されている。
「『はじめに光と
か…。」
セレスティアーノは創世記の一節を
ツヤのある
同世代よりも長身でがっしりとした体格、
家族以外の前ではあまり笑わないせいか強張ったような
「おはよう、セレス
トタトタとダイニングに入ってきながら、
その少女、フランシスカ・ブランパーダが声をかけた。
同じくツヤのある
こちらは少しクセのあるロングヘアを後ろで軽く束ねている。
はにかむような笑い方と
兄とは逆に同世代よりも低い背、
同じく同世代よりも短い胸囲が幼く見られる原因だとは、
本人は気づいていない。
「おはようのチュ~。」
と
朝日の周りを
「おはよう、フラン。
「フンフフーン。
良いことでもあるかしら?」
鼻歌混じりにテーブルに着きながらフランは、
「そう言えばセレス兄、聞いてよ。
今日はとっても不思議な感じの夢を見たの。」
と続ける。
「またフランの夢の話が始まるのかい?」
ティーカップを持ち上げながらセレスが答える。
夢。
「(自分が見た夢も何だか不思議な感じだったな…。)」
セレスの考えを
「女の人が泣いている夢よ。」
と言った。
お茶を一口含んだままセレスは固まった。
「なぜかは分からないけどずっと泣いているのよ。その女の人。
それを見ていたら私もいつの間にか泣いちゃってさ。」
フランは、
セレスは、ようやくお茶を飲みこんで、
『自分も同じ夢を見た。』
と言おうとして、
…やめた。
「(
ドンドン…。
階下の
次いで
そして、
階段を
ガチャリ!と
ダイニングに入ってくるなり
「
見れば分かることだが、
「急ぎの用件かい?」
と念のためにセレスは
「はい…。お二人に王宮までご同行を願うとのことでございます。」
「私も?」
いつの間にか朝食を平らげたフランが、口元をナプキンで
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「朝早くにすまないね…。」
その女性、ミリア・マロジョテスはそう言ったきり口をつぐんでいる。
神話の女神のように編み
気の強そうな目と
胸元が開いたローブのような暖色系を基調としたドレスと、
世間では、
『火の
だの
『
だのと
セレスとフランの両親である、
ルザリーノとエストレアとは古くからの友人で、
セレスとフランとも
ガタガタと
セレス、フラン、ミリアと、護衛を務める兵士の四名だ。
ミリアは、話すことが無いというよりは、何から話すべきか迷っている感じだった。
ヒザの上で手を組んだり開いたりしながら、視線はずっと
「ミリアさん…。目、どうかしたんですか…?」
無言に
ミリアの目は彼女の赤毛と同じくらい真っ赤に充血している。
目元の
『私が
とばかりにいつもふんぞり返っている背中も、今は丸まっている。
王宮にほど近い町、イルシダの町並みが鳥車の窓から見え始めている。
セレスの
「父上と母上のことですね?」
セレスの言葉にミリアはハッとしたように顔を上げると、
「…ああ。
ルザとレア、
君達の父君と母君が、
…亡くなった。」
と観念したように声を
「…うそよ。」
フランのこんなにトーンの低い声は初めて聞いた。
視線はまるでミリアをにらみつけているかのようだ。
「…つい一ヶ月ちょっと前、
ナルグーシスで軍事クーデターがあったことは知っているね?」
ミリアが鳥車のカーテンを閉めながら言った。
「…はい。」
セレスはうなずく。
「その軍事クーデターを止めることが、
ミリアが続けた。
軍事クーデターのニュースが報告されたその日、
あわただしく出かける両親を見送ったのを、セレスは思い出していた。
「(あれが最後の別れだって?)」
「…父上と母上は
その…ナルグーシスで
セレスは声をうわずらせながら
『
ナルグーシスが
はるか東方に位置する
最も東のナルグーシス、
西のルヴィア、
ナルグーシスとルヴィアの南に位置するトルネオ
の三国に分かれている。
そして、『
するどい角と
夜目が利き、
その
その
その
その血も青色や
太陽の下では
あの一族。
「いいや。人族の国だ。」
ミリアは言った。
「場所はオルトエスト国の東寄りに位置するビウィス
犯人まではまだ分かっていない。」
ミリアが付け加える。
『殺された』という部分は否定しなかった。
「…うそよ。」
もう一度フランが
鳥車の中は重い空気に包まれ、ガタガタと
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「着いたぞ。」
言いながらミリアは、先に鳥車を降りた兵士に続いて降りていく。
「フラン。」
立ち上がったセレスが手を差し
その顔にはまだ
『信じられない。』
という色がありありと
ソリアード国の王宮、その正門から入ったところにある鳥車止めに、
四人は降りたっていた。
ここからは歩きだ。
兵士に先導されながら王宮の建物に入り、長い長い階段上りが始まる。
「(いつ来てもこの階段がキツい。)」
二人の人物が入ってきた。
一人は大臣であるブルーノ・トルエバだ。
小太りで清潔感が無いというだけで世の女性からは冷ややかな目で見られていて、
少々
もう一人は国王であるラズリー・サビラトリアだ。
立派な口ひげとアゴひげがあり、何というか、オーラがある人物だ。
セレス、フラン、ミリアが立ち上がって姿勢を正し、
「ご
と口を
「セレスティアーノ
マロジョテス
ラズリー国王らしからぬ短いあいさつだった。
「呼び出した用件については、マロジョテス
ラズリーが言うと、
「はい。承知しております。」
セレスが応じた。
「では…。
地下まで案内を
国王が叫ぶと
セレスとフランが開いた
「フラン。
君には別の仕事があるんだ。」
「…何ですって?」
セレスも
ミリアの泳ぐ目をしばらく見やって、
…ピンときた。
「フランにしかできない大事な仕事だよ。」
とっさにミリアと口裏を合わせる。
フランは、わけが分からないといった様子で、
セレスとミリアの顔を
やがてミリアに
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
セレスは、王宮の地下には初めて立ち入る。
ひんやりとした
案内してくれた兵士に
ベッドが二つ。
それぞれに布をかけられた何かが横たわっている。
セレスがベッドに近づくと、男は静かに口を開き、
「心の準備はよろしいですね?」
とだけ言った。
セレスは、ゴクリとツバを飲み
フランには見せられないとミリアが判断した遺体が、この布の下にはあるのだ。
こめかみの辺りに伝わるほど心臓の
建物全体が
耳鳴りと頭痛までしてきていたが、
セレスは
「…はい。」
と、か細い声で答えた。
男がバサリと片方の布をまくった。
白と黒に色分けされた
その
セレスには時間が必要だった。
白いのは、そっくりだと周りから何度も言われた顔立ち。
黒いのは、ツヤのある短く切り
父親のルザリーノの顔に
その首にはやや
傷口には黒ずんだ血がびっしりとこびり付いている。
セレスが視線を傷口から
男はもう片方の布をまくった。
母親のエストレアの顔がそこにあった。
美しい顔はまるで
兄妹に遺伝しなかったブロンドの長い
セレスは、
「両親に
と男に告げた。
男はテーブルに乗った数枚の書類に何かを走り書きすると、
「こちらでもこれから検案、…つまり
と前置きし、
「男性のほうは首の
女性のほうは胸から背中にかけての
それぞれ死因だというのが、オルトエストからの報告です。
それ以外に目立った外傷はありません。」
と事務的に言い、
「こちらにご署名をお願いします。」
と、セレスに向かって書類を差し出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
地下での手続きを終えたセレスは、
自分でも意外だったが、両親の遺体と対面する前よりも頭は冷静だ。
「(この上り下りだけで明日は筋肉痛だな。)」
などと考えているほどだった。
しかし、この後のことを考えると気が重い。
「ディクシフ
と先に立って歩き出した。
案内された部屋に入ると、
そこには父と母の遺品がテーブルにずらりと並べられており、
フラン、ミリア、ラズリー、ブルーノが寄り
こちらに気づいたフランがパッと
「…父さんと母さんに
フランはヒザから
胸には遺品を、白を基調とした法衣のような母の旅装束を
母の旅装束の胸のあたりにはパックリと穴が空き、
その周りにはおびただしい量の黒く変色した血がこびり付いていた。
セレスはテーブルに並べられた遺品に視線を
最初に目に入ったのは父の
母と同じく白を基調とした
それほどゴツい
その首元から下には、
こちらもおびただしい量の黒く変色した血がこびり付いている。
その
革製の
下着類、
金貨の入った財布、
小型のピッケルのような道具、
それに…酒かポーションだろうか?
身分証、
母との
…そして、
「これは…。」
去年の誕生日にセレスが父にプレゼントした、
火の
手に取ってみると、
ペンダントトップの
首を
ポロポロと
プレゼントを受け取ってニカっと笑いながら頭をなでてくれた父の顔、
それを見てニコニコと笑いながらパチパチ…と
先ほど対面したばかりの白い父の顔と母の顔がフラッシュバックする。
不意にセレスの目から
へたり
赤いカーペットの上で、二人のいくつもの
やがて小さな染みとなっていく。
『
『
もうこの世にいないのだ。
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