第128話賢者の石
「リーニャ?」
「そうだよ。もう、止めてよ、アリーナ。そんなことをしても誰も報われない」
「違う。クニカズはあなたたちも含めてだましているんだ。私はあなたたちを救うために……」
「それがこの戦争? 故郷を失った人や親を失った子供がどれだけ出たか。あなたは、あなたと同じ境遇の人間を作るだけ」
「違う、違う、違うぅ」
ついに、リーニャは親友にすら牙を向けた。
「やれるものならやってみなさい。でも、最後に聞くわ。親友として……クニカズが来なかった世界では、ヴォルフスブルクはどうなったの?」
「……」
「あんな小国が他国からの介入を拒み続けることはできたの? たとえ、大国に勝っても、その後に続くのは、永遠の戦争じゃないの? ヴォルフスブルクが完全な覇権を確立しても、そんな戦争の果てに勝ち取った覇権はもろくはかないものじゃないの?」
「違う、違う」
「クニカズは、戦後のことまで考えている。戦争に対して、落としどころをつけて、勢力を均衡させての長期平和の樹立。あなたがクニカズを排除したら、この世界の重みはなくなり、ただの破壊の時代が訪れる!!」
リーニャは本能的に俺の戦後構想を感じ取っていたようだ。実際、ずっと軍政や戦略上の俺の補佐を務めてくれた彼女だからこそ、たどり着いた地平線かもしれない。実際の歴史ではこの世界よりも300年後に提唱された概念だ。
勢力均衡。
ただし、並び立つほどの大国同士の勢力均衡は、破滅的な戦争を引き起こす。ウィーン体制後のクリミア戦争。ビスマルク体制以後の第一次世界大戦。ヴェルサイユ体制崩壊後の第二次世界大戦。
だが、ひとつ長く続く平和な時代を作り出す勢力均衡策はある。
1カ国の超大国とその半分程度の大国による2頭体制だ。
例えば、冷戦後の世界。アメリカという超大国は、東側陣営を打ち破り、経済戦争では日本を打ち破った。国力的に考えれば、アメリカの1強体制で、後を追う日本との差は2000年には2倍近い差に開いた。
また、大英帝国もそうだ。世界のあらゆる場所を制覇し、1位とその他大勢の状況を作り出す。
1超大国と国力が半分くらいの大国が併存している状況が最も情勢を安定させやすい。これは政治の分野でも言える。自民党と社会党の55年体制を思い浮かべればわかりやすいだろう。自民党は、30年以上政権を担った。
すでに、グレア帝国の軍事力は大きな打撃を受けている。ここに権威を根こそぎ奪う敗戦を積み重ねれば、数十年もしくは数百年単位でグレア帝国の完全な再建は不可能になる。開戦前はほぼ互角だった戦力差は、陸・海・空の壊滅で、こちらが大きく有利になっている。この状況を維持できれば、安定的な平和が誕生する。
「センパイ、解析が完了しました。触手に変わってしまった左腕の中に、賢者の石が取り込まれています!!」
俺は、一気に勝負を決めるために動き始めた。
※
「この虫けらがぁ」
触手は、俺に向かって振り下ろされる。まるで、意思があるかのように動くそれをなんとか楯でこらえた。
「死ね、死ね、死ね」
初撃はなんとか防ぐことができたが、連続攻撃によって楯は吹き飛ばされて、俺も衝撃波によって後退する。
『センパイ、あの触手は魔力に反応しているみたいです。自動的にこちらに向かってきます』
「あの速度で攻撃されたら近づけないな」
『……』
奏も沈黙してしまう。
「なぁ、奏。魔力って要は波みたいなものだろ?」
『そうです。この世界の人間は大なり小なり魔力を外に向かって放出してしまうんです。だから、あの攻撃を避けるには、魔力を放出せずに、近づくなんて……あの触手は見えない無数の魔力をあらゆる角度に向かって放出しています。それが他者の魔力とぶつかることで敵対者の場所を自動的に割り出して、自律攻撃が可能なんだと思います。特に、センパイのような強力な魔力保有者には相性がとても悪い』
「いや、方法はある。ステルス技術を応用しよう」
『ステルス技術?』
「ああ、レーダーに映らないステルス機は、電波を吸収したり、乱反射させることで、隠れることができる。俺たちの使っているダンボールの楯は、魔力無効化能力が高い。それをうまく使えば、疑似的なステルス能力を持つことは可能じゃないか?」
『やり方は?』
「ダンボールの楯に、四角錐形の突起を作ってくれ。そして、魔力の無効化能力をやや抑えて、突起で魔力が乱反射する状態を作れば……賢者の石は完全に沈黙する」
『わかりました』
俺たちを取り巻いていたダンボールの楯は一瞬にして改造される。アルフレッドたちにわかるように空中に魔力の花火を打ち上げる。この地点に対して、火力支援を依頼する。これで向こうは、俺以外の脅威にも対処しなくてはいけなく、処理スピードが落ちる。
空中から無数の魔力と砲弾が落下を始める。リーニャは事前に用意しておいた防空壕の中に避難した。完璧だ。
「なぜ、賢者の石が反応しないの?」
「さぁな」
触手は完全に沈黙しピクリとも動かない。
やはり、乱反射はうまくいったようだ。
「動け、動け、動けぇぇぇぇぇええええええっぇぇぇぇっぇ」
だが、アリーナの触手は完全に沈黙を続けている。
俺は諸悪の根源であり、もうひとつのアカシックレコードの象徴でもある賢者の石の変異体でもある触手を切り落とした。
「ぎゃあああぁぁぁっぁぁああああああ」
アリーナの断末魔が響き渡る。
切り落とされた触手=賢者の石は、地面に転がり、けいれんのような脈動を経て消滅した。
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